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この国の王、アルル=ゴルド=サートゥンは人気者であった。
その父であり、名君と讃えられた先代の一粒種である彼だが、皇太子だったころの前評判は決して良いものでは無かった。
容姿は決して悪くなく・・・むしろ素材は一級品なのだろうが、私生活のだらしなさを想起させるような猫背の姿勢、そして着古した寝間着で平然と配下の前に現れる彼を、マトモな者ほどマトモに評価しなかったのだ。
しかし、父である王が突如崩御し、何の苦労もすること無くこの国の長になったアルルの治世はというと・・・それはそれは『安定』した。
民草のことを慮りながらも、あらゆる面での成長を促すための政策を果断に推し進めたアルルは、国の基盤となる農作物の収穫量や人口の増加・・・それによる科学技術の発展・・・即ち国力の向上を実現させた。
また、ふらっと王都を歩き回る時もあれば、すかさず駆け寄ってくる子供達と一緒に遊んだり、主婦の井戸端会議にしれっと混じって談笑していたり・・・おおよそ王らしからぬ行動が、結果的に多くの民から人気を得ている現状がある。
なので、今や誰もが新王アルルのことを『先代以上の名君』と崇めているのだ。
・・・しかし、そんな彼さえも、なかなか手を着けなかったのが『貧民街』に関するあれこれである。
決して政治の専門家ではないデュランだが、それでも、1つを救った結果、別の2つの問題が湧き上がってくるようでは、国営が務まらないことはわかる。
・・・『貧民街』がそういう類いのものであることもだ。
だからこそ、王・・・延いては国政は、この問題を保留したり、なんなら『貧民街の排除』という手段で、問題そのものの抹消を企てていたわけだが・・・
(「その状況で、王直々の援助だと・・・?」)
これが王の独断なのかは不明だ。
しかし、権力を持つ者達の中には・・・それこそ先日の会議で激怒していた筋骨隆々の貴族、ガウスの様に、この場所、そしてここに住む者達を「邪魔」の一言で片付けてしまう輩も多い。
そんな中で、国王が『貧民街』に対して支援などすれば、彼等が何も思わないはずがない!
(「これは、ひょっとしたら一波乱あるかもしれないぞ・・・!」)
と思わずにはいられないデュランだった。
しかし、そんな事情はつゆ知らずのトール達はといえば、きっと王の粋な計らいを、喜びこそすれ、不審に思いはしなかったはず・・・。
(「だからこそ、私くらいは用心しておかなければ・・・!」)
この気持ちは、次こそはトールを守るという意思の表れだった。
そして、それ故に現状を理解しておくべき・・・と考えたデュランは、早速、彼に食材を貰った際の経緯を詳細に聞き出すことにした。
「トール、もう一度聞きたい。あの食べ物は、本当に『王様』から貰ったのか・・・?あの大きなお城に住んでいる、あの『王様』に?」
何故か、幼児に聞くような言葉遣いになってしまったデュラン。
「はい、そうですよ」
「・・・まさか、王様直々にここに来たわけじゃないだろう。なら何で『王様』から貰ったと言えるんだ?」
いくら何でも貧民街を、王直々に闊歩するとは思えない。
治安という面において危険極まりないというのもあるが、それ以上に外聞が悪すぎるのだ。 ダンジョンから帰還後はずっと私室に閉じこもっていたが故、その間の時事には疎くなっていたデュランではあったが、もしその間にそんなことがあったとしたら、先日の酒場でその手の話を一度も耳にしないのはおかしい。。
となると・・・考えうる可能性としては、『王様』を名乗る奇特な者・・・もしくは『本物』が配下を介しての援助を行ったということになる。
果たしてトールの回答は・・・
「ああ、それはですね・・・貴族様の1人がそうおっしゃったからです。「私達は王様の命により当座の食料と金銭を与える」と・・・」
「・・・っ!ここに貴族が来たのか!?」
「はい!兵隊さん達の中で、特に綺麗な衣装を身につけた方がいらっしゃって、その方がそう名乗っておられました」
・・・それはある意味、王が来るよりあり得ないことだ。
貴族というのは、その成り立ちからして、『貧民』という存在そのもの受け付けない。
彼等は『貧民』を、同じ人間として見ていないのだ。
そんな貴族が王の代理とはいえ、『貧民』に食物や金銭を援助するために、わざわざココに足を運ぶなど考えられない!
