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グランドル、憂う

龍が目をかけていた子、ルイが、結婚をした。

結婚相手は、『戦乙女の剣』を抜いたクラウディーヌだ。なぜクラウディーヌを選ぶのか龍には謎だが、本人にしか分からない事はあるだろう。


ルイから貰った通信具でやりとりが頻繁に行われるようになったが、もともとは、龍とアリエルとの結婚祝いについての話がメインだったものを。事態は急に動くものである。

アリエルがまるで理想的な未来が現実となったかのように喜ぶので、龍も、ルイとクラウディーヌの結婚は悪くないと思っている。


ただ、あのルイが、と思うと感慨深い。きっと結婚相手が誰であってもそう感じるだろう。


なお、ルイの結婚の連絡を受けて、代々の騎士の家の家長、つまりルイの父のヒルクが龍に連絡を取ってきた。

ヒルクは、ルイに結婚式への参列を断られたそうである。しかし大切な息子だからどうしても出たいと泣きつくのを、龍は哀れに思った。

アリエルにも相談し、ルイたちに内緒でルイの両親を迎えに行くことに決めた。親が子を思うのはもっともな事だと、龍にも理解ができたからだ。


当日、ルイはやはり嬉しそうだったのでサプライズプレゼントなるものは成功したと龍も満足だ。


***


「式で、司祭が古語を言ったら、花飾りが光ったよね。驚いた。あれ、どういう意味?」

ルイが、クラウディーヌに尋ねている。

「イーディハ・ラシク・ウレイユス・キーン。二人に祝福を与える、って意味だよ」

とクラウディーヌが答えた。


そのやりとりに、龍は首を傾げた。

隣のアリエルが気づいた。

「どうしたの?」

「いや。随分、型崩れた言葉になったものだと」

「何の話?」

「司祭が言ったという古語だ」

「イーディハ・ラシク・ウレイユス・キーン?」

「本来は、花が光るどころのものではない」

「詳しいの?」

アリエルの言葉に、龍は目を細めた。

酷く遠い昔、龍は教会の内部に深くかかわる時代があったのだ。

龍の様子にアリエルは不思議そうにした。

それから、こう尋ねる。

「本来はどうなるの?」

「・・・そうだな。あなたもいることだから。懐かしんでみることにしよう」

龍の言葉にアリエルはじっと龍を見つめる。彼女は、龍が長い長い年月を過ごし様々な経緯で生きてきたことは察してくれている。ただ、何より大切だった相手が、常に彼女だったと理解しないだけで。


