二刀流の熊狩士、顛末と経緯を病室で聞く
和歌山県熊野市、熊野古道参道病院。
その一室である。
午後の陽射しが、ブラインド越しに洩れていた。
四人部屋の病室の窓際、入口から見て左側のベッドの上で、眼鏡をかけた男が半身を起こしている。
右足がギプスで固められ、ベッドに固定された支柱に吊り下げられていた。
入院着越しにも分かるほど、筋肉がついた逞しい体つきなのが分かる。
盛り上がった肩と胸周りが、並々ならぬ鍛え込みようを連想させた。
見る者が見たら、武道か格闘技を何かしら相当にやった者だと見抜くはずだ。
身長は、高くはない。
恐らく、170センチほどだろう。
年の頃は、三十代の半ばというところか。
この男の名を、福山正和といった。
俳優にしてもいいような美男と言っていい。
職業は、熊狩士である。
普段の拠点にしているのは、仙台だ。
仙台市内を中心に、主に東北地方を主戦場としていた。
それが何故この和歌山の熊野まで出張ってきたかというと、妻の出身地が和歌山であり、その実家を通して熊の駆除を依頼されたからである。
地元の猟友会が手こずらされ、怪我人を出していた大型のツキノワグマを仕留めるべく、装備一式を携えて仙台からやって来た。
結果から言えば、見事に熊を仕留めたのだがその際に、止めを刺した場所が悪かった。
福山が熊と戦った場所は、崖のすぐ傍であり、彼に致命傷を受けた熊が崖から落ちそうになった。
反射的に落下を防ごうとした福山は、結果として熊が崖から落ちるのに巻き込まれることになってしまったのだった。
何とか受け身を取りまくり、ダメージを軽減したのは良いが、最終的に不運にも右足が熊の屍体の下敷きになってしまい、その結果の複雑骨折だったのである。
その、職務上の名誉の負傷とはいえ、アンラッキーな入院を強いられた福山のベッドの傍には、もう一人、男が立っていた。
こちらも、一目で熊狩士と分かる出で立ちだ。
背は、高い方だろう。
「しかし、エラい目に遭ったようですね、福山さんも」
「ああ、どうやらお互い、そのようだね」
問いかけに対し、福山が眼鏡の奥で温厚そうな目を苦笑させて答えた。
その答えた相手の熊狩士らしき男、誰あろう、前野高陽であった。
右腕はもう、三角巾で吊ってはいない。
まだ多少の痛みはあるものの、問題なく動かせるほどには回復していた。
むろん、仙台駅前で波岡剛樹と戦い、亀岡早月を咄嗟にかばった際に負わされた傷である。
今まさに高陽は、福山を見舞っているところだった。
元を正せば、福山が地元を留守にしていたことが、高陽の怪我の遠因になったと云える。
お互いの職業エピソードの報告会になったのは、当然の成り行きだっただろう。
「全く、本当にそうですよ。福山さんさえ仙台にいてくれてたら、オレが出向く必要はなかったんですから」
「おいおい、だからと言って、オレのせいにしてくれるなよ。悪いのはアイツだろ?あの・・・・」
福山は、一拍置いて、言った。
「狂剣士」
「はい、そうです」
「波岡剛樹、か。ウワサ通りだなぁ」
「ある意味、ウワサ以上でしたよ。あのクレージーぶりは」
「そのようだね。しかし、女性を護った関係上仕方なかったとはいえ・・・」
福山はゴクリと唾を飲み込み、冷や汗を浮かべて続けた。
「前野くんに手傷を負わせるとは、やはり、恐ろしいヤツなのも確かなようだな」
「剣の腕は、本物ですね、少なくとも。人物はともかく」
高陽は真顔になっている。
彼が福山の病室の入口を潜ったのはつい三十分前、その後は、見舞いに来た経緯と理由、さらに高陽の仙台での詳細と、福山の和歌山での武勇談の話しにずっとなっていた。
その間、高陽は苦笑するか、真顔になるかしか、表情を変えていない。
いつもの、どこか余裕を漂わせた穏やかな笑みが消えている。
相手が年上、目上の熊狩士である福山だからだった。
この福山という漢、熊狩士としての職務歴こそ高陽と同期だが、武道家としての経験の豊富さが半端ない。
高陽自身はそう思っていたし、それ故にこの福山を信頼してもいた。
腕のほども人物も、両方である。
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福山正和、三十六才、職業は熊狩士。
二つ年下の妻と二人の子どもがいる、れっきとした妻帯者であり、仙台で生まれ育った、生粋の仙台人である。
