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絶対に魔道具売って生計を立てる  作者: 天川ひつじ
第6章 灼炎龍グランドル
99/100

回収したもの

ぼんやりと、しすぎていた。


人間たち同士で戦争になったのに気が付くのが遅かった。


よりにもよって、トリアナとメリディア。


他国にいたのを、噂を聞いて駆けつける。


何かあれば龍に連絡を入れるはずが、なぜ入れないのか!


駆けつけて知れた。

レンの子孫たちの住まいが、すでに焼け野になっていた。


間に合わなかったのか。

誰か生き残ってはいないのか。


龍への連絡手段を失ったのかもしれない。


どこにいる。


慌てて周辺を空から探し回る。

未だに騒動は続いている。なんという愚かしい事だろうか。

勝手に自滅していく生き物など狂っているとしか思えない。


王宮はすでにメリディアのものに。


トリアナを守る騎士たちだった。

まさか、皆死んだのか。


ポッカリと、胸に大穴があいた気がした。


***


急いで、メリディア、ルイの子孫の安全を確認しに飛んだ。

グラオンの町も戦火に見舞われていた。

兵士が入り乱れている中を、たどり着く。


ガラス窓が破られていて、中に誰もいそうにない。

扉も壊れているのを中に入って確認する。使っていた道具が散乱して砕けている。誰もいない。

上階に向かう。


「お前は」

ルイが育てていた魔物が、床に転がって動いていた。まるで銀色の絨毯のようだ。

「ニーチェたちはどこにいった」

尋ねるも、長い間人に飼われた魔物は変質したのか答えない。


龍は魔物を捨て置いて、他の階を探した。

ルイの時から使っていた置物が、散らばっている。砕けている。

この家の主は? 無事なのか?

血の跡は無い。


どうして、連絡をしてこないのだ!


全身のウロコが波打つように体が震える。そこから動く事が出来ない。


この場所を、アリエルと訪れた。ルイとクラウディーヌがいた。息子たちがいた。

食事を出してくれて、笑って過ごした。

アリエルはこの家族を心から愛していた。自分たちに子ができないから、妹たちを子のように愛でた。


まさか、誰もいなくなったのか。

龍は両手を握りしめ、目に押し付けるようにして泣いた。


まさか、誰も残っていないのか。


〝グランドルへ”


声が聞こえて、龍は顔を上げた。


〝皆で『クラウル』に行く。そこで会おう”


