隠したやり取り
危うさを感じて、ルイはクラウを見つめた。
気づいて、クラウもルイを見つめる。訴えて来る瞳だ。ジェシカについて心配しているクラウは、きっとシーラと接触を図りたがっている。
だが危険すぎる。
少しだけ、軽く首を横に振ってルイの判断を伝える。
ここはメリディアの貴族が集まっている。王家さえ招いていたとなると、厳選された上位者たちの可能性が高い。
そこにルイたちが招かれているのは、話題性のためかもしれない。
その中で、一般人のクラウの振る舞いは、ほんの少しの事でも目立ちすぎる。
ルイとカルカでさえ、メリディアの貴族の振る舞いとは少し外れているはず。ただしそれらは、他国の貴族と許される。だがクラウの振る舞いは、それらを超えて粗野だ。
だから最も軽率な動きを避けなければならない。クラウには軽く注意をしてからここに来ている。
クラウも理解しているし、変な行動をしそうだったら注意してとルイに頼んでいるほどだ。
だから、ルイが止めるのも理解できるはず。
だがクラウの目が迷うように揺れる。カトラリーを持つ手に力がこもったのが見て取れた。
ルイとこの件について会話したいのを我慢している。
「メッセージカードを贈っても良いのでしょうか。ご結婚されたのですね」
傍から少し通るよう、無邪気そうな明るい声がした。カルカだ。
笑んでルイを見ている。
ルイも目を細めた。
「そうだな。やはり短く洗練された言葉が良いだろうか」
「そうですね。気の利いたメッセージ。何が良いでしょうか。〝共にお酒をいただきたい”では?」
「結婚を祝う気持ちが少し、感じ取れない気がする」
クスクス、と好意的な笑い声が周囲から起こる。
やり取りを聞いて、子どもらしいと笑っているのだ。
カルカは不満そうにルイを見てからクラウに目を遣り、思いついたように声を弾ませた。
「お酒を止めておられるかも! クラウディーヌ様のように! 〝共にお茶を楽しみたい”では?」
つまり、妊娠して酒を飲めない事を暗示してみた、とカルカは言いたいのだ。
ルイは苦笑して見せた。
「それは・・・普通にお茶への誘いになりそうだ。もう少し長い文章でも良いかもしれないな」
「どれぐらいでしょう」
「そうだな。〝懇意の皆さまと集い、祝福の席を設けさせていただきたいのですがいかがでしょうか。懐かしいー・・”」
「長すぎます。それでは普通のお誘いではありませんか。短いものを希望します」
「なるほど、カルカは理想に厳しそうだ。きみはどう書きたい?」
真剣にルイとカルカを見ていたクラウは、ニヤ、と笑んだ。
止めてその笑み方。
「私はストレートに。〝ジェシカ、クラウとパーティをしましょう”。寂しがっているから」
このやりとりが全てシーラへのメッセージだと、クラウも気が付いている。
ルイが声のトーンを落とした。
「・・・確かに。具合は大丈夫だろうか」
クラウは分かりやすく首を横に振った。
「決めました。これではいかがでしょう」
カルカが決意を表したようにルイ、クラウを見た。
これとは何だ。
即興劇なので何が出て来るか分からない。
「カードを貰いたい」
カルカが店側に頼んでいる。やる気だが、カルカが書くつもりなのか?
