夫婦それぞれと、帰ったところ
グランドルが戻ってきたのは夕方だった。
これほど時間がかかる事を不思議に思っていたら、グランドルの説明に理由が知れた。
グランドルのお金は、ルイの父ヒルクが管理している。手続きでヒルクに会ったグランドルは、ルイが危機に陥ったことを話したのだ。結果、詳細な説明を求められ足止めを食った。
「ヒルクの妻が泣いてしまったのだ。もう大丈夫だと説明はしたのだが。縋り付き、引き離せなかった」
つまりルイの母の事だ。ルイは顔を引きつらせた。納得してもらえたのだろうか。
母はルイについての事だとすぐ泣く。ルイが特異体質になったことも酷く嘆いている上に、そもそも末っ子なのでいつまでも母にとってルイは幼い子どもなのだろう。
ところで、アリエルが静かだった。
事情を話すためか、グランドルがまずルイに声をかけた事に拗ねている気がする。
少し離れた位置で、静かに佇み一言も発していない。
おかえりなさい、とも言っていない。
これは、ルイからグランドルにアリエルについて促すべきなのだろうか。
ルイは気が気では無かった。
余計な事はしない方が身のためなのか。
グランドルが、ルイの頭を撫でてきたところで、ルイはついに口を開いた。小声で。
「グランドル。アリエルさんが」
あれ。グランドルが無視したぞ。顔はにこやかなのに。
その様子に、ルイの傍にいるクラウが首を傾げた。そして遠くに控えているアリエルに視線を向けた。
「アリエルさん、ずっと待っていたよ」
さらにルイは教えた。
なぜだろう、微妙に緊張感が漂ってきた。
クラウがルイの服を引っ張ってきた。ルイに耳打ちする。
「邪魔になるから私たちは上に行こう」
「あ、うん、そうだね」
「ルイ。私は怒っている」
とグランドルが言った。とても小さな声で。顔は笑顔だ。
ルイとクラウがグランドルを見上げる。
笑顔で怒るという技を身につけたらしいグランドルは抑えた声でこう言った。
「昨日から私は邪険に扱われている。私は怒って良い」
どうやらルイに言ったように見せかけて、アリエルに文句を垂れるという技も持っているらしい。
無言でルイとクラウは視線を交わした。
夫婦喧嘩の巻き添えを食うぞ。まずい。
グィ、とクラウがルイの腕を引っ張った。
「ルイ!」
グランドルが声を上げたのを、クラウに腕を掴まれつつ階段に向かうルイは言ってあげた。
「素直が一番だよ、グランドル! ちゃんと話し合って!」
「うわー、怖い怖い」
クラウが呟きながら、ルイと共に階段を上る。
残してきた階下から、
「おかえりなさい? グランドル」
という表面的にはにこやかな魔女の声が聞こえた。
***
ルイとクラウは3階のクラウの部屋に行った。
「はぁ。グランドルもあんな怒り方するんだな」
ルイはドサリとベッドに腰かけてクラウに話しかけた。
クラウもため息をついて、隣に座る。
「怖いよー。お姉ちゃん怒ると怖いんだよ。どっちが勝つのかな」
「アリエルさんが勝つ未来しか見えないけどね」
「ま、そうだね」
クラウが思いついたようにルイに笑いかけた。
「グランドルってお姉ちゃん大好きだから結局折れるよね。あはは」
ルイは肩をすくめて見せた。
「アリエルさんだってグランドルは特別だろう?」
「たぶん。今までお姉ちゃん、恋人ってないからどれぐらい特別か分かんないんだけど」
「え。そうなの?」
クラウは頷く。
意外。アリエルはもてるはずだ。ルイは嫌だが、美人だし話術もある。
それ、クラウには隠し通されているだけじゃないかな・・・。
「・・・そういえばアリエルさんって、よく今までご結婚されてなかったね」
「え? うん」
クラウが不思議そうにルイを見た。
恋人もいないのにそんなはずないよ、と表情が語っている。
これは完全に隠されていたな、とルイは思った。
