ハツコイオムライス 4/6
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日々平穏を飛び出した恋は手当たり次第に情報を求めた。
好都合なことに撫子学園は下校時間なので情報提供者はいくらでもいた。
名前は伏せて服の特徴で聞き込みを続け、クラスメイトの一人が観光地区の方へ走っていったと教えてくれて。
その繰り返しを続けた結果――河川敷の遊歩道でようやく光を見つけることが出来た。
「光さん!」
右のみの視界、半分に映る世界で彼女の背中があまりにも寂しく思わず叫ぶ……が、振り返った光は恋の姿を見ると走り出す。
「え? ちょっとなんで走るんですか!」
「あなたこそどうして追いかけてくるのよ!」
「光さんが逃げるから!」
「ほっといてよ!」
「それは無理です!」
「なんで!」
「それは……!」
どうやら光の運動神経は残念なようだが、それなりに慣れた半分の世界でも全力疾走は距離感が掴めずなかなか差は縮まらない。
「――きゃっ!」
ついには左足が何かに躓き恋は派手に転倒、しかも運悪くそのまま河川の土手をゴロゴロと転がり落ちてしまう。
「ちょ――っ! あなた大丈夫っ?」
さすがの光も慌てて反転、恋の元へ駆け寄った。
「なんで何にもないところで転べるのよ? あなたもしかしてドッジ子?」
「あたた……でも、ラッキー」
心配そうに手を差し伸べる光に、痛がりながらも恋は笑みを浮かべて逆に腕を掴んだ。
「光さん……捕まえた」
「え……あ、そんなことより怪我とか――」
「そんなこと、じゃない。ユースケの作る料理で……オムライスで誰かが悲しむのは嫌なんです。本当に辛いのはあいつだから! だから……!」
「…………ちょっとストップ」
「嫌です! あたしと光さんは同じなんです! だって――」
ヒートアップする恋の顔を掴んだ光は強引に周囲の状況を見せた。
土手の下で抱き合いながら(ように見える)言い争う女の子が二人。それは実に目立つ光景、通行人から注目を浴びて――
「……とにかく、落ち着きましょう」
光の提案にようやく現実に返った恋も頷くしかなかった。
◇
「ここなら大丈夫……よね」
「……はい」
周囲の視線から逃げるように移動した二人は河川敷公園のベンチに座っていた。
「にしても……えっと?」
ぼさぼさになった恋の髪を櫛でとかしつつ光が首をかしげる。
「あ、恋です。宮辺恋……」
「宮辺さんってずいぶん頑丈なのね。あんなに転がって怪我がないなんて……ま、なによりだけど」
「昔空手をやってたからかな……?」
「なるほど……だからお転婆なのか」
「すみません……」
「べつに謝ることじゃないわ。はい、おしまい」
「あの……ありがとうございます」
「どういたしまして……で、聞きたいんだけど同じってどういう意味?」
恋の身なりを整え終えた光は早速訊ねた。
「あなたもオムライスに……というか、あいつの料理に何か思い入れでもあるの?」
「…………はい」
「ふ~ん……。それってどんな?」
感情のままぶちまけられたが、あんな状況でも必死に訴える恋にはどんな思い出があるか光は興味を持った。
「ははは……。それはなんというか……いざ話すとなると、恥ずかしいというか……」
「いいじゃない。私も話したんだし、おあいこよ」
「あれは光さんが勝手に話したから……」
「言い訳無用。あんな恥かかせたんだから、あなたも恥じかきなさい」
「面白い話じゃないし……正直引かれるかも知れませんけど……」
強引な理屈だが、追いかけて勝手な感情をぶちまけた恋としては断れそうもなく。
深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
「あたし一度本土に引っ越してて……この島には二年前に帰ってきたんです」
それから恋は語りだす。
父親のこと。左目の視力を失ったこと。両親の離婚により再びこの島に帰ってきたことを苦笑交じりに語った。
そして優介は恋と歩く時、必ず左側を歩くことも。言葉で決めていない、左目が見えないと知って以来、危険にならないよう無意識に歩くのだ。
不器用な幼なじみの優しさが伝わるように、嫌な奴ではないことを精一杯語った。
「――あの、やっぱり引きました?」
一息ついて恐る恐る光の表情を窺う。
光はポカンとした顔になっていたが首を振り笑って見せた。
