おっさん、竜女王と再会する
「ほい、88頭め……っと」
ドルトはそう言って、竜の首後ろに腰を下ろす。
竜は頭を振って逃がれようとするが、それは叶わない。
その横では白い騎竜兜の男が竜と悪戦苦闘していた。
「く……暴れるんじゃ……ぎゃーっ!?」
だが、男はバランスを崩して引きずり倒されてしまう。
男を引きずりながら暴れようとする竜を見て、ドルトはため息を吐いて投げ出されていた手綱を掴んだ。
「……仕方ねぇな」
そう言って思いきり、引き寄せる。
竜の首がドルトの方を向いた直後、左腕を竜の口に突っ込んだ。
左腕全体を覆うような分厚い皮手袋――――竜皮籠手は竜の皮を何重にも重ね、なめしたものである。
竜師の基本装備の一つで、鋭い竜の牙をも通さない頑丈性を持っているのだ。
噛みついた竜はがふがふと牙を立てているが、それに穴が開くことはない。
「ガルルフフフ……!」
「よっ!」
が、それも一瞬。
ドルトは目にも止まらぬ速さで腕を引いて立ち上がると、竜は自分から引き寄せられるようにその腰下に首を突っ込むと、下にいた竜の上に乗った。
そして二頭の上に腰を下ろし動きを止めるドルトに、観客たちは拍手を送った。
「うおー! すげーぞおっさん!」
「陸竜のならし合戦はおっさんの勝ちだァー!」
――――ならし合戦とは、暴れる竜をどちらがより早く、多く、鎮めるかという勝負。
竜師が各々の実力を比べる際にやる事も多い、実践を兼ねた遊びのようなものである。
ドルトは拍手を浴びながら、白兜の男に声をかける。
「もうへばっちまったか? 俺はまだ500頭くらいいけるが」
「ば、バケモンか……」
飄々と言い放つドルトを見て、白兜の男はぐったりと五体を投げ出した。
今まで観客をしていた他の男たちがドルトに声をかけてくる。
「すげーなおっさん、白兜は谷のタンデム大会で優勝したことがあるんだぞ」
「よくそれだけ体力が持つもんだな……なにかコツでもあるのか? 教えてくれ」
「まぁ慣れだな。ひたすら繰り返しだ。そうすりゃ手癖でもイケる。ちなみに俺が若い頃は一日千頭くらい、師匠にやらされてた。一日中」
「……マジか」
しれっと言い放つドルトに、周りを囲む男たちはドン引きしていた。
ドルトはすっかり大人しくなった竜を立ち上がらせると、谷の方を指差した。
「それよりそろそろ、ひとっ飛びしようぜ。負けた奴が酒おごりな」
「おお! 今日こそおっさんに奢らせてやるぜ!」
「ありえねーな。今日もごちになるぜ」
「言ってろボケ!」
悪口を叩き合いながらも、馬鹿笑いしながら連れ立って谷へ向かう男たち。
その頭上を通り過ぎたのは、一頭の飛竜であった。
飛竜は一度大きく旋回すると、ドルトらの前に降り立った。
その背に乗っていた一人の女性ライダーが立ち上がり、両腕を組んでドルトらを見下ろす
「おーっほほほ! 何だか楽しそうな事をやっていますわねっ!」
特徴的な高笑い、真っ赤な飛竜服に騎竜兜、顔は隠れていたがその声にドルト聞き覚えがあった。
シャーレイ=ニル=ローレライ。後日、ミレーナと決闘するはずの相手である。
「シャーレ……」
「竜女王っ!?」
名を呼びかけたドルトに、男が被せて言った。
飛竜の谷は名も顔も隠し立場を忘れて遊ぶ場所である。
それを思い出したドルトは慌てて口を噤んだ。
「とぅっ!」
竜女王、シャーレイは飛竜から跳ぶと、くるりと一回転して着地した。
「……えぇとあなたは『おっさん』という呼び名でしたっけ? あのコにはトレーニングをやらせて自分ばかり飛んでる様子だけれども……まさかあなたがレースに出るつもりではありませんわよねぇ?」
「詳しいね。竜女王さん」
「えぇまぁ、優秀な執事が教えて下さるの」
パチンとシャーレイが指を鳴らすと、どこに隠れていたのか初老の執事が現れて頭を下げた。
「失礼しましたドルト様」
「いいさ、命令なんだろう?」
「恐れ入ります」
ドルトがそう言うと、セバスはまた後ろに引っ込んだ。
両手を腰に当て、勝ち誇った笑みを浮かべるシャーレイに、ドルトは白い目を向けながら尋ねる。
「ていうかえーと、竜女王さん? そんなに人の事が気になるんですか?」
「んなっ!?」
シャーレイはドルトの言葉に慌てた様子で返す。
「だ、だれが! 馬鹿な! 少し様子を見に来ただけです! 勘違いはなさらぬよう気をつけあそばせ!」
「はぁ……ん?」
動揺のあまりしどろもどろになるシャーレイ。
だがドルトの視線はシャーレイではなく、その飛竜に注がれていた。
飛竜に歩み寄ると、その身体にそっと手を当てる。
「ちょっと! 何していますの!?」
「この飛竜、筋を痛めてるな。冷えているところを無理やり飛ばしていたんじゃないですか?」
「クルルルル……」
飛竜がドルトの言葉を肯定するように、ぶるりと身体を震わせる。
シャーレイは図星を突かれ、ギクッとした。
ローレライは高い山の上にあり気温が低い。
最近は特にそうだったにもかかわらず、シャーレイは飛竜のケアを怠っていたのだ。
極寒の中、飛竜の世話をするのは一苦労なのである。
「温かいものを食べさせて、太陽が出てる日はゆっくり日向ぼっこさせながら身体を伸ばす体操をさせるといい。玉ねぎなどの香りが強い野菜は血行が良くなるのでオススメだ」
「フン、そのような戯言を……」
「まぁまぁ待ってくれよ竜女王」
言いかけたシャーレイの間に、黄色兜が割って入る。
「騙されたと思って試してみなよ。このおっさん、竜に関しての知識は半端ないぜ? 俺の飛竜も助言通りにしたら、身体が一回り大きくなって調子悪い所全部治ったからな。まるで魔法だよ」
「そうだよな。俺のも病気が治ったし」
「ウチの飛竜も大怪我で死ぬ寸前だったが、今ではピンピンしてるぜ」
他の男たちもわらわらと、ドルトの事を褒めちぎる。
皆、嬉しそうな顔で自分たちの飛竜が良くなったと語る。
「ま、試すかどうかは嬢ちゃんの勝手だがよ。飛竜を大事にしてやれや。大事な相棒だろ?」
髭もじゃの男が自分の飛竜の首を撫でる。
シャーレイはその飛竜に見覚えがあったが、確かに鱗や爪の状態が以前より良く、調子が良さそうに見えた。
「……フン、一考はしてあげますわ」
そう言って、くるりと背を向け飛竜に乗ると、シャーレイは飛び去っていった。
空を見上げながら、ドルトは呟く。
「……何だったんだ? あの人」
「暇なんだよ。いつも谷を一人で飛んでるからな」
ドルトの呟きに男たちが答える。
「あぁ、ありゃ友だちいねーんだ。はっはっは」
「早くいこーぜおっさん。負けた奴が奢りの約束、忘れてねーだろうな」
「……おう」
ドルトはそう言って、男たちについていく。
シャーレイの飛び去った空の彼方で、飛竜の寂しそうに鳴く声が響いた。