アリエルはクラウの2つ上。女性の適齢期は男性より早いのに、アプローチが無かったはずはない。そもそも店に客が残っていたのは、ひとえにアリエルの魅力ゆえだったとクラウも言っている事だし。
「アリエルさんは人気があって当然だと思ったけど、店が忙しくてそんなどころじゃなかったのかもね」
ルイは笑ってこの話題を終わる事にした。
「そうかもー」
とクラウ。
クラウ。これは私の勝手な推察だけど。きっと、きみのために結婚せずいてくれたんじゃないかな。
それでもグランドルは特別だったのだろうけど。
グランドルは、クラウと、店に深く感謝をするべきだろう。アリエルが既婚者だったら、色々難しかったはずだ。
「・・・クラウは?」
「は?」
「恋人は」
突拍子もなく聞いてみたら、クラウが顔を真っ赤にして黙り込んだ。
え。待てなにその反応。
顔を引きつらせて目を丸くしたルイの様子に、クラウが慌てて答えた。
「だ、だ、でも、ルイだって婚約者いたじゃないか!」
聞かなければ良かった。ショックだ。
ルイは頭を抱えた。
「ちょっと! ルイの方が色々酷いのに!」
「・・・っ! 私の場合は、身を守るためにって説明した!」
「それでも色々あるじゃない、私なんて別にフツーだし!」
「ちょっ・・・!」
2人で喚き合う。
夫婦で過ごすうち、4つも年下なのにルイがクラウをリードするのが疑問だったようだ。
『好きなのはクラウだけ』という言葉では乗り切れなくなったので白状したのだ。
ルイは幼少時から様々に危険に見舞われた。
部屋に連れ込まれるところを助けた長兄が危惧して父に相談し、ルイは他の男児より早期から男女間の教育を受けることになった。
どこまでなら許して良くて、どこから超えると問題になり絶対に回避するべきか把握するため。ルイ自身を守るため。
ちなみに、ルイは早まっただけで、他家の事は知らないが、ルイの家では代々男児は普通に学ぶ。遊ぶにあたって色々知っておいた方が良い事はある。
しかし。相手は別だ。
そもそもクラウは未婚女性だったのに。
とはいえ年上で平民だ。ルイの前に付き合っていた人だっていた、のだろう。
「聞きたくなかった・・・」
ルイが頭を抱えて呻くと、クラウが赤い顔のままで呆れた。
「聞かなきゃ良いのに。それに大したことないから。全然。ルイの足元に及びませんから」
「私のは全部、私の意思は関係ない」
「・・・キスしかないし。しかもちょっとだけ滞在してどこかに行っちゃった」
え。それ、遊ばれたのか?
別の意味で顔が引きつったが、クラウが思い出に憧れを残している様子にルイは呻いた。
「もう良い。止めて。息するのが苦しくなる」
「嘘でしょそれ」
「男はデリケートなんだ。きつい・・・」
「よく言うよ。男の方がデリカシーが無いだろ」
クラウが赤い顔をしつつ呆れている。なに、その余裕。
「・・・クラウは、嫉妬してくれた?」
「え?」
「私の話の時に」
顔を上げて表情を確認しようとすると、クラウはプイとそっぽを向いた。
機嫌を損ねたらしい。
それはちょっと可愛い、とルイは思う。
それにどう思ったのか気になる。
「私は嫉妬を覚える。クラウは」
ルイの言葉に、さらにクラウにそっぽを向かれた。
「これ以上この話題を続けたら泣いてやる」
まるで捨て台詞のようだ。
「申し訳ありません」
さっとルイは謝った。泣かれたら困る。残念だが答えはもらえない。
少し無言に。
と思ったら、向こうを向いたまま、クラウが言った。
「ルイの場合は、色々酷すぎて、嫉妬とかしてたら自分が惨めになっちゃうよ」
「・・・ごめんなさい。私みたいなので」
自分で聞いたくせに、ルイは少しショックを受けた。
そんなルイに、クラウは続けた。
「もう旦那にしちゃったけど」
あれ。思ったより大丈夫そうだ。
自己弁護に、ルイはつい言わなくても良い事を言った。
「でも男って大体こんなものだ。そもそも貴族だから」
教育が、と続けようとしたら、クラウが握りこぶしを作って振り向いた。
「それ以上言うと殴るよ」