(「本当だとしたら、一体誰だ?私の知っているヤツか?」)
「そいつの・・・いや、その方の名前は?」
デュランは、その者の正体を知るべくトールに尋ねる。
すると、トールはその貴族の名前を正確に答えた。
「ジェーン=ブロン=シルルク様です」
「なっ!?ジェーンだと!?」
ジェーン=シルルク・・・それは先日の会議で議長を務めた者の名である。
一見すると外見的特徴は特になく・・・失礼を承知で指摘するのであれば、艶めいた禿頭が際立ち・・そして、先の集まりで自らが『貧民街』の出自であることを明かした男だ。
(「確かに、彼ならここに来ることに抵抗感は無いだろう。なにせ、ここの出身なのだから
・・・。それにしても、まさか彼が貴族になっていようとは・・・!」)
そう・・・デュランが驚いた理由はそこにもあった。
先程、トールはジェーンの本名をジェーン=ブロン=シルルクと呼んだ。
名と姓の間に挟まる形で存在する、この『ブロン』こそが、彼が貴族であることの証である。
王家に連なる者に付随する『ゴルド』や貴族に対して用いられる『シルバ』に対し、『ブロン』は民間出身者の中からめざましい活躍をした者から、王家が今後の期待も込めて任命する。
先日の会議で渦中の人物となり、波紋を投げかけた人物に対し、このタイミングでの貴族任命・・・。
(「もしかして・・・王は『貧民』の問題に本腰を入れるつもりなのか?」)
デュランがそう思うのも当然であった。
(「ともあれ、あれほど貧民街の窮状に心を砕いていた彼が持ってきたというのであれば、そこまで心配することも無いのでは・・・?」)
少なくとも、今日明日に、なにかよからぬことが起きる・・・なんてことを不安に思う必要は無い・・・とデュランは判断した。
「トール・・・ジェーンは何と言ってこれだけの食べ物だとかを持ってきたんだ?」
「それなんですけど・・・実は、自分が受注した『闇の城』のクエストは、ギルドによる手違いだったという話で、その償いとして、私が頂いたものなんです」
「ん?つまり、あれは『貧民街』に対しての援助では無く・・・お前個人に与えられた物なのか?」
「はい・・・一応そうなります」
国のこの対応に、デュランは引っかかりを覚える。
確かに、今の貧民街で何よりも重要なのは食の確保であるから、お詫びとして食料を頂けるというのは、トールにとって渡りに船だったに違いない。
だが・・・そんな回りくどいことをせずとも、トールにそれらを購入できるだけの金銭を渡せば良いではないか?
食が大切なのは間違いないが、それを一度に持ってこられたとして、受け取る側が困るであろうことは容易に想像が付く。
なにせ、ここにはその大量の食料を備蓄する場所が無いのだ。
そもそも、自分達の雨風を凌ぐ場すら存在するか怪しい今の貧民街の現状を知っている人間が、『食べ物』という・・・保存が困難な代物をそのまま持ってくるというのは、些か配慮に欠けると言わざるをえない。
(「一見無駄に見える行いだ。しかし、もしここに何か思惑があったのだとしたら?」)
それは一体・・・と頭の隅で考えつつ、デュランは話の腰を折らずに会話を続けた。
「となると、トールはその食料で、ここにいる人達を雇ったということなのだな」
これに関しては、確認のつもりで尋ねたデュラン。
しかし、トールの返答はというと・・・
「うーん、結果的にはそうなるのかもしれないんですけど」
と濁り気味だ。
「うん?どういうことだ?」
違うとするなら、この人だかりも、そして何より、こいつらがこの場所を綺麗にした理由も説明が付かない。
他の可能性を考えるも、さっぱり思いつかないデュラン。
そんな彼女に対して放たれた、トールの次のひと言は、トールの人間性を・・・そして自分との違いを明確にさせるものだった。
「この食料は・・・あげたんですよ、ここに住んでる人達に!」




