図面
本日2話目
まるで命を持った筆記用具だ。誰がこんな魔物を生み出したのだろう。
金色の紙のようなものが、動いてほどける。4つの爪を持つ細い生き物。昆虫に似ている、と思ったら、さらにほどけて、小さな8つになった。
それらは連携して円陣を組みぐるぐる回ってから、1匹を中心にして真横に広がる。
カルカが広げた紙よりも長くなり、静止した。
「紙が足りないのかも」
レンドルフを抱きながらクラウが意見し、ルイとカルカが白い紙を、生き物の並んだ幅に合わせて並べる。
すると今度は縦に動き、また静止。
紙の縦幅と横幅を指定しているのかもしれない。
紙がばらけてしまないように、ルイとカルカとティーテで急いで糊付けして、大きな1枚の白い紙を用意した。
テーブルの上に乗りきらない。店側に出て床に広げる。奥は広げる場所が無かったのだ。
「ティーテ。カーテンを閉めて」
ルイは指示をした。恐らく秘密情報だ。
細い生き物は、再び横一列に並び、カシッという紙のような音を出して、一斉に白い紙に黒い模様を描き出した。
***
細かい針で、細かい線が書き込まれていく。恐ろしいスピードなのに、仕上がるまでには時間がかかる。
一方でルイの表情は曇っていった。
これは図面だ。ジェシカの内部構造。
次々と情報が書き込まれていく。
「骨? 人骨を使っているのですか」
ティーテが訝し気に声を上げる。確かに、素材に人骨が入っている。
シーラたちは、ジェシカが生きているうちから、補助として魔法石を体内に組み込んだ。
けれど結局亡くなった。
シーラたちは、そのままジェシカを機械人形として蘇らせた。
生きていた時から埋め込んでいた魔法石には、補助にと、ジェシカの動きが蓄積された。その動きを、魔力で再現した。
人が行ってはいけない範疇だったと、思う。
細い金色の生き物が、書き上げた図面の上を動き回る。
担当があるらしく、それぞれの範囲で何かしらの動きを見せる。
頭部に1体。
胸部と腹部に2体。
両脚に2体。両腕に2体。
残りの1体は、紙の外をグルグルと回る。
ピピ、と、どこかが音を発した。
静かに見守っていると金色の輝きが増した。図面の上に映像が出た。合計6つ。
1つずつ大きくなり、音声も流れた。
クラウが声を殺して泣き出した。
ジェシカとシーラのとても小さい頃の思い出の映像が流れていた。
成長するにつれて身体が不自由になって行くジェシカは、それでも今と変わらない笑顔で楽しそうに笑っていた。
〝シーラ”
とこちらに向けて呼びかけた。
***
外周部を周っていた1体が床を動き回っていた。
ルイは余っている白い紙を床に置いてみた。
文字が書き込まれ始めた。
〝どうか託したい。今でも捨てきれない”
シーラだろうか。サリエだろうか。両方からだろうか。
きっと実行したのは少女の頃。育つにつれて、自分たちが作り上げてしまった存在の重さに気付いたはずだ。
第三王子が知らないはずはない。きっと黙認してきた。
死んだはずの存在。人ではなく、魔物でなく、人形でもない。
壊すのは忍びない。
妻となったシーラに放置させたのかもしれない。だからシーラは直接動けない。
これらは、ルイの勝手な推測になるが。
〝極秘に”
〝メンテナンスは8つで可能”
〝魔力補給を”
もし、クラウが、レンドルフが、目の前で死んでいってしまったら。ルイも試みるのだと思う。
けれどルイは成功しない。技術が無い。
泣き暮れて土に還して思い出だけを抱くのだろう。
それが正しい在り方だろう。
だけど、シーラには成功するほどの技術があった。
それは幸運な事だろうと、ルイは思う。
けれど一方で、世に認められる行いではない。
ジェシカはきっと皆に愛されていた。機械人形と知っている客も多そうだ。
だからあの店が保たれている。
ごめんなさい、シーラさん。サリエさん。
ルイは歯を食いしばる。
私にはあなたたちほどの技術が無い。
