ハツコイオムライス 5/6
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「断る」
二人でもう一度思い出のオムライスを作って欲しいと頼んだが、優介の返事はなんとも素っ気ないものだった。
もちろん恋は反論するも面倒げなため息を返されて。
「残すと分かってるもんを作ってたまるか。食材を粗末にする……俺の嫌いな行為だ」
「だから今度こそ食べるって言ってんじゃない!」
「信じられん」
「あんたねぇ……」
素直じゃない幼なじみに恋は頭を抱えてしまった。
「……宮辺さん。あなた、こんな奴のどこがいいの?」
「本当に……どこがいいんでしょうね」
光に小声で問いかけられ、恋も他人事のように呟いてしまう。
「用が終わったなら帰れ。恋もさっさと着替えてこい、白河使えねぇ」
それだけ言うと優介は厨房に戻っていく。
時刻は夕方六時前、まだ店内は半分くらいしか埋まってないが、仕事終わりの常連客や部活帰りの学園生で忙しくなるので優介がピリピリするのは無理もない。
「さて……どうしようか」
「というか、お客さまに向かって調理するの断るってどうなのよ」
「もっともです……」
ため息を吐きつつも二人は居間で作戦を練る。しかし一度作らないと言った頑固者を頷かせる方法など思い浮かばない。
「おりょ? 二人してなにウンウン唸ってんだい」
そんな二人の前に仕事終わりなのか、それとも寝起きなのかTシャツにショーツ一枚とあられもない格好で好子が顔を出した。
「つーか恋は仕事もせずなにしてんの?」
「あの……好子さん? とりあえずなにか穿きましょうよ」
「いいじゃん。女同士なら恥ずかしくないって」
「いや、恥ずかしがりましょうよ。しかもファンの前……光さんも幻滅しますよねぇ?」
呆れながら光に同意を求めるも
「先生……プロポーションいいですね……ごくり」
当の光は昨日と同じくキラキラした瞳で生唾を呑んでいた。
「幻滅してる?」
「もういいです……」
「んで、さっきの質問だけどこんなとこでなに唸ってんだい? もしかして便秘?」
「実は……というかまずなにか穿いてください」
説得の甲斐あってか好子がジーンズを穿いて戻ってくると、何故か残念がる光を無視して恋は今の状況を説明。
「なるほどね……でもま、優介に作らせる方法ならあるよん」
「あるんですかっ?」
あまりに簡単に答える好子に恋は興奮気味に声を上げた。
「教えてください! それって――」
「それより光ちゃんに聞きたいことあんだけど」
だが好子は答えるよりも光に問いかける。
「私はさ、優介の気持ちが分からんでもないんよね」
口調は彼女らしくサッパリとしているが、視線が批判しているようで光は身動ぎする。
「その健一って子がどんな想いでオムライス作ってたかは知らないけど、料理人にとって丹精込めて作った料理を残されるのは辛いことだ。しかも優介はそいつがどんな想いで作ったかわかっちゃうからなおさらね」
「それは……」
「あのオムライス完食するのって相当きついよ? 現に一昨日は一口で止めた。そんなもの食えるかって言った。ホント今さらだ」
「ちょっと好子さん……!」
あまりの言い分に恋が割って入ろうとするが、それを制したのは光だった。
「先生の仰ることはもっともです。確かに私は健一がどんな想いでオムライスを作ってくれたか考えようともしなかった。ただの嫌がらせだって決め付けてました」
「だよね」
「でも……健一がいない今、あの人がどんな気持ちで作ってくれたかを知るには……これしかないんです。私は健一の想いが知りたい。今さらかもしれないけど……私はあのオムライスを食べたい。だからお願いします」
最後は頭を下げた。
「優介さんに作ってもらえる方法を……教えてください」
精一杯の気持ちを込めて、畳に頭をつけるほど深々と頭を下げた。
「そこまでの覚悟があるなら合格だ。あんたいいね、いい青春してる」
「じゃあ教えてもらえるんですか?」
顔を上げた光に好子は満足げな笑みを浮かべる。
「もちろんさね。恋、あんた忘れてないかい? 飲食店のバイトにはまかないってのがある。もちろん日々平穏にもね。働けば優介に好きな料理を作ってもらえるって……これだけヒントあげりゃもうわかるかにゃー」
六時を回り徐々に賑わいを増す日々平穏。
「いらっしゃいませ、日々平穏にようこそ!」
