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緊急

ルイが叫び声を上げた事にクラウが身を引いた。顔を上げてみれば、クラウはたじろいでいる。


無言でお互い探り合っている。

クラウはどこか怯えたように、力を込めて掴んでいた手をゆるめ、そろりと離した。


ルイも口を閉じたままだった。

すでに、外に出た事、謝罪の言葉を口にした。クラウが心配で、という事も単語程度になったが口にした。だけど全て火に油を注ぐだけだった。

だったら、もう口に出すことがない。


クラウが怯えたように震えた。

「ルイ、ちょっと」

「何」

「だって」

まだルイを責めようとするので、ルイは口を結んで床を見つめた。

理不尽な怒りを感じる。

理性では素直に話すべきだと分かっている。だけど口を開けば先に尖った感情が出てくるとも判断している。抑えられないから、ルイには会話が出来ない。


チラリとクラウを見上げると、クラウはまた動揺した。


互いの状況は、この時点ですでに話されている。

クラウは外を出回った。戻ってきたらルイがいなかったので、驚いた。怒りを感じた。

ルイも外に出た。謝った。外に出たのはクラウが心配で、とも口にした。

それでこの状態なのだから、同じことを言う必要はない。


冷えた怒りをクラウに感じるのは、勝手に自分が期待していたからだろう、とルイは思った。

この人は、私の話を聞いてくれる人だと思っていた。でも実際は、聞かずただ怒って発言を封じる人だった。失望した。


「ルイ。だって、戻ったら、ルイがいなかった」

クラウの声が震えているので、ルイは妙に冷静な気分でクラウを見た。


「いないと分かって、どれだけ、こっちが、真っ暗になったか、だって」

なおも訴えてくるので、ルイは湧き上がってきた苛立ちを抑えるために目を閉じた。

ならば、こちらだって、勝手に出て行かれて、どれだけ心配したか。だから動いたのに、どうしてこれほど。


感情を抑えるためにルイは深くため息をつく。

つとめて静かにクラウを見つめた。

「ご飯、作って無かった。作ってくる」


クラウが悔しそうに俯いた。


***


料理のために、2階に行った。

少し遅れてからクラウも2階に現れた。無言でルイを確認して、しばらくしたらどこかに行った。


とはいえ、建物の中なら結界作成具が効いているから、無事。大丈夫だ。


何をやっているんだ私は。

と、ルイは炒め物を作る中で思い至った。

叫んでしまったことが今更ながら恥ずかしい。

顔を合わせるのが気まずい。


・・・確かに、今の状態で、いると思っていたところに姿が見えなければ取り乱すに違いない。

置手紙でも残しておけばよかった。

動転していた。


作り上げた料理をテーブルに並べて、ルイはクラウを呼びに建物中を移動した。

2階の扉を途中で開け放したので、足音で居場所をなんとなく把握している。1階と上階を行き来している様子。

とはいえ、今、上にいるのか下にいるのか分からない。


とりあえず1階に降りてみれば姿が無かった。ちなみに旅の荷物も無くなっていた。整理したのか。

3階にも姿はなく、4階はすでに施錠されていた。何も置いていないから基本施錠している階なのだ。・・・ではどうしてクラウは4階にいたのだろう。わざわざ開錠して・・・。


あ、とルイは思い至った。

他の階を全て探して、居なかったから、最後に4階を開けた。

なのにいなかったから、そのまま・・・。


そうか。

ルイは唇をかみしめた。それほど心配させたのだと知る。


5階、6階もいない。ただし、6階のルイの部屋では、棚が光って返事の手紙が来たことを知らせていた。魔方陣を開き手紙を受け取ってから、開封せずに7階のクラウの部屋にいく。

鍵がかかっていた。

という事は、やはりここだろうか。


呼び鈴で、クラウにルイの訪問を知らせる。

動きが無いので違ったのかと迷い始めた頃に、クラウが通信具を手に持った状態で現れた。


ルイは詫びた。

「・・・心配かけた事は、謝らなくちゃいけないと、料理していて冷静になりました。ごめんなさい。手紙を置いてから行くべきだった」


クラウは慌てたように目をこすってから、無言でうなずいた。

「あの、ルイ」

喉が少し腫れたような声だった。また泣いていたらしい。


「・・・はい」

「あの、裏口、お姉ちゃんも入れるようにしてもらえる?」

この言葉にルイは眉を潜めた。

「どうして?」

アリエルさんが、この店の裏口を使う事があるのか?


