7-2
翌日・・・デュランは1人、貧民街を歩いていた。
向かう先は勿論、『みんなのいえ』・・・いや、正確を期するなら、かつて、その建物があったはずの場所だ。
先日の悪天候で壊滅的な被害を受けたことにより、件の建物が本来の役割を果たすことが出来なくなったことをデュランは知っている。
・・・以前、この場所を歩いた時は、決して清潔とは言えずとも、歩行するのに難儀することは無かったが、今は足の踏み場も無いほどに、道が荒れている。
片隅で健気に生きていた草木も、その多くが風雨に負けたのであろう・・・根こそぎ引き抜かれ散乱していたし、軒を連ねていた廃屋のうち、まともな形を保っているものも、1棟たりとて無かった。
かつては屋根や柱、梁として使われ、その下に住む者達を守ってきた建物のパーツ・・・それが今、道を塞ぎ、進行を妨げるだけの障害物として立ちはだかるとは・・・。
『貧民街』に『復興』という概念は無い。
即ち、それは、この状況の改善が、今後一切、見込めないことを意味する。
「こんな場所で・・・どうやって生活をしろと?」
幼き頃は、自身も似たような境遇に身を置いていたデュランだが・・・その彼女が、思わず踵を返そうかと考えるほどの惨状が目の前にあった。
・・・そもそも、デュランがこの場所に赴いたのは、トールに会い、話をする為である。
しかし、天災に見舞われて以降の貧民街の様子を知っているものは誰もおらず、よってトール達が今どこで生活を送っているのかは知りようがなかった。
その為、デュランとしては、ここ以外に探す場所が無かったのだ。
結果、予想より遙かに酷い実態を目にすることになったデュランは、一瞬、ここに彼はいないかもしれない・・・とも思った。
だが・・・
「いや、しかし・・・それでも彼等にはここしかない」
と捜索の続行を決断する。
・・・それは普通は採らない選択肢も、採らざるをえない・・・それが『貧しい』ということであるのをデュランは思い出したからであった。
デュランは自信の記憶と目の前の現状をどうにかリンクさせ、草木や瓦礫を躱しながら前進する。
・・・もし、一般人がこんな状況に置かれたなら、まず自らの身を最優先に考えたうえで、それ以外のモノに優先順位を付け、その上で、下位のモノを切り捨てていくだろう。
たとえ、それが人であっても・・・。
衣食足りて礼節を知る・・・大抵の人間は自身が満たされて、初めて他者のことを考えられるものだ。
もし、その理屈をトールに当てはめるなら、彼は1人、ここを離れていても不思議ではない・・・ということになる。
冒険者としての彼の実力は、1人前と言うには程遠い。
しかし、自らの生計も立てられないほどでは無いだろう。
自分のことを第1に考えるのであれば、身内を捨てて1人外に・・・と言う選択肢だって無いとは言いきれない。
かつてのトールならいざ知らず、『冒険』の魅力に気付いた今の彼ならもしかしたら・・・
「・・・っ、そんなわけが無い!」
トールが既に、自身の望まない方呼応に変わっているかもしれない・・・。
その不安を打ち消そうと、自らの望みが、つい口を突いて出てきてしまうデュラン。
彼女は歩速を上げると、祈るような気持ちで、件の場所に向かうのだった・・・。
「・・・おかしい」
最初にその異変を感じ取ったのは視覚や聴覚・・・では無く嗅覚だった。
「・・・なんだこの匂いは?」
目的地に近づくにつれ、強くなる匂い。
とすれば、その発生源も、そこである可能性は高い。
・・・もし、これが悪臭の類いであれば、デュランも最悪の事態を想定しつつ、救助の為に、行動を起こしたに違いない。
しかし・・・
「クウッ・・・」
「・・・・・・・・・」
デュランの嗅覚を刺激し、彼女の腹を鳴らしたその匂いは・・・間違いなく料理の匂いだった!
しかもここまでその匂いが届くとなると、そこにあるであろう食事の量も尋常では無いことが覗える・・・。
「い、一体向こうで何が起きているんだ?」
思わず腹を押さえるデュラン。
実は・・・昨日の夜も含め、彼女は最近あまり食事をとっていなかったのだ。
マリアに自らの背中を押してもらったことで、僅かな勇気が生まれ、結果としてここまで来ることが出来ているデュランだったが、だからといって不安が完全に形を潜めたわけでは無い。
能力使用による疲労と戦っていた3日間も含め、ここ数日、大した食事を採れていない、そんな彼女にとって、この匂いはある意味、下手な毒よりもキツいものだった。
「・・・ジュル」
「・・・はっ、いかん!」
食欲をそそる食べ物の匂いに、真っ先に反応する本能。
そこにデュランは慌てて待ったを掛ける。
「まさか、自分が食べ物を分けて貰うわけになどいくか!」
この先で何が起こっているのか分からないが、貧民である彼等から日々の糧を奪うなど、あってはならない!
「耐えろ・・・耐えるんだ!」
そう、自らに喝をいれながらデュランは前進する。
・・・空腹の中、近づくごとに強くなる匂いに、理性を奪われないように務めながらの進行は、下手すると最難関のダンジョンよりも厳しいものになったのであった。




