石
本日2話目
手の中に残っているものは、全て抜け殻でしかない。
龍は、本来の姿で月に輝く湖面を見つめる。
龍にも魔物の知り合いがいた。大昔に消えたのだが。思い出の場所で、龍は憂う。
どうして龍は今も生き残っているのだろう。
「暗いね。灼炎」
声に、龍は顔を上げた。
「あんまりキミが気落ちしているから、またどうかしてしまわないか心配でね。どちらが良い? キミ自身が探し当てるか、私がそこだと教えてしまうか」
顔色を変えた龍に、相手はおかしそうに笑った。
「本当に困った同族だ。まぁ良い、人間との繋がりを切っただろう? その祝いに教えてあげるよ。ご覧、そこの岩場だ。一層月の光を浴びている、あの中に、きみが何より大切に思うものがある」
龍は息を飲んだ。
「月が照っている方が分かりやすいよ。さぁ、行っておいで」
「礼を言う」
「珍しいね」
からかうような声を背に、龍は教えられた岩場に飛んだ。
***
会えたなら、一目で分かる自信があった。
だけど、今度は、どんな姿をしているのだろう。
人間にはならないと知っている。だけど、人間でないものの範囲は広い。
あなたは、私に気付くのだろうか?
次は、全てを持って生まれたいと言っていた。覚えたまま生まれようとしてくれていた。
人として死んだあなたに、それが可能なのかは、分からないけれど。
龍は笑んだ。
月の光に照らされて、産まれたばかりらしい、石の精霊が空を見上げているのを見つけたからだ。
龍本来の姿で、ゆっくりと空から近づく。
向こうが気づいて、顔をこちらに向ける。不思議そうに、首を傾げる。
人だったあなたは、精霊として、人の姿を取ったのか。
『まぁ』
と小さな可愛らしい声がした。
美しく照れたように、笑顔を浮かべた。
『会えて嬉しいわ。どうしてかしら。私、とてもあなたに、会いたかった気がするの』
私もだと、龍も答えた。
覚えていなかったことが分かったけれど、やはり覚えてもいてくれたのだと、嬉しかった。
柄にもなく、あの者に感謝の念を覚えた。
***
彼女自身の許可を取り、龍は優しく掴んで空に飛んだ。
鍵爪の中で、本体の石に腰かけて、月光に透ける彼女は上機嫌で歌っている。
美しい歌声に心が浮き立つ。
あれほど沈んでいた世界が、再び輝きを放ちだした。我ながら単純だと自覚する。
それでも、なんと世界の素晴らしく美しい事だろう。
シュディールの家に戻る。
中に入るために人の姿になる。石は、人の姿では、両腕で抱えた方がいいような大きさだ。重さは問題ない。抱えて入る。
彼女は、人の姿をまじまじと見て、そっと龍の頬にキスをしたので、危うく龍は彼女の石を取り落としそうになった。
『ごめんなさい。とても、とても、大切だなって思ったの』
と恥ずかしそうに彼女は言った。
「光栄だ」
と赤くなったのを隠しようもなく、龍は答えた。
「・・・私の名はグランドルという。あなたには、名前があるのだろうか」
『セトリア、だと思うわ』
「そう呼んでも?」
『えぇ。ぜひ。そう呼んで欲しい。不思議ね。生まれて初めて目にしたのが、あなただからかしら』
セトリアが恥ずかしそうに笑った。
石を抱えて、3階のアリエルの部屋に至る。
セトリアはキョロキョロと家の中を見回している。
『ここ、とても不思議な気分。とても懐かしい、変な気持ちね』
「そうか」
明確に覚えていないものの、やはり少し嬉しくなる。
「宝箱だ。色々入っている」
『まぁ』
龍は蓋を開けて、中からまずジェシカを取り出した。
『まぁ! その子は誰!?』
「ジェシカだ」
急に無言になった様子に振り返ると、どこか拗ねたように龍を見ていた。
「これは友人だ。思い出を語り合う」
『そう。そうなの。ふぅん』
龍は、ジェシカに魔力を込めて起動した。
「おはようございまス。・・・あっ、初めまして! わぁ、赤龍サマ、ひょっとして!」
「余計な事は言ってくれるな。混乱させてしまう」
「はい、分かりましたタ!」