「・・・相談してた。お姉ちゃんとグランドルが飛んできてくれる。・・・怒らないでよ」

クラウの言葉に、ルイはまた無言になった。

冷静を取り戻せていないのだろう。自分が頼りないと知らされている気分しかしない。


『ルイ。頼む』

と聞こえた声はグランドルだった。

『すぐに行こう。だが表は塞がれているのだろう?』


知らないところで結託が進んでいる。拗ねる気分を察したらしいクラウが近づいて来て、片手でルイの腕をつかんだ。

「ルイ。助けてもらおうよ」


『ルイくん。承知しないわよ。クラウを取り上げるわよ』

アリエルの声がした。

この会話を聞かれていると思うと、ルイは酷く惨めになった。


『家族でしょ。助け合いましょう。ルイくん、家の交渉を助けてくれたわ。だからお返しするわ。それにクラウをここまで泣かせるなんて、会ったら絶対殴ってやる』

恨むように低い声で、ルイは逆に救われたような気分になった。顔が上がる。


「・・・分かりました。すぐに」

『今すぐに。ルイ。それからトリアナの国に行くよう準備をしろと、ヒルクから伝言だ』

グランドルから父の名前を出されて、ルイは驚いた。

慌てて、先ほど回収した封書を見つめる。


クラウが説明した。

「どうしていいか、ルイが連れていかれちゃったって、早合点したから、私がお姉ちゃんたちに連絡したんだ。ルイが帰ってきて、あの、つけっぱなしで、通信具。それで、向こうでルイの家とも連絡とってくれて、お姉ちゃんたちはすぐこっちに来てくれるって、いう、話」


クラウのたどたどしい説明に、ルイは逆に冷静になった。慌てているのは事実だが、急に頭が冷えたのだ。

感情的になっている場合ではない。対応を急がなければ。

「本当にごめんなさい。あの、」

詫びながら、ルイは乱暴に手で封を切った。父の文字だ。急いで書いたらしく普段より圧が強い。


要約するとこうだ。

『国王陛下に至急お目通りを願う。「グランドル」と「勇者」という地位を使う。緊急と言えば通る可能性が高い』

父もクラウがジョアナの手を掴んだことを問題視したはず。対応として王へ訴える手段を選んだのだろう。


準備しなければ。家族が、皆が動いてくれている。こちらも動きに乗らなくては。


『ルイくん。お父さんへの連絡、こっちで橋渡しできるから、こっちに伝えて。いちいち手紙書くより早いでしょう? グランドルがお父さんへの通信具持ってるから、すぐに伝えられるわ』