託してくれたのに、図面の理解さえ叶わない。
***
「どうしたら良いの」
「・・・今日の夜は、レストランに作業の続きに行く」
クラウの質問にルイは答えた。クラウは涙のついたままの顔でルイを見ている。レンドルフを抱いているから拭く事もできない。
指の腹で拭ってあげてから、目を伏せてルイは言った。
「私の技術は足りない。だけど、ジェシカさんのところには、明日・・・私たちが魔道具作成から戻った後に行こう」
「ルイ様。それでは睡眠時間が」
「いや、どうせ初日は慣れないリズムで崩れるはずだ。それに早い方が良い」
「私も、行って宜しいですか? 魔力を込めるならお手伝いできるかもしれません」
カルカの申し出を静かに受けて、頷いた。
「明日、午前中、こちらの店を閉めて、皆で『アンティークショップ・リーリア』ヘ行こう。カルカは『熱』に魔力を溜めておいて欲しい」
「はい!」
「ティーテ、深夜まで少し仮眠しよう。3階に仮眠用にベッドがあるからそれを使って」
「はい」
***
本来の睡眠時間には足りないが、それなりに眠る事が出来た。
深夜過ぎに起床だが、心配したクラウが起きていてくれて、ルイを起こしてくれた。
1階に行くと、ティーテの準備も整っていた。さすがだ。
「いってらっしゃい。気をつけてね。ルイ、ティーテさん」
「うん。行ってくる。クラウも気を付けて」
「いってきます」
道すがらティーテが結婚を羨む発言をしたので、クラウのお友達を紹介できると思うと伝えておいた。
***
さて。ウィザティムのレストランだ。
深夜過ぎなのに、レストランの人が1人待っていてくれた。
触ってはならない場所を伝え、それから夜食の用意があるとも教えてくれた。非常に嬉しい。
早朝までがルイたちの作業時間だ。
***
あっと言う間に朝は来た。
レストランの人が来たので、作業を中止して道具を回収してレストランを退出する。
「今のところ眠たくないな」
「そうですか。仮眠が良かったのかもしれませんね」
こんな会話をしていたのに、店に戻って、クラウとカルカの顔を見たら、気が緩んだのかドッと眠気に襲われた。
「ルイ、駄目だよ、ジェシカ店長のところに行くんでしょう!?」
クラウが容赦なく肩を揺すってくるので、長く長く息を吐く。
うん。そういう約束をしたのはルイだ。
「ほら、目が覚めるジュース作ってあげるから!」
***
ルイとっては久しぶりの『アンティークショップ・リーリア』だ。
「おはようございますー」
とレンドルフを抱きながら、先頭を歩くクラウが扉を開けた。カルカ、ルイ、ティーテの順で続く。
「あれ。ジェシカ店長ー?」
「ジェシカ店長さーん」
カルカも奥に呼びかけている。
「・・・いないのか?」
カウンターに、ジェシカの姿が無かった。嫌な予感がする。
「ジェシカ店長ー!」
クラウも不安そうにカウンターの奥に呼びかけている。
「クラウ、向こうにいける?」
「飛び越えたら」
「レンドルフを預かる」
「うん」
レンドルフを一旦受け取って、クラウがカウンターを飛び越えた。
カルカもよじ登る。足跡がついたので、後で拭くように注意を入れる。
レンドルフをクラウに返して、ルイもカウンターを乗り越えた。
ティーテは少し考えたようだが、皆が先に行くので続いてきた。
「警備はいないのでしょうか?」
「何らかの対策はしてあるはずだけど」
「それにしては不用心です」
クラウの悲鳴のような声が奥から聞こえた。
「ジェシカ店長! ルイ! ルイ早く!!」
周りに当たらないよう注意しながら走り寄る。
ジェシカは、扉にもたれかかるように倒れていた。
***
ティーテがジェシカを抱き上げる。
図面とジェシカとを横たえることができる場所を探す。
試す扉は全て鍵がかかっていたが、奥の扉だけが開き、向こうは通路だった。
何も置いていない通路なので、ジェシカをここで降ろし、持ってきた図面と金の魔物を取り出す。