「・・・書き損じ用に、カードを少し多めにもらえませんか」
こそりと店側に打ち明けたので、スタッフが思わず顔を綻ばせた。
ニコリと笑ってきたカルカにルイも笑顔を見せつつ、実は腹黒なのだな、とむしろ頼もしく頷いた。
9歳頃の自分と重なる。
カルカも、自分が万人受けする事をよくよく理解していた。
***
〝変わらぬ親交から、心からの健康と幸福を願って”
メッセージはルイが書いた。
カルカは半分本気で拗ねている。メッセージが全て酒や食べ物がらみだったので却下した。
クラウにも見せる。
クラウはじっとルイを伺うように見つめてきたが、信じたように頷いた。
本当はもっとダイレクトに伝えたいのだろう。ジェシカの事を。
だが、シーラがジェシカの状態を把握しながらも戻れないなら、他の者が止めているという事だ。
環境やスケジュールかもしれないし、第三王子なのかも知れない。
第三王子がシーラの動きを止めているのなら、ここでジェシカについて直接伝えるのは危険だろう。
恐らく第三王子もメッセージに目を通す。
「あ」
とルイは気づいたように小さな声を上げた。
「私たちにできることがあれば喜んで、と添えた方が良いかな」
本気で少し思案する。
どちらが書いた方が、分かるだろうか、と。
「私はもう署名までしてしまった。クラウディーヌ。端で申し訳ないけれど、妻のサポートという事で、きみが付け加えてくれないか。〝私たちにできることがあれば喜んで”、と」
クラウが動揺した。
うん。きみの字、美しくないからね。
「私が代筆しましょうか」
クラウの動揺を正しく受け取ったカルカが親切から申し出てくれたが、書いている現場まで注目されているこの場でそれはどうかなぁ。
「心を込めて書けば、多少緊張に乱れても、心暖かく許してくださるよ」
「う、ぅん・・・」
緊張と焦りに赤面して、クラウが頷いた。
余計に字が乱れそうだが、緊張ゆえにそうなったと受け取ってもらえるからまぁ良いだろう。
***
クラウが一生懸命書き添えて、メッセージカードは最上位席の王子とシーラに運ばれていった。
なお、この行動はレストラン内で注目されていたが、クラウが本気で真っ赤になって文字を書くさまを皆が好意的に見ていたのは助かった。
受け取った王子も興味深そうに眺めて、口の端を上げたところを見ると気に入ったようだ。たぶん、内容よりもクラウの文字の様相が。
貴族の整った文字ばかりみているから、きっと新鮮なのだろう。
クラウは王子の様子に恥ずかしさに泣きそうになっているが、それもまた良しというところ。
シーラは微笑みながらカードを受け取り、すぐにこちらの席に向けて会釈をした。
きっと、今何かを色々考えているはずだ。動きを待つしかない。
***
レストランのスタッフが近づいて来て、動きが出たのかと思えば、帰宅時間の確認と料理内容についてだった。
「乳児の息子様がおられるので早めにお帰りだと聞いております。皆様にはこの後肉料理をお出しいたしますが、もうデザートに移らせていただいた方が宜しいでしょうか?」
「・・・はい。お気遣いを有難うございます」
一瞬迷ったのは、シーラからの動きを待っている状態だからだ。
シーラは、ルイたちが早く帰ると知らないのでは。間に合うだろうか。
だが、レンドルフを預けているのは本当だし、すでにギャン泣きしていたら子守のティーテに成す術はない。
だからといってクラウだけ帰すわけにもいかない。今は予定通りに帰るべきか。
ルイたちの席だけ、他の席とは違うメニューが運ばれてくる。
説明によると、数品を省略するので代わりにデザートを豪華にしてあるそうだ。
素晴らしい心遣い。また来たいと思わせる。
・・・恐らく、シーラもこちらの席がすでにデザートに入ったのに気付くはず。あの人が気づかないはずはない。
***
参ったな。何事も無かった。
帰りの馬車で、ルイたちはまだ無言でいた。
シーラから何かあるのでは、密やかに渡されるのでは、と考えていた。
だが実際、あの場では他の貴族が全て注目する。座席が少ないから余計な行動はとれない。カルカのような子どもらしさが許される以外は。
クラウはじっと俯いて無言だ。ルイが無言のままだから、緊張を保ったままでいる。
ルイとカルカも、通常を装いながら、馬車内や馬車の外に異変が無いか、意識と視線を走らせる。