龍はアリエルの手を取って立ち上がり、共にルイとクラウディーヌの傍に行く。

「ルイ。結婚の言葉を、私から告げても良いだろか」

「え。うん。有難う」

ルイは驚いた様子だが、すぐに嬉しそうに破顔した。これほど人がいるというのに、素直に笑うのは珍しい、と龍は微笑ましく思う。


「花は必要だ。造花では無く、本当の花束を」

「え。うん」

食事のテーブルの上に、すでに花瓶に差して飾っている式に用いた花束をルイは引き寄せて取り上げる。

「2人でそれを持つ」

「うん」

ルイとクラウディーヌが目くばせして、共に花束に手を添えた。

「これで良い?」

「それで良い」


懐かしい、と龍はやはり目を細める。

龍は昔、神殿で生きた事がある。儀礼について、言葉について、一通りの事を教えられた。

祈りの時には、花が必要だった。少し立派な花。

花屋に龍の想い人はいて、龍は毎日通ったものだ・・・。

その相手が、今は隣にいてくれる。


まるで昔の時代のように、龍は目を閉じて言葉を紡いだ。

「イーディセルク・ハラ・シュリ・リルク・ウィツ・ユェ・ハ・ルベリ・ア・ミリス・リーン・キーン」


シュッ


音がして、龍は目を開く。


花束があった場所に、様々な色の細かい粒が浮いていた。

そして、一瞬の後、まるで光のようにパッと空間に広がった。


ルイとクラウディーヌが、周囲が驚いている。

空間の上部から、ハラリハラリと花びらの形をした色彩が降りてくる。

それはルイとクラウディーヌだけに舞い降り、2人に触れると光が跳ねたようになって消えた。


ルイとクラウディーヌはお互いに起こっている様子を目を丸くして見つめ、光による祝福が終わると龍に揃って目を向けた。


ルイが言葉を発する前に、龍は、龍として初めてその礼を行った。

「絆が深く結ばれるように。天からの祝福をあなたがたに」


「・・・グランドル、今のは」

「本来行われるべき、神殿からの祝福だ」

ルイの疑問に答えてやる。

「花束が、消えちゃった。すごい、光がパァって、花びらみたいに」

クラウディーヌまでまるで子どものように龍に目を向けている。その様子は微笑ましい。

「花を世界に捧げることで、祝福の形が与えられる」

「・・・良く分かんないけど、なんかすごいね、あんた」

クラウディーヌが感心した。

その傍、ルイが龍に告げた。

「ありがとう。グランドル。とても貴重な祝福を貰った」

「なんということはない。ルイ。お前が喜んでくれてよかった」


やり取りに、クスクスと笑ったのはアリエルだ。

「グランドルは、ルイくんに本当に甘いのね」

「あなたが一番だ」

「・・・知ってるわ」

アリエルが小声で照れた。


周囲は龍の行いに感心し口々に褒め称え盛り上がっていた。

「すごく綺麗だった!」

「すごかったね」


***


ルイとクラウディーヌの友人、ジェシカという風変わりな存在を、その日のうちに町に送らなければならないというので、龍は再び背に乗せてルイの店がある町まで送り届けた。


「ありがとう。グランドル。良かったら、お客様用の部屋もできた事だから、是非アリエルさんと泊まりがけで遊びに来てくれると嬉しい」

「分かった。折を見てそうしよう」

「うん」


「あの、グランドル、本当に有難う」

クラウディーヌまで嬉しそうに礼を言うので驚いた。龍は大仰に頷いて見せた。


「・・・あの、お姉ちゃんの事、どうかよろしくね」

「勿論だ」

この言葉に、龍は目を細めた。クラウディーヌに対する評価があがった。この妹は龍がいない頃から、ずっとアリエルを大切にしてきたのだ。

「任せろ。そちらこそ、ルイをよろしく頼んだぞ」

「ルイの方が頼りになる事も多いんだよ」

「そうか。仲良く暮らせ」

「うん」


***


アリエルと共に再びシュディールに戻る。

ルイの両親は、アリエルの計らいでアリエルの家に泊める。

その他面々は、近くの人たちと言う事でそれぞれ自分の家に戻っていった。


ルイの父親ヒルクが、アリエルに、龍との結婚式に大勢を参加させてもらえないかと改めて尋ねてきた。

けれど会話の結果、アリエルは1人だけでも妥協したのだとヒルクに伝わった。ルイだけは、龍が特別に目をかけている上に、何よりもクラウディーヌの夫となった者であるので、出席して欲しいと思っている事も。

アリエルの様子に、ヒルクとその妻は心配そうにアリエルを見つめた。


ヒルクは、式への参加はルイだけと決めた。つまりヒルク自身の参加も取りやめたのだ。それが、祝福の形になるからだろう。

龍はアリエルの意思を尊重したヒルクに好感を持った。さすがは、代々見守って来た子孫たちだ。


一方で、ヒルクたちが客室に姿を消した後で、アリエルはやはり沈んでいた。

それを龍は守るように包んでやる。


今生の彼女はあまり人を好いていない。ただし、妹のクラウディーヌを除いて、だ。

これは、やはり早くに両親を亡くした結果だろう。


***


父が病死で、母が直後の事故死で他界した時、まだ少女だった妹のために、アリエルは強くあらねばならなかった。


協力者はいた。

けれど最も信頼していた店員の裏切りにあった。事故直後に金を持ち出し逃げられたのだ。

見限られたのだとアリエルは判断している。


店を維持するどころか仕入れ分を支払う金も消え、大きな店舗を回す人員も消えた。


それでも、アリエルはクラウディーヌのために店だけでも残さなければと思った。


ただ、アリエルとクラウディーヌは料理が苦手だった。これは姉妹が料理担当では無かったことも大きいはずだ。アリエルは注文取りや接客、クラクディーヌは皮むきなどが担当だった。