熊狩士になったのは六年前のこと。武道仲間の親友が山で熊に襲われて再起不能になり、その仇討ちをしたいと思ったのがきっかけだった。
この時既に結婚しており、下の子が産まれたばかりだったのだが、妻が反対するかと思いきや、逆に賛成してくれた。
理由は簡単、妻はその親友の妹だったからである。
「熊狩士になるまでの生活費はアタシが何とかします。だから、兄さんのためにと思うなら、思う存分に挑戦して」
そう言って応援し、支えてくれた。良く出来た女房だ。
それ以前の職業は、仙台市役所の職員、つまり地方公務員だったのだが、安定した生活を捨てての一大決心だったわけである。
その福山、実は本格的な剣道の経験は今もってなかった。
福山の長い武道歴の始まりは、実に小学二年生の頃に遡る。
最初に学んだのは、何と伝統派空手、和光流だった。
今現在も稽古は続けており、三段の腕だ。
次いで、高校時代から空手の「補助的な意味合い」で始めたのが小太刀護身道、つまり「スポーツチャンバラ」である。
さらに、これとほぼ同時期に知り合った全剣連居合道の師範に誘われ、居合も始めた。
どちらも今では、五段の腕前を持つに至っている。
チャンバラの練習は今では続けていないが、居合の稽古の方は、空手同様続けていた。
いわば福山の実戦力の勘を養ったのが和光流空手でありスポーツチャンバラ、真剣を扱う手の内と体捌きを会得させたのは居合道ということになる。
のみならず、熊狩士の国家資格試験に臨む直前にはなんと、古流剣術の聖地九州は熊本に渡り、半年ほど滞在した。
宮本武蔵の伝えた二天一流を学ぶためだった。
そこで、ごく初伝ながら基礎的な部分を徹底して学び、体得してもいる。
特筆すべきはこれらだけでなく、熊斬り太刀を使いこなすだけの体力をつけるべく、筋力トレーニングにも励んだことだ。
腕立て伏せや腹筋運動に背筋トレーニングを欠かさず、武術の稽古の合間に続けたのである。
その甲斐あって、当初は構えるだけで精いっぱいだった熊斬り太刀を、きっちり百本、素振りできるようになったのだった。
これだけの下地をもって熊狩士の国家試験に挑んだ福山は、見事に同期合格組中、次席での合格を果たしたのだが、その際に首席合格だったのが高陽というわけである。
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病室の壁際、壁の角に、大小二振りの刀が立てかけられている。
ふと、それに目をやった高陽が、笑みを浮かべて尋ねた。
「相変わらずなんですね」
「何がだい?」
「二刀流、のことですよ」
「ああ、そのことか」
福山が笑みを浮かべ返し、答えた。
「一番馴染んだスタイルだからね、今も昔も」
「それで、特注したんですよね、あの一対の大小は」
「そういうことさ」
福山がニタリとした。
福山の馴染んだスタイルとはずばり、スポーツチャンバラでの二刀のことである。
チャンバラで二刀とはそのまま、通常は長剣と呼ばれる大刀と、小太刀と呼ばれる小刀のオーソドックスなスタイルを言う。
正か逆の別はあるのも、剣道の二刀と同じだ。
スポーツチャンバラ時代の福山が最も得意としたのはこの二刀であり、それがそのまま彼の剣技の下地となっていた。
元々空手をやっていたことで、両腕とも思いのままに使えたからこそ可能な剣技だったと云えよう。
もちろん、彼本来の器用さもあるが。
それ故に、福山は熊狩士になると同時に、美濃関鍛冶工房に特注で、大小一対の「熊狩刀」の制作を依頼したのだった。
「熊斬り太刀」ではなく、「熊狩刀」である。
太刀のように長い形状ではなく、打刀タイプの大刀と脇差しの小刀なのだが、むろん「熊斬り太刀」が原型となっているため、
刀身の分厚さが半端なく、しかも重い。
大刀は1.5キロ、脇差しも1キロ近くある代物であり、まさに長大な鉈と云えた。
さすがに本来の熊斬り太刀のように、両手でなければ振れない、というほどではないが、それでも片手で扱うのはやはり、限界はこれくらいだっただろう。
脇差しなどはそのまま、まさに鉈か中華包丁か、というところだった。
余談ながら、かつて江戸初期の剣豪で尾張藩剣術指南役だった柳生連也斎などは、
「武士が常住坐臥、常に身に帯びているのは脇差し。だからこそ、脇差しにはこだわるべき」と考え、殿中でいつ大事が出来してもいいよう、身幅の広さと重ねの厚さが尋常ではない逸物を常に帯びていたらしい。