いつものように恋が笑顔で来店客に対応。
「カツ丼とレバニラ定食、合わせて一二〇〇円になります」
愛も淡々とした対応でレジを打ち、やはり淡々と接客する中――
「えっと……ラーメンセットにビールですね」
たどたどしくメモを取りながら常連客に注文を聞く光の姿。しかも私服にエプロン着用で当然のように働いている。
「おう! お嬢ちゃん可愛いねぇ。新しいバイトかい?」
「はい。その、今日だけですけど……」
「そうかい、頑張れよ!」
相手がアイドルと気づいてない常連客から労いの言葉をもらい、光は笑顔でお礼を言って厨房へ。
「優介、ラーメンセットとビールね」
「……おい」
いつもの三割り増しに不機嫌そうな顔で優介が呼び止めるが光は聞く耳持たず。
「ビールってどこ? グラスと一緒に運べばいいの?」
「ビールは冷蔵庫ん中だ。ちゃんと栓抜いておけ、グラスはそこの棚……じゃねぇよ!」
条件反射で答えてしまいすかさずツッコミを入れた。
「なんでお前が働いてんだ!」
「だってバイト中だから」
「許可してねぇよ!」
「許可ならもらってる」
「誰に……そういうことか」
言葉途中に優介は舌打ち。その間に光は接客に出てしまうが今度は呼び止めず、厨房に隣接する引き戸を開けた。
「勝手にあの女をバイトに入れてんじゃねぇよ」
居間で店のビールを勝手に持ち出し飲んでいる好子に威圧的に問いかけるも、ケラケラと笑い返されてしまう。
「だってねぇ。私は青春する若者の味方だからさ」
「答えになってねぇ」
「それにあの子が入ると店の売り上げに貢献できるよ? なんせ現役グラビアアイドルがエプロンつけて接客してくれるんだしさ。いや~なんかエロイね」
「頼んでねぇ」
「いいからさっさと厨房戻りな。お客さんどんどん増えてんよ」
どれだけ凄んだところで好子には効果なく、もともと優介は彼女に頭が上がらない。
「いいだろう……こうなりゃ徹底的に稼いでやる」
結局、自ら手のひらで踊ることを選んで商売魂を燃やしていた。
それから閉店までの二時間は怒涛の忙しさになる。
ハルノヒカリがウェイターとして働いていると聞きつけた撫子学園の生徒が押しより店の外には長蛇の列、集客数二四人の日々平穏ではとても捌けず椅子を追加したがそれでも足りず、一人当たり二〇分制にして回転率を上げた。
このような条件をつけてもさすがは気のいい島の住民、押し寄せる学生に気を使った常連客の大人たちは庭にシートを引いてそこでいいと申し出てくれた。ちなみに好子も常連客に混じり酒を飲み交わしていた。
店内はまさに地獄絵図。
ハルノヒカリにサインを求めたり写真をお願いしたりと料理以外の注文が多く、マネージャーの和美を呼び出して抑制を依頼した。
『事務所に無断でこんなことをされては困るんですが……』
光の姿に苦虫を噛んだような和美も、神条愛子こと好子が今度小説に実名で登場させると言った途端。
『自分は何も見ていません』
手のひらを返して協力してくれた。
厨房も優介一人では回せず愛も加えて、ウェイターは恋と孝太、光とついでに和美にも協力させて六人体制で働き、三〇分オーバーでようやく閉店時間を迎えた。
◇
「……これって歴代トップだろ?」
レジ上げで出てくる長いレシートを手に、孝太は喜びを通りこして呆れてしまう。
「材料も底を付きたねぇ。朝一に注文しないと明日の開店は出来んよ」
空になった冷蔵庫を前に好子は嬉しそうに告げる。
目の回るような忙しさだったが達成感もあり、誰もが疲労しているも表情は晴れやかだ。
ただし四人を除いて。
「んじゃ、後片付けは任せて私たちは退散しようかねぇ」
結局最後まで常連客と酒を飲んでいた好子は孝太と和美へ視線を向けた。
「ここは三人の定食屋だ。お客さんがいるならここに残ってるのは野暮ってもんさね」
「じゃあ俺も帰るから、給料は明日学校で渡してくれ。こんだけ忙しかったんだから少しは色付けてくれよ」
事情を知らないはずなのに孝太は納得して店を出て行く。
「光さん。自分は表の車で待ってますので……」
和美も続いて店を出ると最後に好子が居間に(ビール瓶片手に)入り、店内には優介と恋愛コンビ、そして光のみが残された。
先ほどまで喧騒に包まれていた店内で、カウンターに座る恋と光は何も言わない。正規の閉店時間から椅子に座り休んでいる愛は目を閉じたまま。
静寂の店内で、レジから五〇〇〇円を二枚取り出した優介は茶封筒へ一枚ずつ入れた。