床から、金色の細い魔物がはい出てきた。声はこの魔物が再生したものだ。


龍は金色を拾い上げた。銀色の方は不要だろう。


龍はそれから窓の外を見る。ここは7階。空に近い。

残っていた窓を押し開けて、龍はそこから飛び降りた。降下中に龍の姿になる。向こうの家が崩れることは今更龍にとって何の問題もない。


***


シュディール。ルイたちが死ぬまで暮らした家。


あたりも随分荒れているのに、不思議にもこの家の周辺だけ守られていた。


家に入って驚いた。近隣住民もいたからだ。


「グランドル! 良かった!」

ルイの子孫の一人が現れた。

「結界が張ってあったんだ、この店一帯に!」

「そうか」


きっとルイの遺産だ、と気付きながら、龍はほっと安堵の息を吐いた。

全てが消えておらず、本当に良かった。


「メリーを連れて来てくれたのか!」

他の声が上がった。見れば、グラオンの店に住んでいる方の子孫だった。

再びの安堵に、龍は答える。

「無事でよかった。グラオンは酷い有様で、肝が冷えた」


「本当に急だったんだ。ただ、近所の人たちと警報だしあって、それが間に合った。店は酷かったのか?」

「あぁ。ガラスも割れていた。扉も」

「そうか。・・・助かっただけ良しとするしかない」


***


トリアナの、レンの子孫との連絡はつかない。生きていたとしても、もう龍には誰がそうなのか判別がつかないに違いない。

シュディールにだけ残された子孫たちを、龍は力の限り守り切る。


しかし遺産の結界は、限界を迎えたらしく、ある日消えた。

子孫が確認すると、外部の箱が崩れた事により、内部も崩れたのが原因だった。

しかし子孫たちには手をだせるような技術が無いという。むしろ、ここまで残っていたのが奇跡だった。


ふと龍は、グラオンにいた奇妙な存在について思い出した。ジェシカはどうなったのか。


***


ルイの子孫たちは、ある日決意し、龍に打ち明けた。


ここで暮らしていける目途が無い。他国に移り住むという。


その方が生き永らえる確率が高いというなら、龍は支援するだけだ。

他にも近隣の者たちがこの家には集っていたが、畑の生産も間に合わず、狩ってこれる動物も付近に少なくなってきた時点で、すでに少しずつ外に逃げ始めている。

ルイの子孫たちは、家主である事もあり、ずっと留まっていたのだが、やっと決心したという。


「グランドル。ごめんなさい。私たちは、この土地と家を捨てます」

「・・・分かった。生き残っていてこそだ。必ず生き残れ」

「はい」


目立たない夜に、残っていた者全てを、希望する場所まで運んでやった。

ルイの子孫の代表者は最後に龍に抱き付いた。

「あなたがいてくれたから、生き残って来れました。先祖代々から続く、あなたからの厚い友情に感謝します」


何かあれば必ず連絡するようにと伝えて別れた。


***


龍は、ジェシカを探しに行くことにした。

もう壊れてしまっただろうか。


グラオンはすっかり崩れている。

どこがルイの店かも分からない。

それでも何とか記憶を頼りに見当をつけ、ジェシカの店を探そうと試みる。


歩き回り、比較的損壊の少ない建物の前で足を留めた。

この付近には、高い魔力の籠った『熱』の魔法石が散らばっていると気づいたのだ。

龍は少し首を傾げた。これほど密度の高い魔力を込めたものは、滅多とない。

大昔、ルイが売っていたものぐらいだ。


思い至って、気が逸った。

ひょっとしてこのあたりがあの店だったのでは無いだろうか。


焦りながら、また形を保つ建物に踏み込む。存在する高い魔力を頼りに、瓦礫をかきわける。

「地下か」

導き出た結論に、龍は一瞬思案した。


周辺を見やる。廃墟ばかりで何の存在もない。

ならば構わないと判断し、龍の本来の姿に戻る。

鼻先で、大きなカギ爪で、慎重に地下へと地面を削った。


龍は話しかけて、軽く熱を込めた。

「いるのか。自ら動いて見せろ。助け出してやる」

「ア」

と一声が聞こえた。


いたのか。じっと耳を澄ませる。

「もう一度声を」

「コ、こに」


龍は人の姿に戻った。本来の姿では破壊する恐れを感じたためだ。

場所は分かったので、人の姿で瓦礫を取り除く。

最後の瓦礫を取り除いた時に、龍は気づいた。瓦礫は、浮いていた。


倒れ込んでいたジェシカが動いて、龍を見た。

強力な防御結界が起動していた。


「無事だったか」

「いいえ。今、目が覚めました。記憶がありまセン」


手を差し出してやると、少し躊躇いながらも手を置いてきた。

頭部を軽く握り、魔力を充填してやる。


「よく残っていたな」

「記憶がないのです」

「お前を守る結界がお前を守っていたようだ」

「では・・・きっと、シーラたちが作ってくれていた機能デスね」

目を伏せて、ジェシカは答えた。


「グラオンの町は破壊された。人間同士が戦争を起こしてな」