ルイは思わず口をつぐんだ。本気だ。
ヒヤリとしたのを、真顔に戻ってルイは告げた。
「自分が望んだのはクラウだけだ」
何度も言ってるけど。
「・・・聞きました。知ってます」
「・・・だからクラウの話はショックだよ・・・」
「馬鹿じゃないの。メンタル弱すぎ」
ところで、1階はそろそろ落ち着いているかなぁ。
***
「ところで話は変わるんだけど。どうする。そろそろグラオンに戻りたいと思う。クラウはこの家を貰う事になっただろう? 手続きとかがあるのかな」
「うーん。『あげます』『もらいます』で終わる話じゃないのかな」
「もし手続きが必要なら、私の方は先にグラオンに戻ろうか」
「うん」
「・・・クラウディーヌ、お願いだから、ちゃんとグラオンに帰ってきてね」
ルイの真剣になった表情を見て、クラウが柔らかく笑った。
「当たり前だよ。ちゃんと帰る」
「うん。待っているからね」
「変なの。何を心配してるの」
***
頃合いを見て1階に降りると、寄りかかったアリエルとグランドルが幸せそうにニコニコと見つめ合っていた。
無事仲直りは完了していたようだ。良かった。
こんなところに邪魔をしたくないけれど、自力でグラオンに帰ると日がかかるから、やはりグランドルに送ってもらいたい。
仕方なくルイは声をかけた。
「あの。グランドル。アリエルさん。そろそろグラオンに帰りたいと思います。申し訳ないのですが、送ってもらえませんか」
「お姉ちゃん。家の受け渡しって、特別に手続きとか無いよね?」
「あら。え、もう帰っちゃうの?」
アリエルは我に返り、グランドルは少し拗ねたように寂しそうになった。
本当にごめんなさい。
***
結果、クラウにも特に手続きは無いと分かったので、ルイとクラウ2人ともこのまま帰ることになった。
ところでアリエルたちは、本当は3日後には旅に出発予定だったそうだ。
だが、屋根の修理も必要だ。
加えて、ルイも無人になるこの建物を守るため、結界作成具を作る必要がある。
通信具で連絡を取り合って、屋根の修理と結界作成具の設置が完了してから、アリエルたちは旅に出ることになった。
話が決まった途端、クラウがアリエルを見つめて寂しそうになった。目が潤んでいく。
あと何回か会うはずだけれど、アリエルはもうすぐ家を出るのだ。
さすがのグランドルも控えて、少し微笑ましそうに、姉妹が涙ぐみながらお互いの無事を祈り合っている様子を見つめていた。
***
グランドルの背に、アリエル、クラウ、ルイが乗せてもらってグラオンに戻った。龍の姿で問題ない、人気のない場所だ。
折角だから今日はこちらで晩御飯も食べて泊まっていってと提案したけれど、グランドルとアリエルは帰っていった。
暗くなってきた空に、あっという間に小さく消える姿を見つめる。
少なくともあと1度は、すぐに会えるけれど。
なかなか会う事も無くなってしまうのだろうと思えて普段になく寂しい。
***
徒歩で店に戻ると、店の前に人垣ができていた。
一体なんだ。
ルイとクラウで急いで前に出て店にたどり着く。
結婚式のために出かけたから、つけヒゲのないルイに気付く者はいないようだが、クラウに『あ、クラウちゃんだ』と人垣から声が上がる。
通り抜けてみれば、建物の扉の前に、こんなところには相応しくなく豪華な装いの少女が座りこんでいた。
傍に、2人、そんな少女をなだめすかすように身なりを整えた男性と女性が立っている。
ドクリ、とルイの心臓が鳴った。
少女がふと顔を上げる。美しく整った顔立ち。気の強そうな大きな瞳。華奢な体つき。全てを引き立てる洗練されたデザインのドレスと装飾品。
ルイの書いた、休みを知らせる張り紙を胸に抱きしめていた少女は、ルイを認めて前のめりになった。
「ルイ様っ!」
美しいはずの高い声は、まるで命令のようにルイを鞭打った。
クラウがあっけにとられたように、少女とルイを交互に見つめた。