始めの頃は同情した皆が食べに来てくれた。

けれど向上しない腕前ではやっていけない。なのに腕を磨いている余裕は無かった上に、恐らく才能が無いのだろう。


残ったのはアリエルの容姿目当てで集まる面々。それでも料理の腕前を考えると、来てくれるだけで有難い事には違いない。

けれど、彼らはクラウディーヌには投げやりな態度を取った。姉妹は不思議に顔立ちが異なっている。大切な妹への酷い態度に、アリエルは内心で彼らを嫌った。クラウディーヌの方が一生懸命に心を砕いて働いているのに、その扱いは一体何だ。

だから、余計にアリエルは料理の腕の向上に意欲を持つことができなかった。食べる者、つまり彼らをどうしても好きになれなかったからだ。


それでも料理屋を続けたのはひたすらにクラウディーヌのためだ。両親の思い出の店を愛して守ろうと妹が必死だったのだから。


アリエル自身は、とても無理だと知っていた。


膨らんでいく借金を、どうする事も出来なかった。

けれど危険な仕事をしてまで出稼ぎでお金をなんとかしようと頑張るクラウディーヌに、アリエルから諦めようとは言えなかった。気持ちを守ってやりたかった。


とはいえ限界は来る。そんな所に龍が来た。

アリエルは様々なものから解放された。心から。


これらはある日、龍にだけ打ち明けられた本心だ。


「あなたが、妹の心を健気なままでいるようにと守ったのだろう? がんばったな」

話を聞き終わり、龍は告げた。

途端、アリエルは震えたようにボロリと涙をこぼした。


彼女にとって、無理をし、我慢してきた。

そして、妙なほどに、妹以外の事を粗末に考える。


***


ルイとクラウディーヌが、グランドルとアリエルの結婚式のためにドレスを注文している。

それが仕上がったら、今度はグランドルとアリエルの結婚式だ。


少しずつその日が迫っている。


アリエルは、特に楽しみにしている風でもない。

式については、やはり節目だから簡単にでも、と考えただけの事。


***


辛い。


龍がアリエルを抱きしめて髪をなでる。

アリエルがじっと龍の様子を見つめてきた。

「どうしたの。悲しそう」

「今は幸せだ。あなたがいる」

「・・・先の事を考えていた?」

「そうだ」


あの幼いルイでさえ、もう結婚した。人間はあっという間に成長し、老いて死ぬ。消える。


「・・・前の奥さんと、私の間、とてもとても長い時を一人で過ごした?」

「そうだ」

「一緒にいる時間よりも、長すぎる?」


龍は本音を吐いた。

「一緒に居られるのはほんの少しだけだ」

あとはずっと待ち続ける。待って待って待って待って、やっと訪れるのは、ほんの一瞬の幸せ。


「ねぇ、グランドル。私たち、結婚したらね。この家を捨てて、自由に旅に行きたいわ」

「・・・そうか。それは良い」

「クラウディーヌには、もうルイくんがいるのですもの。もう、私が離れても大丈夫よね」

「・・・ルイは確かにきちんとした人間だと保証しよう」

「たくさんのものを一緒に見ましょう。ね、グランドル」


龍は愛し気な眼差しで腕の中の彼女を見つめながら、無言になった。

アリエルの前、女勇者の言葉を思い出したのだ。彼女も同じことを言った。そして龍に世界を見守る喜びを与えようとした。

けれど。


アリエルの頬を撫でる龍の様子を、アリエルはじっと見つめる。

「・・・あなたを一人残すのは、とても気がかりよ」

とアリエルは辛そうにした。


「幸せに過ごしてくれなさそう。どうしたらいいの? ねぇ、私、あなたと一緒に過ごすのに、人間でなくなっても構わない。ねぇ・・・私も、あのジェシカちゃんみたいに、なれるかしら」


「・・・私が死ねば良い。あなたがいなくなった後に」

龍はアリエルを抱きしめて告白した。

「私は、きっと、『戦乙女の剣』で死ぬことができる」

「だめよ」

「だが」

「泣かないで」

涙を零してはいないのに、アリエルが言った。

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