メイド、脅かす
くるるるるるる、くるるる、くるるるる……
夜のアルトレオ城に響き渡る不気味な音。
使用人たちの詰所にて、それを聞いたメイドたちはひそひそと言葉を交わしていた。
「いやだ、何の音かしら……気味が悪いわ……」
気弱そうなメイドが、肩を震わせて言った。
それを見た気の強そうなメイドが、ニンマリと笑って語り始める。
「ねぇ知ってる? この城で昔、戦争があったって話」
「ちょっと! やめてよ!」
気弱そうなメイドが両手で耳を塞ぐが、気の強そうなメイドは耳元に近寄り、囁く。
「戦争は長く続き、敵に攻められて城には食べ物がなくなったわ。兵士たちのお腹が鳴る音が夜な夜な城に響き、彼らはそのうち縄やお皿まで食べるようになってね……おかしくなっていく兵たちを見て、将軍はある決断をしたの。自ら命を断ち、自分の肉を兵たちに食べさせようとしたのよ。……翌日、首を吊った将軍の足元には自分の肉を食べるよう書かれた紙が置かれていた……」
「ひっ!」
目を瞑り、座り込む気弱そうなメイド。
気の強そうなメイドは楽しそうな顔で続ける。
「兵たちはその肉を食べて何とか生き延びたわ。それからしばらくして、戦争が終わった。平和になり食べ物が手に入るようになると、兵たちも食べ物に困った事なんてすぐに忘れたわ。そんなある日、元兵士の人が食事を食べきれず、残飯をゴミ箱に捨てようとしたのよ。……その時、後ろから生あたたかーい空気を感じた彼は、ゆっくりと後ろを振り向いたわ……すると……」
ごくり、と気弱そうなメイドは息を飲む。
気の強そうなメイドは、先刻よりも更に楽しそうに気弱そうなメイドの背後に回り込んだ。
震える気弱そうなメイドの首筋にハァハァと息を吐きかけ、気の強そうなメイドは大きく息を吸い込んだ。そして。
「食べ物を粗末にしてるのは、おぉまぁえぇ、かぁぁぁぁぁっ!?」
と、暗闇の中から突如聞こえる声。
地の底から響くような、おどろおどろしい、およそ人ならざるものの声だった。
メイド二人は思わず飛び上がり、悲鳴を上げた。
「ひぎゃああああああああああああああッ!?」
そして部屋の片隅へと逃げだし蹲る。
暗闇のコツ、コツと音が近づいてくるのを、二人は震えながら互いの身体を抱いた。
暗がりから現れたのは、メイドAだった。
「……なんです、二人とも情けない」
ため息を吐きながら、メイドAは腰の抜けた二人に手を差し伸べ立ち上がらせる。
「え、えーさん?」「……さっきのはあなただったの?」
「はい、少し驚かせただけです」
「今の声、どう考えても人の声じゃなかったですよっ!?」
「少々音域を広げただけです。大袈裟ですね。この程度はメイドの嗜みですよ?」
「嘘だッ!」
やれやれと肩を竦めるメイドAに、二人は全力で突っ込んだ。
それを気にする様子もなく、メイドAは部屋の外へいく。
「ど、どこに行くつもりなんですか?」
気弱そうなメイドの問いに、メイドAは振り向いて答えた。
「腹ぺこ幽霊に会いにですが……いきますか?」
カッ! と窓の外が光り、直後に轟音が鳴り響く。
無言でぶんぶんと首を振る二人を尻目に、メイドAは暗闇に消えていった。
■■■
アルトレオ城にある食堂にて、真っ暗闇の中を蠢く影が一つ。
こそこそと、物陰に隠れながら進む小柄な人物が目指すのは台所の戸棚。
そこを開けると中には缶が置かれており、中にはクッキーやシフォンケーキが入っていた。
小柄な人影はそれを見て、目を輝かせている。口元からはよだれを垂らしている。その手が缶へと伸びる。
――――その背後にいるもう一つの影に気づくこともなく。
「寝る前にお菓子を食べると太りますよ――――ミレーナ様」
「ひゃわわわわっ!?」
慌てるあまり、小柄な人影――――ミレーナは台所に転がりもう一つの影を見上げた。
その影はため息を吐くメイドAであった。
ミレーナはしどろもどろに言い訳を始める。
「こ、これは違うんです! ちょっとその……あの、アレで……」
「全く、お腹が空いてらっしゃるなら言って下さればよろしいのに」
「うぅ……そ、そんな情けない事が言えるはずがありません……」
口元を結ぶミレーナを見て、メイドAは無表情のままその目を愉悦の色に染めた。
「あら、お可愛らしい事。これだからミレーナ様をイジ……仕えるのはやめられません」
「イジるといいかけましたかっ!?」
「気のせいですよ。……それよりミレーナ様、お腹が空いたのでしょう?」
「う……ッ!?」
メイドAの言葉に、ミレーナは顔を赤くしてお腹を押さえた。
くるるるるるるる、と可愛らしい音が鳴る。
「何か作りましょうか。寝る前に食べても太りにくいものを」
「……ありがとう」
「いえいえ、大した手間ではありません」
そう言うとメイドAは、窯の中から冷えた白米を取り出し鍋に入れた。
そこへ鍋の残り水を注ぎ、卵とネギを入れて煮ることしばし、いい匂いが漂い始める。
「雑炊です。これなら消化も良いので寝る前に食べても太りにくいですよ」
「わぁ……!」
卵はいい具合に半熟に溶け、米と絡みあっている。
スプーンですくうと、湯気が大きく立ち昇った。
ミレーナはふぅふぅと息を吹きかけ、一口。
「ーーーーっ!」
大きく目を見開き、顔を紅潮させるミレーナ。
空腹の絶頂たる状態で食べる食事のなんと背徳的な事だろうか。
二口、三口と勢いよくかきこんでいく。
「よく噛んでくださいね。そのぶん満腹度が上がりますので」
「はふ! はふはふはふ! はふっ!」
「…………」
何度も頷くミレーナに、メイドAは豚を見るような白い目を向けた。
そんな視線に気づくことも無く、ミレーナは雑炊を食べ終えた。
まだ物足りなさそうなミレーナを見て、メイドAはその目に嗜虐的な色を浮かべる。
「そんな物欲しそうな顔をしてミレーナ様、そんなにこれが欲しいんですか?」
「……ぅ、も、もう十分です!」
「ほほう、そんなことを言って、ここは口よりも正直なようですが……」
メイドAがそっとミレーナのお腹を撫で上げると、きゅるると可愛らしい音が鳴った。
「なんならお菓子も食べますか? 甘くて美味しいですよ?」
だがミレーナは悪魔《メイドA》の誘惑に首を振る。
「十分満腹ですから。本当に」
「本当に?」
「本当に!です!」
真剣な顔のミレーナを見て、メイドAはようやく口を閉じた。
「大したものです。普通の人であれば、満腹になるまで一口、もう一口と際限なく食べるところをミレーナ様は本当に一口で終わらせた……流石は私のおも……主人です」
「今おもちゃと言いかけましたか!?」
「気のせい、気のせいでございます」
ぶんぶんと首を振るメイドAを、ミレーナは鋭い目で睨みつけた。
「ふふ、すみません。少々遊びすぎました。レースが終わったら、豪華なお茶会を催させて頂きますよ」
「……楽しみにしています。……それとありがとう、おやすみなさい」
メイドAは去っていくミレーナに、べこりと頭を下げた。




