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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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新団長、メディアを語る

「ほほう、これはなかなか良い出来ではないか」

「はっ、ありがたき幸せにございます」


 ガルンモッサ城にて、一人の絵師がレビルの前で頭を下げていた。

 レビルの手には、竜二頭が互いに覇を競い合うように見事に絡まり合う絵であった。

 シンプルながらも洗練された出来栄えに、レビルは唸る。


「うむ、シンボルなどと……と最初は思ったが、こういうのも悪くない! スヴェンのやつめ、いつもブラブラしているがたまには役に立つではないか。はっはっは!」


 上機嫌で笑うレビルに、絵師はおずおずと言葉を紡ぐ。


「……えぇと、ところでレビル様」

「ん、どうした。もう下がって良いぞ」

「いえ、その、お金はいつ頂けるのでしょうか……」


 絵師は恐る恐る、思い切って言葉を切り出す。

 レビルの勢いで話を進められ、まだその話をしていなかったのだ。

 相手が王族という事もあり、腕利きで名の知られているとはいえ、絵師の都合で話が進むはずがない。

 絵師の問いに、レビルはぴくんと片眉を跳ね上げた。


「金、だと? 報酬を寄越せと申すか」

「……頂ければ有難いと存じます」

「馬鹿な、たかが絵如きに金など払えるはずがあるまい。この程度のもの、ひと時もあれば出来上がるであろうが!」

「な……!」


 レビルの言葉に絶句する絵師。

 確かに、この絵に向き合った時間はそう長くはない。

 言われてみれば半日程度だったか。だが、その構図、デザイン、色合わせ、その他諸々……悩みに悩んで描いたものだ。

 友人スヴェンの頼み、そして国からの正式な依頼、手を抜けるはずがない。

 何度もやり直し、吟味し、ようやく出来た渾身の作品である。

 それを、「たかかが絵如き」と。金など払えるはずがない、と。そう言われたのだ。

 絵師は目を伏せたまま、声を震わせて言った。


「……ださい……!」

「あ?なんだと?」

「先刻の言葉を撤回して下さい! そしてきちんとお金を支払って下さい!」


 絵師は半ばやけくそ気味にレビルに吠える。

 レビルの言葉は技術を軽んじ、侮辱する発言である。

 これを許せば他の絵師たちも同じような被害を受けるだろう。

 それを、この絵師は良しとしなかった。

 だから身の危険を顧みる事もなく、レビルに食ってかかったのだ。


 だがレビルがそれをどう受け取るかは、言うまでもないことだった。

 そんな絵師にレビルは、みるみる表情を歪めていく。


「貴様……!」


 今にも怒鳴り散らしそうな表情のれビルを見て慌てた副官が駆け寄る。


「レ、レビル様、もうすぐ騎士団の訓練でございますよ! 早く行きましょう。このような者に時間を割いている暇などありますまい!」

「む……そうだったか?」

「えぇそうですとも。……おい、誰かそいつをつまみ出せ!」


 副官の命令で、兵たちが絵師を取り囲む。


「はなせーっ! ちくしょうっ! 金を払えーーーっ!」


 絵師は暴れて声を上げるが、力で敵うはずもなく。

 無情にも引きずられ、城の外へと放り出されるのだった。


 ■■■


「くそっ! ふざけやがって!」


 城を放り出された絵師は、酒場でクダを巻いていた。

 時折、手に持った酒瓶を煽り、酒臭い息を吐きながら。


「あのクソ王子! 竜のレースだか何だかしらねぇが、あんな大会、潰れちまえばいいんだ! なぁマスター!?」

「はは……」


 国の王子に対する愚痴を吐かれては、酒場のマスターも愛想笑いを返すしかない。

 何せガルンモッサでは王族への悪口は固く禁じられている。

 王や王子に影口を言った者が厳しい罰を与えられるのは日常茶飯事だった。


「あの野郎、絵師をゴミみてぇに扱いやがったんだ! 絵なんかに金を出せるかってよ! 俺はこの方二十年、絵ばっかり描いて生きてきた! それを否定されたんだ! 許せるかよ!」

