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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ17 ツイオクタマゴ
302/365

サンネンノ

アクセスありがとうございます!



 もし満足させられなければ優介は二代目店主として認めない。


 この予想外の事態にも関わらず恋、愛、ソフィは何の意見も述べず静かに喜三郎の座るテーブル席から斜向かいの、カウンター寄りのテーブル席へ。


「なにも、言ってあげないんだねぇ」

「だっていくらあたし達でも、口出ししちゃいけないって思うし」

「お邪魔にならないことこそ、私たちのすべきことかと」


 そんな三人へ歩み寄りイチ子が問いかけると、並んで座る恋と愛は互いの顔を背けたまま口を開く。

 今の日々平穏は優介だけでなく、恋と愛の三人のお店。店主としての資格有る無しは二人の今後に関わる問題。

 でもそれ以前にこれは優介と喜三郎の師弟問題、不満があろうと誰も踏み入れてはならない領域だ。

 しかし、二人の表情から読み取れるのは不満ではなく絶対的信頼。

 この三年間、誰よりも厨房に立つ優介を見続けてきた二人だからこそ問題ないと疑わない。


「あなたも同じ気持ちかい?」

「私は……元より部外者ですから」


 続けて問われたソフィは遠慮がちに首を振るも恋と愛とは違い、後遺症問題で深く関わってきたからこそ、この程度の苦難を乗り越えられないハズがないと表情が物語っていた。


「みんな、本当に優ちゃんを信頼しているんだ。お婆ちゃん嬉しいよ」


 三人の本心に触れてイチ子は満足そうに頷く。

 それは彼女たちの純粋たる信頼、その信頼を得るだけの三年間を過ごした優介に対する喜び。

 なのに――


「ただ……もう少しだけ、肩の力を抜いて欲しいかな」


「「「…………?」」」


 イチ子から出た諭すような物言いに三人の視線が向けられた。


「これは優ちゃんにも言えることだけどね」


 それは不満というより願いに近い気持ちが込められていて


「それって――」

「……上がりだ」


「――え?」


 恋が疑問を口にするより先に厨房から聞こえる声が被さり耳を疑った。

 今のは調理を終えた優介の口癖、つまり料理が完成した。

 だが厨房に立ってまだ数分、その間はなにかを切る音も、炒める音も聞こえていない。

 それは愛とソフィも同じで自然と視線が厨房へと向けられる。

 わずかな時間で、いったい何を作ったのかと。

 疑問視される中、優介は手を洗い終えるとエプロンを外し白い皿を手に厨房から店内。そして注目する恋、愛、ソフィも無視して喜三郎の待つテーブルへ。

 通り過ぎる際、皿が見えたことで何の料理か、なぜほとんどの物音がなくわずかな時間で調理出来たかという疑問は解消されたが、それ故に新たな疑問。


 乗っていたのは白い皿と同様の三角形をした白米が二つ――つまりおむすびだ。


 この大事な局面で、三年ぶりに師匠へ食べてもらう料理にしてはあまりにも平凡で。


「ほらよ」

「…………」


 なのに優介は気後れや迷いもなく、いつも通り面倒気な態度で皿をテーブルへ置き、喜三郎は閉じていた目を開き、見えた料理がおむすびと知るなり


「やはり……こいつできおったか」


 まるで予想していたかのようにほくそ笑む。

 この反応にはさすがの三人も驚きを隠せず戸惑うばかり。


「なんじゃ。みんな知らんのか? にぎりめしはワシとバカ弟子にとって因縁のある料理よ」

「因縁……ですか? お爺さま、それはどのようなことかお聞きしても……」

「ワシが死ぬ前に食した料理であり、それをバカ弟子が作っただけのこと」


 そう――おにぎりは師弟にとって忘れられない最後の料理。


 見舞いに来た優介が喜三郎に言われるまま作り、食し、その後ココロノレシピを託した。

 この事実を知らない三人は平凡な料理に込められた意味を理解する。


「あの時はさんざん貶されたからのう。強情なバカ弟子なら必ずリベンジしてくると予想しておったわ」


 例え平凡でも最後の料理なら、この場に相応しい。

 三年前と今、優介の成長がもっとも伝わる料理。


「……優介さんらしいです」


 大事な局面でも意地を貫く優介に呆れながらもソフィは微笑む。


「さて、たかがにぎりめし。されどにぎりめし。バカ弟子がどう変わっておるか楽しみじゃ。どれどれ……」


 言うや否や喜三郎はおにぎりに手を伸ばし、同時に店内に緊張が走る。

 三年越しの味試し、優介の三年間全てが詰まっているであろう料理に喜三郎はどう評価をするのか?

