7-3
「・・・私は夢でも見ているのか?」
ようやく目的地に到着したデュランがそう言うのも無理は無い。
確かに、ここに来るまでの道中は、それは酷い有様だった。
人っ子1人いない道に草木や瓦礫が散乱し足の踏み場も無い惨状・・・それをこの目で見てきたばかりなのだ。
その彼女が、この喧噪を幻かと疑いたくなるのも当然だった。
以前ここに来たときには、かろうじて残っていた廃材も、今や完全に撤去されているようで、本来ソレらがあった場所には、今や人が腰を下ろし談笑する姿がある。
そして、彼等が持っている椀から湯気を発するものこそが、彼女の腹の虫が求めているモノだということが直ぐに分かり、その匂いの根源を辿れば、この広場の中心に変わらず・・・いや、むしろ綺麗に建て直されたかの様な印象さえ備える『みんなのいえ』に行き着く。
そこには大小様々な大きさの鍋やらフライパンやらが、人に持たれたり、瓦礫を利用し、支えられたりする形で固定される様子がいくつも見られた。
その数は、両手両足の指を全て使っても、まだ足りない程かもしれない。
「あれだけの量の食料を一体何処から調達したのかも気になるが・・・」
しかし、それ以上にデュランが気になったのが・・・この場を包む『温かい空気』そのものであった。
以前の貧民街で、これだけ沢山の人間が集まる光景が見られなかった理由・・・それは、誰もが自身の生活に手一杯であり、他者を慮る余裕など無かったからだ。
今日を生きることに必死であるが故、皆が孤立していたこの場所で起きた災害・・・。
本来なら、その風雨は、更にそこに住む人々からリソースを奪い、孤独を助長させるはずだ。
しかし、その予想を真っ向から否定する光景を、今デュランはまざまざと見せつけられていた。
「グウゥ・・・」
奇しくも、この場で誰よりも多くの富を持っている彼女だけが、腹を空かしている状況が、ここにはある。
デュランは、好奇心故か、はたまた腹の虫の為か・・・どちらかの欲を満たす為か自身でも分からぬままに、『新みんなのいえ(デュラン命名)』に近づいていく。
「あっ!デュランさん!」
「・・・!」
声を掛けられ、そちらに視線をやるデュラン。
そこには、大きな寸胴鍋に入ったスープらしきモノを、お玉を使ってかき混ぜているトールの姿があった。
その姿を見た瞬間、デュランは咄嗟に物陰になりそうなものを探すべく、視線を左右に走らせる。
ここまで来て、わざわざ近づき、声まで掛けて貰ったこの状況で・・・デュランは逃げ出したくなってしまっていた。
トールの屈託の無い笑顔と、そこから自身に向かって発せられた声の色が、デュランに対して悪意など感じていないことを、如実に証明している・・・。
しかし、そんなことを考慮するより先に、デュランの脳内には、ダンジョン内でトールに対して行った言動の数々・・・そして、当て身という名の暴力を振るったシーンが想起されたのだ。
結果、デュランは身を隠そうとしたのだが・・・
(「綺麗・・・故に隠れる場所が無い!」)
ここに来るまでは捨てるほどあった障害物が一切見当たらないこの場所では、隠れるなんて芸当が出来るはずも無い。
ならいっそ、後退して来た道を帰ればいいのかもしれない・・・が、
(「ここで引き返せば、いよいよトールとの縁を切ってしまうことになるのでは!?」)
という懸念が、その選択肢を選ぶことをデュラン自身に許さなかった。
結局彼女は、トールが母親に言伝をし、子供達に鍋の管理を任せたうえで、自身の目の前まで走ってやって来るその時まで、ただただ立ち尽くしていたのだった。
「デュランさん、偶然ですね!先日はありがとうございました!お礼をしようと思っていたんですけど、どうやったらデュランさんに会えるのか分からなくて困っていたんです。まさか、来て頂けるなんて!」
「・・・っ!」
・・・本当に今更ではあるのだが、トールは自身が貧民街の出身であることをデュランに教えていない。
だから、縁もゆかりもない筈の彼女が、ここにやって来たこと事態・・・本来なら、おかしなことこの上ないのである。
それこそ、疑り深い人間ならば、それだけで危険視し、距離を置く理由になるほどに・・・。
しかし、トールは、まさか自身が今や恩人であり憧れでもあるデュランから、再三にわたってストーカーまがいの行いをされていたとは夢にも思わない。
よって、善良な少年である彼の中では・・・
(「デュランさんは、きっと何か別の用事があって、ここに来たんだろうな・・・」)
と、被疑者デュランにとっては、誠に都合の良い案配の誤解が起きていたのだった。
なので・・・被告は速やかに、その誤解を利用することにした。
「あ、ああ。ギルドから頼まれてな。貧民街の状況調査に来たんだ」
「そうなんですか?」
「ああ・・・先日の豪雨で、ここが大きな被害を受けたという話があったからな」
・・・嘘の上に嘘を塗り重ねた結果、半ばギルドからの要請でここに来たことになってしまった。
(「これは後で、マリアに口裏合わせを頼まないとな・・・」)
デュランは、自らの予定に、新しいタスクを書き込む。と、これ以上の追求を躱す意味合いも含めて、気になっていたことを聞いてみることにした。
「トール、こんな聞き方は失礼なのかもしれないが・・・どうしてここは、これ程までに綺麗なんだ?」
「ああ、それは勿論、『皆』で一生懸命掃除したからです」
最初、トールのその返答を聞いたとき、デュランは、『皆』とは『みんなのいえ』の住人のことだと思っていた。
その為・・・
「な・・・こんな広い場所を、君とあの子達だけで、ここまで綺麗にしたというのか・・・!?」
と、大層驚くことになった。
曲がりなりにも冒険者であるトールはともかく、彼の母親や子供達を十分な労働力として見るのは、控えめに言って無理がある。
・・・と考えたとき、デュランの脳裏には、大量の廃材を、実質トール1人でアッチこっちに運ぶ様子が浮かんできたのだ・・・!