これは現在でも「鬼包丁」の名で伝わっている。
以上は余談。
「オレはこの大小、熊狩包丁と呼んでるがね」
「そのまんまの名付けで良いんでは?いっそのこと」
「まあそうだね、そう行くとするか」
せっかくキミがそう奨めるなら。
そう言った福山は話題を変えるように、高陽に改めて尋ねた。
「しかし、前野くん、仙台で波岡の一撃を受け損ねて失神したんだろ?よく追撃されずに済んだな」
「そうですね、オレなら躊躇うことなく、止めを刺すところですからね」
「それがまた、どうなってなんだ?」
「それが、どうやら・・・・・」
高陽は苦笑いしつつ、答える。
「女性に助けられたようですね」
「女性?それはその時一緒にいたっていう先輩の女性のことかい?確か、名は・・」
「亀岡早月センパイ、です」
「そうそう、その亀岡さんに助けられたのか?」
「いえ、早月センパイだけじゃありません」
「だけじゃ、ない?」
「はい」
高陽は、真顔で続けた。
「警官も加勢してくれたようですね、オレが咄嗟に突き飛ばした女性警官が」
「警察官?女のお巡りさんがかい?」
「はい」
高陽はどこか、おかしげに笑っている。
その顔のまま、つけ加えた。
「どうも波岡に、至近距離から発砲したらしいです。オレに当たる可能性は考えもせずに、ね。全く、頼もしい限りですよ」
「本当に?」
福山の確認に、高陽が肯く。
途端に福山が、大爆笑し始めた。
廊下にも聞こえているだろうに、お構いなしだった。
ひとしきり笑い終え、言った。
まだ顔は笑っていたが。
「それは恐らく、熊狩士なら何とかなると思ってたからじゃないか?」
「どうですかね、何しろこっちはその時、気絶してましたんで」
高陽も苦笑しっ放しである。
「早月センパイも、波岡に打ちかかったらしいですしね」
「打ちかかった?」
福山が、何を、という顔になった。
得物は何を遣った、ということのようだ。
高陽は、まだ苦笑している。
「特殊警棒のようですね。どうも、いざという時の護身用に持ち歩いていたらしくて」
「警棒?そうか、なるほどな」
福山は納得したようだった。早月が高陽の高校時代のセンパイということは、剣道の経験者だと思いだしたのである。
事実、剣道六段の早月に特殊警棒を持たせれば、下手な拳銃よりもよほど頼りになるだろう。
なまじの男では、刃が立つまい。
「でも、どこを狙ったんだろね、彼女?」
「それが・・・」
高陽が、説明した。苦笑した顔はそのままである。
「どうも、脛だったようで」
「脛?向脛か?こりゃいいな」
福山がまたも爆笑しかけた、その時。
「何をそんなに、大笑いしてるんです?」
廊下まで聞こえてますよ。
笑いながら言いつつ、女が病室に入って来た。スラリとした美人である。
福山の妻、若菜であった。
その若菜の後ろから、福山の息子で小四の孝太、小二の娘の佳津が続いて来る。手にはお菓子やジュースの入ったビニール袋を、重そうに提げていた。
高陽が福山の病室を訪れた時、ちょうど一家団らんの最中だったのだが、高陽に気を使い、若菜が子どもたちを売店に連れ出していたのだった。
その福山の家族が戻って来たのである。
「ねえねえパパ、何のお話してたの?」
佳津がぱっちりした目を、くりくりさせて福山のベッド脇に近づく。
高陽の隣りの位置だった。
そのさらに隣りには孝太が陣取る形になっている。
「こっちの小父さんの武勇伝を聞いてたのさ」
「この小父さんの?」
「そうだよ」
「ふうん、そうなんだ」
佳津が父親の答えに、素直な相槌を打つ。
「小父さんも、熊狩士なの?」
孝太が高陽に質問を飛ばして来た。
「そうだよ」
高陽はやや、困惑の表情である。まさか自分に子どもたちから質問が来るとは思っていなかったからだ。
「小父さんも、空手やってるの?」
「空手はやってないよ、剣道はやるけどな」
「剣道なの?」
「ああ、剣道だ」
「ふうん・・・」
ここで、孝太は一瞬考えたらしく、その後にだった。
「パパと小父さん、どっちの方が強いの?」
これには福山が曖昧に笑いながら、何かを言おうとしたようだ。
だがその前に、高陽が答えた。
「君たちのパパの方が、小父さんよりずっと強いよ。小父さんなんか、パパにはとても敵わない。それくらい、パパは強いんだぞ」