「先に言っとくけど、私の理解が及ばないレベルなんだ。分かるのは魔法石の場所。それから、どうやって胸部を開けるか。・・・とりあえず魔力切れかを確認しよう」
ジェシカの顔は血の気が引いていて生気がない。
魔力が切れたか、内部に不調があるか。どちらかしかない。
ティーテとカルカの2人が、図面でルイの見たい場所を広げて見せてくれる。
それを確認しながら、ルイはジェシカに詫びながら触れた。喉下、中央に起点があると書かれている。中心線をさぐる。
「私の方が良い?」
クラウが尋ねてきた。
「どっちが良いと思う?」
「ルイで行くしかないよね」
「そうだね」
淡々と話すうち、仕掛け部分を見つけた。
「図面、右の文字を見せて」
動かされる図面を確認して、ルイはグィと力を込めた。
「クラウ、ごめん思ったより開く。服が邪魔になる」
「カルカくんとティーテさん、後ろ向きで図面持って!」
クラウが指示をした。指示を受けて一瞬迷った2人がくるんと後ろを向く。図面はこちらのまま。
「上を外して」
「分かった」
「ごめん、急いで。抑えるの結構大変だ」
「うん」
クラウが服を外した。すぐにルイは手を放した。相当な力が必要だったので限界だった。
胸部が3枚に分かれて上部に大きく動き、内部構造を見せる。
歯車、金属線。それから魔法石。
胸部内部は、人とは違う。大きく入れ替えてある。だが、目を凝らせば、奥に骨が見えそう。
「どう」
クラウが尋ねる。
「魔力切れ。間違いない。他の不具合は分からない」
図面と付き合わせようとするが把握しきれない。
細かな線1本欠く事のできない重要なパーツとは分かる。だがどこがどんな役割を持つのか。
「〝メンテナンスは8つで可能”です!」
後ろ向きでカルカが言った。
「うん。ありがとう。あの魔物を放つか」
「それしかないと思う。違ったらそれだけだし」
クラウが即答する。
カルカが足元に置くガラス箱を拾い上げ、ルイは8つの金色をジェシカの内部に向かって振り落した。
「ルイ、乱暴!」
「そうかな」
8つの金色が、内部で移動を始める。
上に1匹。胸部に、2匹。他の4匹は散った。残り1匹は外に出てきて、周回している。
図面の動きの通りだ。
ならばきっとこれで良い。
いや、待て。
荷物から白紙を取り出し、外で周回している金色の前に置いた。
案の定、文字が書かれる。
〝メンテナンスを開始”
「早くしてくれ」
〝します”
ルイは頷き、難しい顔で内部を見つめているクラウを見る。
「あの2人、前を向かせては駄目かな。少なくともカルカ」
「必要?」
「うん。それにそんな場合じゃないだろう」
「起きたらジェシカ店長がショックを受けるから。女の子なんだよ」
「私もメンテナンス中の姿を見たけど、ジェシカさんは平然としていた。首と胴まで外れていたのに」
「・・・仕方ない、分かった」
「ティーテ、カルカ、図面は良い。前を見て、一緒に確認して」
ルイの声に、2人がこちらを振り返る。
カルカは分かりやすくギョッとした。胸部が開いて内部に歯車がある人が横たわっているのだから。
「魔力切れだ。カルカ、直接魔力を込めることに成功した事はある?」
「まだありません。少しだけは溜まるけど、フル充填に至りません」
そうか、変わりは無かったか。
「ティーテ。何か特殊なものが入っているとか、何か分かる?」
ティーテは騎士にまでなった人だ。人より気づく事が多いはず。
「・・・魔法石に、強い防御魔法がかかっているように思います。触れない方が良いと思います」
ルイは黙り込んだ。触る事もできない?
どうしろっていうんだ。
〝完了しました”
内部から、金色が7体出てきた。外の1匹のところに集まって、組み合わさって丸まってしまった。
ジェシカは動かない。
「・・・グランドルを呼んだら、怒られるだろうか」
「お姉ちゃんに? 一緒に謝ろう」
「そうだね。そうしよう」
「私が通信具使いに戻る。それからレンドルフ寝かしつける」