「・・・ルイ叔父様」
ふとカルカが呟き、ルイに手を伸ばした。
上着の襟にそっと触れられる。
裏に引っかかっていた様子。カルカが金の紙片を取り出した。
「出る時に、糸くずを取ってもらったでしょう」
注意深く、カルカが言った。
確かに。あまりにも自然なサービスだった。言葉通りに受け取っていた。
まさか裏側に引っ掛けるとは。
この馬車は自分たちの持ち物ではない。
言葉と動きに気を付けながら、
「ありがとう」
と手の平に受け取ったそれは、細い金糸を加工したものに見えた。
***
ところで、1階、店側でティーテが泣きそうな顔をしてオロオロしていた。
そんなところにいたという事は、今か今かと帰りを待っていたからに他ならない。
「出かけられてから、察知したようにすぐ目を覚まされまして。クラウディーヌ様のスープを少し飲まれましたが、またすぐに泣きだされまして」
ちなみに排泄の世話もしてくれている。
多分、ティーテを『母親ではない』と拒否しているのだ。
「ごめんねティーテ。ありがとう」
「いいえ。戻って来られてよかった。母親の偉大さを実感致しました」
「私もいつも実感するよ。父親なんて子どもの中での地位は低いんだ」
「そんな事はありません。しかしレンドルフ様の体力は素晴らしい」
「延々と泣き続けていたんだね。本当にごめん、ありがとう」
ルイとティーテがしみじみと話す傍で、抱き取った途端ピタリと泣き止んだレンドルフに、クラウは少し呆れている。
「ティーテおじさん、怖い人じゃないんだよ。良い人だよ」
クラウ。
『おじさん』は止めてあげて。
一方で、カルカはルイを急かしてきた。
「ルイ叔父さん! 先ほどのを早く!」
「うん」
「『先ほどの』とは?」
「意味深なものを受け取ったんだけどね。何かがハッキリしない」
ルイが手の平にある小さな金色を見せる。ティーテも目を細めた。知らない様子だ。
「ジェシカ店長なら分かるのかな」
とクラウも横から心配そうだ。
カルカは部屋の中を見回し、気付いたように言った。
「それ、少し貸していただけませんか」
「うん」
カルカが手の平に金色を載せて、なぜか奥への扉を開けた。
ルイにも聞こえた。
音の出所と、カルカの向かう方向からして、『銀』たちだ。初めて聞く。こんな声で鳴くのか!
カルカが近づくほどに、声が大きくなる。
「カルカ、ストップ。それ、怯えているんじゃないか」
ガラス箱の、向こう側に行こうと『銀』たちがいつもになくワサワサと動いている。
「・・・魔物です」
カルカが確信を持ったように言った。
「これ、メルディギアではないでしょうか。メリディアで生み出されたという人工の魔物。野生にはおらず、人が飼育します」
「え? 知らない」
「はい。しかし本屋で『魔物の飼い方』というのを見つけました。購入しました。持ってきます」
カルカが、ルイに一旦、金色を渡してから飛ぶように奥から上階へ駆けていく。
「・・・カルカは魔物の飼育に興味があるのか」
「えぇ。洞窟も採集に行きたいと」
「止めて。野生を持って帰ってこないでくれ」
「ルイ様が『銀』を飼っておられるので、カルカ様も自分の魔物が欲しいそうですよ」
ティーテからもたらされた情報にルイは呻いた。
カルカが何を捕まえるか想像つかないけど危険しか感じないから絶対止めて。
***
「これです! メルディギア! 金色で皆が憧れる希少な魔物だとあります!」
カルカが興奮して話してくれる。
子ども向けを意識したようで、モノクロだが挿絵の多い本だ。
5種類しか載っていないが、その厳選された中に載っているなら余程人気があるのだろう。
カルカの本を、ルイとティーテでじっと見つめる。
飼育を目的に生み出されたという事で、たしかに便利機能満載である。
『簡単なメッセージを記憶し、白い紙の上に再現します』
『金色で美しく、自在に変形可能! ファッションアイテムに早変わり』
『ペンとインクが無い時でも、ツメからインクに似た成分を出すのでペン代わり』
『この爪はナイフ代わりに。危険時の護身用に役立ちます』
『微弱警報で、周辺の魔物を追い払います』
「護身は無理でしょう」
ティーテが不思議そうにする傍で、カルカが白い紙を用意した。
金色がパサリと動いた。