「はい」

『クラウディーヌ。頑張って。ルイくんを勝ち取りなさい』

アリエルの言葉にクラウが思いつめたように口を引き結んだので、ルイは慌てた。

「アリエルさん、私はクラウしか選ばない」

『あんた本当に殴るからね!』

苛立ったアリエルの声は本気だ。

「はい」

心しておこう。


「殴らなくて良いよ、もぅ」

クラウが情けない声を上げた。

ルイはクラウをじっと見た。

クラウに殴られると結構なダメージだな、と内心怯えたので、殴って良いとは口が裂けても言えそうにない。

それでも、本当にごめん。


そんなところに、クラウが意気消沈したように詫びてきた。

「怒りすぎてた。ごめんなさい。ルイ」

小声なのは通信具に届かないようにしたのだろう。


「・・・私こそ、心配をかけた。知らせず外出して、怒られて当然だった。ごめんなさい」

とルイも小声で詫びる。


「怒ったのは、心配だったからだよ、ルイ」

「・・・うん」

「あと、怖かった」

「うん」

ごめんなさい。


「私も言うけれど。クラウ。一人で出て行かれて、不安しかなかった」

「だってそれは・・・」

「クラウが攫われて連絡のつかない状態になる可能性だってある」

クラウが無言になった。


「きみは確かに強いけど、それでも一人で、女の人だし、」

まぁ男でも同じだが、と思いながらルイは口にする。

「大勢で、それに不意打ちで薬品を使われたらきみだってどうしようもできないんだから」

「・・・だって私の方は・・・」


自覚がないのかな、とルイは思う。

自覚が必要な状態にさせたのはルイだが、一方でそこまで説明してこなかった。

煩わしいと思われたなら申し訳ない。でも離縁なんて絶対申し出たりしない。


「きみは、私の・・・トリアナの、代々の騎士の名家の、ヴェンディクス家の末子の、ルイ=ヴェンディクスの妻なんだ。他の人を全て断り、きみを選んだ」

こんな風に言われたら迷惑でしかないだろうか。

不安になって様子をじっと見つめる。クラウは話を飲み込もうとするのか無言で見つめ返していた。


「・・・例えば? もっと具体的に。どうしろって?」

とクラウが真剣な眼差しで尋ねてきた。


ルイは少し思案して、思うところを告げた。

「具体的には今のままで良い。ただ、今日の迷惑な訪問者に関しての面から説明すると・・・きっとトリアナでは、クラウは聖剣に選ばれた人だけど一体どんな人だろう、とものすごく話題になっている」

「・・・で?」


えぇと。

「トリアナでは、私の意志なんて関係なく、私を取り合っていた。だから、きみを選んだけど、私の気持ちなど関係なく私をトリアナに戻そうとする人もいる。・・・今、表にいるんだけど」


「・・・私は大変な人と結婚しちゃったのかな」

「後悔してる? でももう遅いよ。お願いだから逃げないで」

「我がままルイ。じゃあ私に協力してよ」

「協力?」

「仲良くしよう」

「そうだね。当然だ」

クスリ、と笑ったら、お腹が減ったことに気が付いた。


「ご飯作ったんだ。食べなきゃ」

「うん。あと、裏口の設定も。それからトリアナに行く準備って何したらいい?」

「本当だ。急ごう」


手を繋いで階下に降りる。


***


グランドルとアリエルは、実は空を飛びながら連絡を取ってきてくれていたそうだ。つまり、ルイの不在に動揺したクラウが助けを求めた時点で、グランドルとアリエルはもう行動を起こしていた。


食事を手早く取り、トリアナに戻る準備として荷物をつくり、加えて店の内部から正面のガラスに『ご迷惑をお掛けし、本当に申し訳ありません。通常営業に早く戻れるよう全力で努めます』と日付も加えて、張り紙を張った。内側からなので紙を奪われる心配はない上に、細心の注意を払って文字を書いた。

それからクラウと話し合い、さらに別の紙を張る。

『店主ルイは、トリアナの貴族です。事情があり4歳から婚約者が決められ、6歳で性格の不一致で婚約を正式に解消しています。ただし、その後も手紙を偽造され、恋愛関係にあるという間違った噂を流されました。けれどそこに私の意思はありませんし、事実無根です。夫婦で店を営んでいるところに、その幼少時の婚約者が現れました。けれど私はこの店を夫婦で続けたい。心から皆様のご助力をお願いいたします。ルイ&クラウディーヌ』


ある程度準備ができた頃に、裏口からグランドルとアリエルが現れた。


ちなみにアリエルには本当に握りこぶしで殴られた。

「クラウを巻き込んで泣かせた罰よ!」

どうしても殴りたかったのだろう。彼女はクラウの姉だが親代わりだ。とはいえさほど痛くはなかった。手加減は加えてあるようだ。

グランドルとクラウの方が心配そうに顔をしかめているのがかえって申し訳ないとルイは思った。


「準備はできた?」

アリエルが手をさすりながら尋ねた。殴った反動で痛めていなかったらいいのだが。

「多分」

とクラウ。

「足りなければ実家で揃えよう」

とルイも答える。途端、クラウが緊張に顔を引き締めた。ルイの実家に行くのは初めてなのだ。


「ではすぐに。ヒルクが可能な限り早く動いて欲しいと言っている」

グランドルに急かされた。

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