「そうねぇ、つらいわねぇ……」

「あんたに何がわかるっ!」


 マスターの曖昧な態度が気に入らないのか、絵師は更に荒れ、語気を強める。

 手にした酒瓶をぐいと煽り、どん! と勢いよくテーブルに叩きつけた。


「おやおや、何やら面白そうな話をしてるじゃありませんか」


 そんな絵師の隣に腰を下ろしたのは、恰幅のいい中年の男だった。

 男はマスターに酒を一杯注文した。


「……あんたは?」

「おっと申し遅れました……私はこういう者です」


 男が胸元から取り出した名刺を、男に渡す。


「月刊ドラゴンライド編集長……確か竜の情報誌か」

「お、知ってるとはありがたいですねぇ。実はこの国で竜のレースをやると聞きまして、取材に来たのですがちと話を聞かせてくれませんか?」


 編集長はニヤリと笑うと、絵師のグラスに酒を注いだ。

 グラスの酒は勢いよく減っていき、それと共に絵師の舌もよく回るようになっていた。


「……って感じでよ、めちゃくちゃなんだあの王子! 人の仕事を何だと思ってやがる……ひっく」

「ほうほう、なるほど……それは面白……いえひどい話です」

「だろう!? だからよぉ、ころことを記事にしてくれよぉ。このままじゃ気が済まらいんだよっ……ひっく」


 絵師はすっかり酔っ払い、呂律も回らなくなっていた。

 編集長は先刻までしっかり取っていた手帳を、閉じる。


「ろこにいくんらぁ?」

「いえ、その王子殿に話を伺いに行こうかと……」

「やめたほうがいい! やーな思いをするらけだぜぇ……ひっく」

「まぁまぁ、被害者の話だけ書くのも不公平というものです。……それに、それはそれで面白いネタが手に入りそうですしね」


 楽しそうに口元を緩める編集長を、絵師は呆然と眺めていた。


「変わってんなぁ、あんた」

「雑誌作りなどをしている連中は、変わった者ばかりですよ。あなたのようにね……マスター、お勘定をお願いします。領収書もよろしく」


 編集長は金を払うと、酒場から出ていくのだった。


 ■■■


「快く取材を受けて下さり、光栄です。レビル団長殿」

「ふん、俺も暇ではないのだが……どうしてもと言われてはな。はっはっは!」


 上機嫌なレビルを見て、横にいた副長がため息を吐く。

 面倒な事にならぬよう副長が取材を受け、適当に済ませるつもりだったのだが、それをレビルが自分に任せろと横取りしたのだ。

 仕方なく副長は面倒事を起こされぬよう、同席したのである。

 もちろんレビルはそんな副長の想いなど知るよしもない。


「申し遅れました。私は月刊ドラゴンライド編集長でございます。こちらは名刺で……」

「ふん、貴様らがどういう存在か、などどうでもいい事だ!」


 編集長の差し出した名刺を、レビルは受け取らなかった。

 相変わらずの傍若無人、傍らにいた副長はため息を吐く。

 編集長はさして動じる様子もなく、話を続ける。


「これは失礼しました。確かに私どもの事など、王族様からしてみたらゴミのようなモノでございます。記憶に留まるのもお見苦しい」

「わかっているではないか。頭の悪くない人間は嫌いではないぞ。……して、何を聞きたい?」

「えぇ、竜のレースを行うと聞きまして……是非特集させていただきたいなと」

「ほう」


 レビルの目に、興味の色が灯った。


「よかろう! ふむ、今回行われるレースはな、ガルンモッサ竜騎士団が誇る歴戦の陸竜部隊たちがその速さを競い合うと言うものだ。観客も見ているだけではなく、賭けをして楽しむことも出来る。各国の要人を招いての一大イベントだ!」

「おおーなるほどーそれはすばらしい!」

「うむ、そうであろう。そうであろう。はっはっは」


 あからさまに適当な相槌であったが、レビルは機嫌よく笑う。

 それを見て編集長は思い出したように言った。


「そういえば知ってます? 近日、アルトレオでも竜のレースが行われるんですよ」

「何?」

「飛竜の谷で行われるレースです。我々も協賛で行われるちょっとしたものですよ。いえ、もちろんガルンモッサ《ここ》で行われるものとは格が違いますが」

「……当然だ」


 答えるレビルだったが、その顔は不満そうだった。

 面白くなさそうな顔で少し考え込んだ後、レビルは編集長に問う。


「……時に貴様、そのアルトレオの大会とやらはいつ行われるのだ?」

「は……えぇと確か、今月の末日ですが……」

「なるほど、ふむ……よし、おい副長! その日を大会日とするぞ」

「はいぃっ!?」


 レビルの突然の決定に、副長は思わず声を上げた。


「無茶ですレビル団長! 本来は来月末でしょう!? それですら突貫工事でギリギリ……間に合うわけがありません!」

「出来るかどうかはやってみなければわからないだろうが!」

「各国の要人も招いています! 出来ませんでした、では通りませんよ!」

「それを何とかするのが貴様の仕事だろうが!」

「……し、しかし……」


 流石に無茶な要求である。

 食い下がろうとする副長だったが、レビルに睨まれ口を噤んだ。

 無茶ぶりはいつもの事である。そして反論が無駄なのも、いつもの事だ。


「……わかり、ました」

「ふん、それでいい」

「あららぁ、大変ですなぇ」


 二人のやり取りを見て、編集長は人ごとのように言った。


「そういう訳だ。こちらの大会は今月末日、アルトレオの大会も同日……くくく、面白い事になってきただろう?」

「全くです。……色々な意味で、ですが」

「ん? 何か言ったか? それより貴様、せっかく話を聞かせてやったのだ。しっかり宣伝しておけよ。まぁこの程度の木っ端雑誌の宣伝にどの程度の効果があるのか疑問ではあるがな! はっはっは!」

「えぇはい、全くですなぁ。……えぇとちなみに宣伝しろとのことですが、我々に報酬などは支払われるのでしょうか?」

「するわけがなかろう。たかが文章を書く程度で金を取る気か?」

「ですよねぇ。はっはっは」

「はっはっはっはっは!」


 レビルは楽しそうに、編集長は呆れたように笑う。

 そんな二人を見て、副長はただただため息を吐くのみだった。

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