「べ、別に引いてないわ。芸能界にいればもっと凄いというか……最悪な話だって耳にするもの」
「本当ですか?」
「本当よ。で、その話とオムライスってどう関係してるの」
「はい……そんなことがあってこの島に帰ってきました。島のみんなはいい人ばかりで、温かく迎えてくれたおかげであたしも普通に生活出来るようになったんですけど……気づかれちゃうものなんですね」
辛い過去を話していた恋の表情にようやく笑顔が戻る。
「島に帰って一ヶ月くらいかな? ユースケがいきなりあたしを日々平穏に連れて行ってくれたんです。それでオムライスをご馳走してくれて……美味しかったな」
「…………」
「光さん、どうしてユースケがあたしにオムライスを作ってくれたかわかります?」
不意の質問に光は素で首を振ったが、恋は満足げに苦笑する。
「誰しも美味しいもの食べてる時が一番幸せ――これが理由です」
再会した優介は変わっていた。
ぶっきらぼうで笑わなくなり、言葉を交わす機会もほとんどなかった。
なのに優介だけが気づいてくれた。
恋が心から笑えてないことに気づいてくれた。
事情も知らず、何も聞かず、でも恋のために昔から好物だったオムライスを作ってご馳走してくれた。
彼の心遣いに、恋は島に帰って初めて泣いた。
泣きながらオムライスをほお張り、初めて心から笑顔になれた。
その後恋は自分の過去を話し、優介も離れていた二年間の話をしてくれた。
それはとても悲しい過去。
自分よりも辛い思いをして、変わってしまったことを知った。なのに笑えなくなった自分に気づいてくれて、好物を覚えていてくれて……心の根っこは優しい彼のままなのだと恋は知った。
でもこれは光には話せない。彼の過去は彼のモノで、幼なじみでも簡単に話すわけにはいかない。
「これがあたしのオムライスの思い出です」
だから恋はここで締めくくった。
「……そっか」
光も納得したようで、二人の間に沈黙が訪れる。
でもこのままでは終われない。
恋は自分の思い出話をしに来たわけではない。
彼女を――春日井光の心を救いに来たのだ。
「さて、ユースケがどんな奴か分かってもらえたことだし行きましょうか」
「どこへ?」
急に立ち上がる恋にキョトンとする光。
「日々平穏です。光さんは特別な、裏メニューのお客さまですから」
「裏メニュー……? どういうこと?」
首をかしげる光に手を伸ばす。
あのぶっきらぼうで口の悪い幼なじみはヒントをくれた。本当に分かりづらい、幼なじみの自分だからこそ気づけるような不器用なヒント。
「もう一度、思い出のオムライスを食べてください。健一さんがどんな想いでオムライスを作っていたかユースケには分かるんです……理由は言えません。でも信じてください」
ココロノレシピのことを言うわけにはいかない。
「今度は思い出のオムライスを全て食べてください。そうすればきっと光さんにも分かるハズだから、一緒に行きましょう」
「健一の気持ちが……私にも……」
光は戸惑っているが信じてもらうしかない。
信じて恋は手を差し出すだけ。
「…………ひとつ聞いてもいい?」
やがて光は顔を上げて問いかける。
「あなた優介のこと好きなの?」
それは何の脈絡もない問いかけだが、恋は悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。
「逆に聞きますけど、光さんはどうして健一さんに会いたいんですか?」
「そ、それは……っ」
途端に顔を赤くして口をもにゅもにゅさせる姿がおかしくて、笑ってしまう。
予想通り、彼女はただ恩人に会いたいだけじゃない。後悔があるようだ。
「言いましたよね、あたしと光さんは同じだって」
だから恋も恥ずかしげに、困ったような口調で。
「素直じゃないんです……あたし」
「そう……いい答えだわ」
光は笑顔で、恋の手を掴んだ。
*
――温かな島のみんなのお蔭でお母さんは平穏に暮らしてる。
でもあたしは平穏じゃない。あのヤンキー発言以来、ユースケと全くと言っていい程会話してないもん。
あれからユースケはずっとブスッとしてて声かける雰囲気じゃない。なによりあいつも必要以上に関わろうとしない。
それになんか、みんながユースケを避けてるみたいだった。イジメともちょっと違う、なんていうか……遠慮……かな? 唯一コータは気さくに接してるけど。
でもなんかモヤモヤする。
なんでみんなユースケをそんな目で見るの?