『・・・』
「初めまして、ジェシカです! あまり長く起きていられないのデスが、たくさんお話をしたいデス! ふふー、嬉しいです。嬉しいです」
ジェシカがニコニコして立ち上がったので龍は慌てた。また頭を掴んで魔力を込めてやる。
そうしながら、セトリアを見る。
「私の魔力で起きる。魔力が尽きると眠ってしまう。ジェシカと話をしたい時は言ってくれれば良い」
「ふふー」
『・・・ジェシカ?』
「ハイ!」
『よろしく、ね?』
セトリアはどこか戸惑ったようにしながら、話しかけた。
ジェシカはニコニコと嬉しそうだ。
「女子会できますネ!」
『女子会?』
「女のコだけでオシャベリします! 赤龍サマは男だから、入っちゃダメなのです。女のコの秘密のオシャベリです」
セトリアは目を丸くしてから、優し気に笑んだ。
『ふふ。楽しそうね』
ふわりとアリエルの面影が思い出されて、龍は目を細めた。
手を伸ばして精霊を撫でようとしたが、手がすり抜けたので驚いた。
『あら、ごめんなさい。私からだと良いのだけれど、相手からだとすり抜けちゃうの』
とセトリアは肩をすくめて見せた。
「そうか。では、あなたからたくさん触れて欲しい」
龍の言葉に、セトリアは絶句したようだった。
ジェシカは、両手で口を押えて「発言しません」ポーズを取っている。
セトリアはチラリとジェシカを確認してから、
『わ、分かったわ・・・』
と小さな声で照れた。
龍はとても嬉しくなった。
やはり、覚えていないけれど覚えていてくれたと、強く実感できたのだから。
***
セトリアは石なので、龍のように長く生きるだろう。
それはとても嬉しい褒美だ。ずっと喪失に耐え続けていた龍に、やっと与えられたもの。
一方、在りし日に失われたものを惜しむ気持ちも残っている。
人間にはもう未練は無い。けれど、大切な思い出がある。
「ルイと、クラウディーヌという人間がいたのだ。その娘が、描いた絵だ」
『ふぅん・・・文字を読んで』
クラウディーヌが書き添えた絵の説明文を読み上げてやると、セトリアは首を傾げた。
『アリエルって、だぁれ? あなたの傍にいた人みたい』
「そうだな」
と龍は答えるが、少し説明に困る。
人間の時の彼女は、生まれ変わりを信じなかったし、前の自分に嫉妬もしたからだ。
だからこう答える。
「あなた以上に大切なものはいない」
『・・・ありがとう』
追及する事なく、セトリアは嬉しそうになる。とても素直に笑ってくれる。
アリエルは、出会った時にはすでに苦労を知っていた。
けれどセトリアは自我ができてすぐ、会う事が出来た。これが彼女の本来の性質なのかもしれない、と龍は思う。
『他のものも、見せて』
乞われて、映像も再現してやる。
龍の隣に常にアリエルの姿があって龍は少し焦ったが、セトリアはただジィッと映像を見つめていた。
『人間って、ジェシカちゃんみたいな生き物なのね』
「そうだな」
あなたも、人の姿を取っているのだが。
***
女子会なるものを、たまにセトリアが希望する。つまりジェシカと話をしたいという事だ。
どうやら、クラウディーヌの話にとても興味を覚えている様子。
ジェシカもクラウディーヌと親しかったので、話が尽きることが無い様だ。
女子会は男には秘密という事で、魔力を十分に込めてやってから龍は少し席を外す。
楽しそうに笑い合っているので構わない。
話足りないうちにジェシカが眠ると、一生懸命セトリアが龍を呼ぶ。
石の精霊として目が覚めたばかりなので、本体から動く事ができないのだろう。
石の精霊と言っても魔物なので、ある程度生態は把握している。そのうち行動範囲は広がるはずだ。
***
『ジェシカちゃんとお話ができて、とても嬉しいの。たくさん教えてくれるのよ。宝箱の中身も、取り出して教えてくれる。ジェシカちゃんを保護してくれて、本当に有難う、グランドル』