「噂は、聞いていましタ」

「どうして逃げなかった」

「私は、ここから出ると、魔力の消費が激しくなって保たないのデス」

「それは・・・困ったな。だが、ここにいてもすでに意味はないだろう」


ジェシカはため息をついて、周囲を見回した。

それから座り込んで、周囲の瓦礫から何かを拾い上げようとする。

「何をしている?」

「・・・残っているものを、探していマス」

「何が残っていて欲しい」

「分かりません・・・」


龍には残された気持ちが分かったので、しばらく無言で付き合ってやった。

そのうち、ジェシカはボロボロと泣き出した。

人間ではないのに、人のようにジェシカは泣くのだ。

みるみる魔力が減っていくのが分かったので、龍は慌てた。


頭部を掴み、魔力を込めながら、

「泣くな」

と諭す。

「思い出しか、残っていまセン」

とジェシカは泣いた。

「何も無いデス」


「魔法石なら、周辺に多く散らばっている様子だが」

「どこデスか?」

埋まっていて見えない様子に、龍は掘り出してやった。掘り出そうと思うと案外深く埋もれていたので若干面倒くささを感じてしまった。

けれど、ジェシカは掘り出された赤い魔法石に喜んで、また泣いた。

「宝物にしマス!」

「そうか」


また頭を掴んで魔力を込めてやる。いやに魔力の消費が早い。やはりどこか機能が壊れたのかもしれない、と思うが、建物が壊れた影響の方なのかもしれない。

「ジェシカ。ルイとクラウディーヌと、アリエルの思い出のある家が残っている。私はそこを守るつもりだ。お前も良かったらそこへ運ぼう。ただし、誰もいない。皆戦争を避けて逃げたからだ。だがここにいても変わらない。一緒に来るか?」


ジェシカはじっと龍の手の平の下で無言でいてから、

「はい」

と一言、返事をした。


***


子孫たちが去ってしまった、シュディールのあの家に戻る。

戻った途端、金色の魔物が天井からハラリと落ちてきた。

グラオンで拾い、子孫が『メリー』と呼んでいた魔物だ。こちらに残っていたのか? または残されてしまったのか。


「あ! メンテナンスの子たちデス!」

ジェシカが目を丸くした。


***


家はとても古い。いつか戻ると約束した子孫のために、龍は自分で分かる範囲で修復も加える。

困った時は、ジェシカに魔力を込めて目を覚まさせる。

龍よりも知っている事が多いのでとても助かる。

ただし、メンテナンスを受けてもジェシカの魔力の消費は変わらず、しばらく話すうちにすぐ眠ってしまう。


まぁ、良い。


***


「おはようございます、赤龍サマ」

「おはよう。ジェシカ、私は少し世界を見て回ってくる。ルイの子孫からの連絡もない。気になるのだ」

「ハイ。分かりました」


龍は頷いて、ジェシカに確認した。

「この家を守るものがいなくなる。そこで、お前を宝箱にいれてはと思うが、どうだろう。ルイは、『空』を使っているから、生きているものは決していれるなと言ったのだ。ジェシカ、お前はいれても良いのだろうか」

「うーん・・・私は、多分、大丈夫デス。はい、いれて下サイ。また、起こしてもらえたら嬉しいデス」

「そうか。それは良かった。宝箱の中なら、安心だろう」

「はい、ものすごく頑丈に作ってありマスからね、ルイさんの宝箱」


***


龍は、ルイの子孫を確認するために世界を飛んだ。

子孫たちを送った場所に行ったが、当然そこにいるはずもない。


どうして連絡を寄越さないのか。まだ落ち着いていないのか。

最悪の事態が脳裏をよぎって龍は酷く苛立った。


それから、フッと思い至った。

龍は自分の身体を確認した。

それから、ザアと血の気が引く思いがした。


通信具を、龍はいつからか持っていないと気づいたのだ。

どの時点で、失くしたのか。


そもそもは・・・まず初めは。ルイがくれたものは、地底の洞穴に。けれどアリエルが見つかり、アリエルが荷物に入れてくれていた。何かあってもすぐ対応できるようにと、いつも注意をしてくれていた。

・・・アリエルの死後、自分はあれを使っただろうか。

思い出せない。

ルイの死に際には、頻繁に訪れていたから、危ないと分かってからずっとあの家に滞在した。クラウディーヌの時も。頻繁に様子を見に来ていたのだ。


トリアナの、レンの子孫たちの家長から持たされていたものは?

それは間違いなく身に着けている。偉大なる魔法使いというものの特別製で、龍の首に引っかかっているのだ。人の姿の時も首元にある。

だが、こちらはもう使われる事がない。


龍は、ルイの子孫たちとの道具を、失くしてしまっていたのだ。

目の前が真っ暗になった。


***


随分項垂れてから、龍はやっと顔を上げた。

子孫たちが、この世のどこかで生きている事を、願う他は無かった。

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