理由を聞いてみたけど……ダメだった。みんな言葉を濁して適当に話題を逸らされる。
どうしちゃったんだろう?
あたしがいない間に何があったの?
だから行動に出た。
みんなが教えてくれないなら小父さんや小母さんに聞けばいいんだ。もしグレちゃってるなら心配してるだろうし、なにより一度あいさつしておきたかったしね。妹の明美ちゃん元気かな?
記憶を頼りに……なんて、ユースケの家は昔住んでた家の斜向いだからよく覚えてる。正直、お父さんと暮らしてた家を見るのは……モヤモヤするから避けてたけど、いつまでも逃げてられない。
ちょっとだけ緊張しながら昔住んでた住居区に向い……目を疑った。
あたしが住んでた家が建て替えられてるのはまあいいや。多分、誰かが引っ越してきたんだろう。
でもユースケの家が無い。更地にされて、何もなくなってる。
『やっぱビックリするよな』
呆然とするあたしに声をかけたのはコータだった。下校途中にここへ向かってるのを見つけて付けてたらしいけど……。
『ねぇ、ユースケになにがあったの……?』
ユースケの変貌、みんなの目、そして住んでた家が無くなって……これがただ事じゃないことだってのは鈍いあたしでもわかる。
『あたしがいない間になにがあったの? 小父さんは? 小母さんは元気にしてるの? 明美ちゃんは?』
みんなは誤魔化すけどコータなら教えてくれる。
そう期待してたのに首を振られた。
『鷲沢の過去は鷲沢のモノだから。いくら幼なじみでも簡単には話せない』
『そんな……そんな酷いことがあったのっ? ねぇコータ教えて!』
『知りたいなら鷲沢に訊けばいいじゃん』
コータは困った口調で言うけど……そんなの出来ない。
『なんで? 知りたいんだろ』
『だって……』
どう説明すればいいか分からなくて目を伏せた。
ユースケが変わっちゃって話しかけづらいから?
なにがあったかなんて、簡単に訊けそうにないから?
色々な考えがぐちゃぐちゃで、訳わかんなくて。
いっぱい悩んで……一つだけ自分の気持ちがわかっちゃった。
『…………ユースケに否定されたくない』
あたしは怖いんだ。
いつも一緒で何でも出来て頼りになって、ちょっと目つき悪いけど優しかったユースケにあたしが戻ってきたことを否定されるのが嫌だった。
『鷲沢さ、宮辺が帰ってくるの知って喜んでたよ』
そんなあたしにコータがいつもの笑顔で告げた。
『まあ、あいつも色々あってちょっと……な。だから宮辺が帰ってきてさ、昔みたいに三人でバカできるのを楽しみにしてたのかもな』
『そう……なの?』
『だから陰でコソコソ調べるんじゃなくて、直接聞いてやってよ。昔みたいに遠慮なく、なんでも聞いてやって。多分、あいつが一番嬉しいことだから』
『……でも』
『それと宮辺も鷲沢に言いたいことがあるんじゃね? だから帰ってきたんだろ』
その言葉に何も答えられないでいると、いつの間にかコータは居なくなってた。
あたしが言いたいこと?
だからこの島に帰りたかったの?
自問自答するけど……やっぱりわかんなかった。
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