彼がギルドで『闇の城』のクエストを受注したのは、その当時、ここの状況がすこぶる悪かったからの筈・・・。
だとするならば、彼はダンジョンからの帰還後・・・私が私室に籠もって疲労を癒やしている間、疲れた身体を更に酷使し、ココを片付けていた・・・ということになるではないか!?
(「ああっ・・・私はまたっ・・・」)
何時も肝心なときにトールを助けることの出来ない自分の不甲斐なさに落ち込むデュランだった。
仮に、あの状態のデュランがここにいたとしても、自力で立つことすら覚束なかった彼女が出来ることなど何も無かったのは自明の理なのだが・・・それはそれ、これはこれ。
彼女はすっかり意気消沈し、分かりやすく項垂れてしまう。
それに驚いたのは、目の前のトールだ。
「えっ?ど、どうしたんですか!?もしかして、僕、何か気に障ることを言ってしまいましたか!?」
「いや・・・君が殆ど1人で、ココを綺麗にしたと聞いて、その間、何もしていなかった自分が情けなくなってな」
穴があったら入りたい・・・デュランは生まれて初めてそう思った。
一方のトールはというと・・・
「え・・・?1人で?」
とデュランの聞き違いを指摘する。
そして・・・
「だって、あそこにいる子供達ではとても大した労働力にはならないだろう。ということは実質、君が1人でやったも同然じゃ無いか!?」
というデュランの発言を聞いたトールはというと、彼女が現在進行形でしている勘違いを訂正すべく、こう返答した。
「いや、1人で片付けたわけじゃないです。今ここにいる人達皆と、力を合わせて綺麗にしたんです!」
「・・・・・・・・・何?」
デュランが思わず沈黙してしまったのは、別に彼の言っていることが理解できなかったからでは無い。
ただ、納得がいかなかったのだ。
(「ま、まさか、『貧民街』に住まう者達が協力して、ここを綺麗にしたというのか・・・!」)
この場所に訪れ、実際に目にするまでは、ここも荒れ果てたままなのであろう・・・と思っていたデュランだ。
まさか、ここの住人達が自ら進んで清掃活動を行ったなど夢にも思うまい。
故に、トールの言葉を瞬時に信じることが出来なかったのだ。
「本当に?本当に彼等がココを綺麗にしたのか?」
「はい!」
「にわかには信じられんな。一体何のメリットがあってそんなことを・・・」
「あっ・・・それはですね、アレのおかげです!」
「アレ?」
トールの指さす先には子供達・・・がお玉でかき回す鍋がある。
子供達の年齢層は様々で、見るところによると、その中でもわりかし年長と思われる者が、目付役として子供達を注視し、それ以下の幼少時達が、代わりばんこにお玉を持って、鍋の中の具材の面倒を見ていた。
トールが言いたいのは即ち・・・食事を与えることで、『貧民街』の住人を働かせたということだろう。
(「・・・確かにこの状況での、食べ物の供給はさぞかし有り難いだろうな」)
今宵の寝場所すら満足に無い者達にとって、それは正に天からのギフトと相違ない。
なので、それを得るために、汗を流そうする人間は後を絶たないだろう。
だがここで、デュランの中に、そもそもの疑問が浮かび上がった。
「・・・トール、一体あの食べ物はどうやって手に入れたんだ?」
彼にそう尋ねたときのデュランの声は、心持ち固くなっていた。
と言うのも、彼女の中には・・・
(「もしや、盗んできたのでは・・・?」)
という疑念があったからである。
結局トールは依頼を果たすことが出来ずにダンジョンを後にすることとなった。
その為、当然ギルドから報償が出ていないことを、デュランは、先日マリアから聞き知っている。
食うに困った挙げ句に物盗りを・・・と考えるのは当然であったし、ましてや、これ程の量ともなれば、彼らが真っ当な方法で得たと思う方が無理だった。
(「腹が減って仕方が無いとき・・・人は正常な判断が出来なくなる」)
それを経験則として理解している彼女だったが、それでもなお、トールにはそんな悪事に走って欲しくはない・・・という気持ちが捨てきれないのだった。
祈るような気持ちで、相手の返事を待つデュラン。
そしてトールの口から発せられた返答はといえば・・・彼女の予想の斜め上をいくものだった!
「ああ、実はですね・・・これは貰ったんです!王様から!」