「不本意ではあるが今日はご苦労だった。取っておけ」
「え……? あの……」
「一つはマネージャーの分だ。ネコババするなよ」
「誰がするか! って、私は別にお金が欲しくて――」
「バイトに給料渡すのは当然だ。ああボランティアか。ならまかないはいらねぇな」
「……あんたって、ほんとに嫌な奴」
不服を漏らしながらも二枚の封筒を受け取る光に、やれやれと優介は息を吐く。
「誰かさんが無茶なことしたお蔭で大繁盛だったんでな、材料がほとんどねぇ。まかないも一人分が限界だが――」
「あたしはいいから。光さんに作ってあげて」
恋も優介の意図に気づいていた。
無理矢理バイトとして働いてまかないを作ってもらう。
頑固でも優介は義理堅く、どんな理由だろうと決めたことを守る。まかないなら好きなものを注文できる。これが好子の作戦だった。
優介もそれを知りながら最後まで踊らされた。その証拠に一人前のオムライスを作る材料だけ残していた。
本当に、どこまで捻くれ者なんだろうと恋は笑うしかない。
「本日は恋の頑張りに仕方なく、私も遠慮します」
経緯を知らないにもかかわらず愛も断りを入れると
「あの……じゃあ」
光はゆっくりと、メニューを口にする。
「オムライスを……健一のオムライスを作って」
「いいだろう。今度のは特製だ、残すなよ」
*
――それは突然のこと。
『ついて来い』
いつものように授業が終わって友達と帰ろうとしたら、突然ユースケに誘われた。
返事も聞かずさっさと教室を出て行っちゃったけど、あたしは迷わず後を追った。ユースケに声をかけられたのは島に帰って初めてだったから。
でも三日前にいろいろ知っちゃって、なにを話せばいいかわかんなくて、一緒に下校してるのに何も会話がなかった。
どこに行くんだろう?
もしかして家に連れてってくれるのかな?
どうしていきなり?
ただそんなことを考えているとユースケが立ち止まった。
『なにしてんだ? さっさと入れ』
そこは学園から五分くらいにある日々平穏って定食屋さん。ここはお爺ちゃんとお婆ちゃんが二人で切り盛りしてて、昔何度かご飯を食べに来たことがあったなぁ。
もしかして一緒にご飯食べるの? でも休業日ってプレートがあるんだけど……。
疑問を感じつつユースケを追って店内に入ると誰もいない。当然よね、お休みだもん。
『帰ったぞ』
『………………へ?』
『帰りおったかクソ弟子が!』
『…………………………へ?』
ユースケが声をかけると奥の障子が開いてお爺ちゃんが出てきた。うわ、懐かしい! 昔と変わらず元気そう……ていうか元気すぎなお爺ちゃんだ!
じゃなくて! 帰った? 弟子? なにそれ?
『誰がクソだ誰が。婆さんはどうした』
『本土じゃよ。愛ちゃんがまた入院してのう』
『ならテメェも見舞いに行け』
『次の休みに行くぞ……ぬぅ! もしや恋ちゃんかっ? 久しぶりじゃなぁ!』
『あ、あの……』
お爺ちゃんが覚えててくれたことは嬉しいけど、今は気になることだらけで上手く声に出せない。
『テメェがうるせぇから恋がビビってるだろ』
『そうなのかっ!』
『だからうるせぇよ! いいからもう引っ込んでろ!』
『はなからそのつもりじゃよ。精々失敗するんじゃないぞクソ弟子が』
『余計なお世話だ!』
障子が閉められて静かになった。
なんていうか……ユースケとお爺ちゃんってこんなに仲良かったっけ? いや、ケンカしてるみたいだったけど……。
『……適当に座ってろ』
ユースケに言われるまま近くのテーブル席に座ったけど、なんだろう……凄く疲れた。
『――てっ! なにしてんのユースケ!』
なのにわざわざ立ち上がってツッコんだ。だってユースケがエプロンして勝手に厨房に入っちゃうんだもん。
『見てわからないか? 料理だ』
『いや、そーだけどさ! 勝手にお店の使ったら怒られるんじゃない?』
『べつにいいだろ。自分の家の厨房くらい』
『え? 自分の……家?』
『白河から聞いてねぇのか。俺は今ここに住んでる』
平然と教えてくれたけどあたしは驚いて、なんだか膝に力が入らなくて椅子に座った。
色々考えたいけど、頭が真っ白で訳わかんなくてただユースケが料理をする音を耳にしていた。
夕方の更新でハツコイオムライスも完結します。
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