「あなたが喜んでくれて何よりだ。それに私も、あなたに会うまで、ジェシカには話し相手になってもらっていた」
ジェシカに感謝を伝えなければ。
ただ心配なのは、ジェシカは強力に守られているが、永遠に生きられるものではない。宝箱に入れているから、まだきちんと残っていられるのかもしれないだけだ。
そう話すと、セトリアは不安そうにした。
『ジェシカちゃんのお願いがあれば、叶えられたらいいのにって、思うのよ』
「聞いてみた事は?」
『無いかもしれない』
***
ジェシカを宝箱から取り出して起こす。
尋ねてみると、
「うーん。そうデスね。でも、もう無理デス」
とジェシカは言った。
店を一人でするのが夢だった。それはもう叶った事になるから、もう良いと。
「ただ・・・。赤龍サマ。ルイ様が、取り出したという魔法石が気になりマス。あれを、セトリアちゃんに、見せた事はありマスか?」
「・・・いや」
アリエルを強く意識させるもの。
龍には秘密だった。あれが何か気になるが、恐ろしさも感じる。
家族思いのルイに、娘さえ巻き込ませて、己の肉体を切り裂かせて、取り出させたもの。
「・・・あ、眠いから魔力を込めてくだサイ!」
『グランドル早く!』
しみじみとしていたところに呼ばれて慌てて魔力を足してやる。
「すみません、記憶を掘り起こしていたら急に眠気が」
『何か、思い出した?』
セトリアが、じっと透かすようにジェシカを見つめる。
「実は、少し、アリエルさんに聞きました。約束したのデス。もし、私が残っていて、覚えていなかったら、お願いするって、頼まれまシタ」
内容が掴めない。
なのに、セトリアは一生懸命ジェシカを見ている。
ジェシカは真剣な目で龍を見た。
「約束を果たさせてほしいデス。それが願いデス」
龍は動揺した。
ジェシカも、いつか壊れることを自覚していると気づいたのだ。
宝箱に入れることができない、金色の魔物の老化も進んでいる。
***
「私は、生きているうちに魔法石を身体に入れました。そうしないと動けなかったからデス。シーラたちは、私の動きや経験を魔法石に記録しました。・・・それを知って、アリエルさんは、私にこう頼みまシタ。『もし私が、私の事を覚えていなかったら、思い出させてほしい。グランドルのために、一緒に思い出を持っていたい』。セトリアさん、今の言葉を聞いてどう思いマスか?」
ジェシカの問いに、セトリアはコクリと頷いた。
「セトリア、あなたは石だ。人の記憶など持たない方が良いのではないか」
龍は酷く心配になる。
セトリアはじっと龍を見つめて、柔らかく笑んだ。
『足りないと感じていたの。だから、足すのが正解なのよ』
***
「ルイさんも、金属線を使いまシた」
龍が家の中から探してきた金属線を受け取り、ジェシカは眺める。
美しい状態で保存されていた、ジェシカのお気に召したものだ。
「私の専門ではありまセン。でも、方法は分かりマス」
龍に絶えず魔力を受けながら、ジェシカはセトリアの石に線を巻く。
それから、大きな5つの石を見つめ、1本ずつ線を巻き付けた。
「どうぞ、セトリアさん。魔力を流して、代わりに流れてくるものを貰ってくだサイ」
瞬間、セトリアが震えた。龍の心臓が止まるかと思った。
セトリアの精霊の姿が消える。石自体が小刻みに震えだした。
『たいへん!』
石から声がした。
『グランドル! たいへん!』
緊張する龍に、石が止まって、ふわりと恥ずかしそうに、セトリアが現れた。
『ごめんなさい! でも思い出した!』
セトリアが少し大人びて笑む。
動けないでいる龍とは対照的に、ジェシカが喜んで手を叩いた。
「成功デスか!?」
『ありがとう! また会えて嬉しい!』
「わーい!」
龍の手の平の下から抜け出して、ジェシカとセトリアが抱き合った。
セトリアが龍の名を呼び、手を伸ばす。
『グランドル』
手を掴む。
彼女の笑顔に、懐かしさと新しい幸せが広がってくる。
今、至る全てに、龍は心から深く感謝した。
END




