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「好きな人が出来たんだ」
10年来の友人であるギルドの受付嬢マリアにそう言うと、彼女は一瞬呆けたような顔をした後、口に含んでいた酒を盛大に吹き出した。
料理が運ばれてくる前で良かった・・・と思いながら、私は通りかかった店員を呼び止め、台拭きを持ってくるように頼む。
そして、むせて苦しそうな親友の背中を片手でさすりながら、もう一方の手で机を拭いた。
机の上が綺麗になるのと、マリアが回復するのはほぼ同時だった。
私は彼女が落ち着いたのを確認すると、話を再開する。
「マリア・・・私はそんなに可笑しなことを言っただろうか?」
「言ったわよ!え・・・好きな人!?それって異性としてってことよね!?」
「そうだが・・・」
私だって1人の女なのだ。
好意を寄せる相手がいる・・・それ自体はとても自然だと思うのだが。
「何言ってんのよ!あんたココに来てからダンジョン以外のこと、一切眼中にないような生活してたでしょうが!それが・・・ここにきて男!?」
「今までそういう風に思った異性がいなかっただけだ」
「・・・あっそ。まあ、そうなると気になるのはそのお相手なんだけど・・・誰!?」
「・・・実は分からないんだ。今日はそれを相談したかったんだ」
「はぁ?分からない?」
「好きになったとは言ったが、話したことがあるわけではない。偶々通りすがった時に見かけただけなんだ」
「・・・はぁ」
「・・・それで・・・好きになったんだ」
「・・・・・・・・・」
このとき親友マリアは胸中で、コイツ相当拗らせているな・・・と思った。
だが、10年来の友に意中の相手が出来たというのであれば、ここは背中を押してやるべきであろう。
マリアは気を取り直し、会話を続ける。
「で・・・アンタは私に何を相談したいの?その相手をオとす方法とか?」
「・・・オとすとか言うな。好意は抱いているが、名前は勿論、容姿以外、具体的なことは何1つ分からないんだ」
「・・・そんな状態を好きだと言うのか分からないけど」
「だから、お前にその人の情報収集を手伝って欲しいんだ」
「はぁん。なるほど。お相手は冒険者なのね」
「多分な。ギルドに入っていくところまでは見たのだ。だからおそらくそうなんだろうと思う。帯剣もしていたしな」
「確かにそれなら冒険者の可能性が高いわね。依頼を発注しに来た一般人という可能性も無くはないけど・・・」
「それでだな・・・明日なんだが、お前、仕事休みだったよな」
「なんで、アンタ私のスケジュールを知ってるのよ・・・」
「やはり休みか」
「・・・このオンナ、カマかけおったな!」
「それでだな・・・」
私がマリアに明日の計画を伝えると、彼女はえらく渋ったので、今日と次回の分の飲み代を奢ることで手を打ってもらった。
休みの日にまで職場に顔を出すなんて・・・と彼女は意気消沈していたが、友人思いな性格と、私の気になる人を知りたいという興味が勝ったようだ。
好きな人が出来た。
それは嘘ではない・・・しかし一抹の不安もある。
来る日も来る日もダンジョンに向かい、モンスターを倒し、返り血に塗れる日々を送ってきた私には、今日までその手の話など1度もなかった。
だから、私の目が節穴で、この思いも何かの勘違い・・・それこそ、普通の人が子供の頃に罹患し、耐性をつけるような幼児風邪のような症状が、遅れに遅れて、ようやく私にも現れただけなのかもしれない。
・・・だからこそ、数多の男性と浮名を流す親友に、自らが気になっている相手と・・・そして私自信を見極めて欲しいと思ったのだ。
アルコールも手伝い、何処かフワフワした気持ちのまま、この日は彼女と分かれた。
彼の朝は早い。
寝過ごすわけにはいかないのだった。