 問題ないと信頼しても、やはりこの一口の重さを感じて三人が息を呑み見守る中――おにぎりの先端が喜三郎の口へ。

 ゆっくりと味わうように咀嚼……していた喜三郎の表情がみるみる変化している。

 それは成長の兆しが伝わるあまり、または成長の伝わらない味に対する落胆か。


「バカ弟子……どういうつもりじゃ」


 否――どちらでもない、純粋な驚愕。


「ほう? さすが我が師。たかがにぎりめし、されどにぎりめしとの言葉に偽りなしか」

「気づかぬとでも思うたか」

「まさか。気づくからこそだ」


 戸惑う喜三郎に対し優介は平然と。これではどちらが試されているのか分からない。

 故に恋も、愛も、ソフィも、何が起こっているのか分からない。

 ただイチ子だけは落ち着いていて。


「どうしましたか? お爺さん」


 三人の気持ちを代弁するように問いかければ


「どうしたもこうしたもないわ。バカ弟子は使いおったんじゃよ。ワシに――ココロノレシピを」


 喜三郎はとんでもない真実を口にした。


 ◇


 これは日々平穏店主を継げるに値するかどうか、三年間の優介の成長を知る為の師弟の味試し。


「このにぎりめしは間違いなくあの時のにぎりめし。つまりバカ弟子はココロノレシピを使い、ワシから読み取って再現したんじゃ。テメェの料理をな」


 にも関わらず優介は三年前の自分の料理をココロノレシピで再現した。

 平凡なおにぎりの味を、一口で気づいた喜三郎の味覚は驚くべき鋭さ。


 更に驚くべきはやはり優介の行動。


 成長を試す場で、全く成長していない当時の料理を作れば比較の意味はない。

 今まで優介の行動は意味不明だったが、今以上の驚きはなかった。


「バカ弟子、なぜこのような料理を作った」


 三人の疑問を代表するかのように喜三郎から真意を問われた優介は肩をすくめ


「何故もクソもねぇ。この料理が今の俺だ」


 過去の料理を今だと語り、自身の目を指さした。


「読み取れた心は酷いものだ。傲慢、苛立ち、呆れと我ながら実に酷い。なるほど、当時のあんたが俺を認めないのがよくわかる」


 ココロノレシピで読み取れた自分の心は言葉通り酷かった。

 理不尽な師匠に対する憤り、おにぎりくらい簡単だとの自惚れ、相手を思いやる気持ちはほとんどない。


「だがな……その見るに堪えない心が三年前の俺だ」


 しかし――この料理があるからこそ今の自分がある。


 師匠にとって最後の食事、弟子として提供できた最後の料理をこのような心構えで挑んでしまった後悔が全ての始まり。

 技術ばかりに囚われ、心を疎かにしていた自分を見つめ直し、この三年間努力を積み重ねてきた。

 例え師匠がいなくとも、傲らず料理と向き合ってきた結果が今という時間。

 そもそもこの場は不誠実。

 死とは覆すことのできない永久の別れ、死ぬ側であれ残される側であれ誰だろうといずれ訪れ受け入れるべき生きる上での試練。

 だから優介も受け入れ、乗り越えたのだ。

 だからこそ今の自分は胸をはり、日々平穏で料理を提供しているのだ。

 なのにここで再び師匠へ最後の料理として、別の料理を提供してはこの三年間を否定すると同意。つまり自分自身で今を否定することとなる。


「今さら否定してたまるか」


 その呟きは自身の三年間を誇りに思えるもので。


「例えあざけ笑われようと、例え店主として認められなくとも、俺はこのにぎりめしを作る。師匠への、最後の料理としてな」


 この答えこそ、師匠の教えを大切に胸に秘めてきた。


 鷲沢優介――心の料理道。


 皿にのる何の変哲もないおにぎりに込められた思いは恋にも、愛にも、ソフィにも想像が付かない。


「じゃからお前さんはココロノレシピをモノにしたのか」


 ただ喜三郎だけは、優介の心を読み明かす。


「もしバカ弟子が能力に飲まれるのならこの後悔になると予想はしておった。心の料理を知れば知るほど、お前さんはワシに最後に提供した料理を後悔すると」


 おにぎりを食しつつ誰にも分からなかった優介の後悔、そして乗り越えられた心構えを。


「しかしこのにぎりめしの心に偽りなしと言い得る三年間を過ごしたことで、乗り越えるべき答えを見つけ出した」


 喜三郎は二つ目のおにぎりに手を伸ばす。


「ならば今、こうしてワシに提供できるにぎりめしを後悔する必要もないと」


 再びおにぎりを頬張る喜三郎の言葉を否定することなく優介は見詰めたままで。

 それはこの指摘が肯定と同意。

 師を失ってからひたすらに成長し続けた優介は、その過程で最後の料理を後悔するようになった。

 だから突然、能力に飲まれるほどの隙間が心に生まれてしまった。

 だが酷くとも今を誇れる切っ掛けとなった料理を、自分は後悔する必要もないと。

 なぜなら鷲沢優介、唯一の師匠は上條喜三郎。

 そして上條喜三郎、唯一の弟子は鷲沢優介。

 つまり優介は三年をかけて答えを見つけたのだ。

 時間を巻き戻さなくとも、もう一度やり直す必要もなく、過去と、そして今の自分と向き合って。


 後悔を誇れるほど愚直に生きてきた――鷲沢優介だからこそ出せる、最高の答えを。


「……なるほど。このような答えを出せるとは、やはりお前さんは大馬鹿者じゃ」


 しみじみと呟き、喜三郎は最後の一口をゆっくりと味わい手を合わせた。


「ごちそうさま。あの時同様、まだまだ未熟な料理じゃったが」


 そして満足した笑みを浮かべて告げた。


「しっかりと成長を窺える心の料理。さすがワシの愛弟子だけある、見事なり」


 この試しに応えたと、師匠として弟子の成長を認めた言葉を。

 やはり心配は要らなかった。

 優介は立派に日々平穏二代目店主を継げている――わかっていたことでも、喜三郎の答えに恋、愛、ソフィは安堵し喜びの笑みを浮かべる。


 だが――


「やはりな」


 認められた優介から安堵もなければ喜びすら感じさせない皮肉な笑みが返された。


「あんたはなにも分かってねぇ」




みなさまにお願いと感謝を。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!

また感想もぜひ!

作者のテンションがめちゃ上がります!

読んでいただき、ありがとうございました!

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