転居完了
「じゃあ、仲良くお幸せに!」
「本当に有難うございます」
ルイとクラウの結婚式から3ヶ月経った頃。バートンから安価で譲り受けた建物に住んでいた4階の住人が、ニコニコしながら転居していった。なお荷物が多くて、4階の転出が一番最後だった。
家賃収入になるので居てもらって構わなかったのだけれど、結局、完全な善意からくる申し出と勢いを断る事が出来なかったのだ。それに、建物全部持てた方が確かに色々便利かもしれない、などとルイも思ったので。
引っ越し作業は、ルイとクラウ、そして7階、6階、3階の元住人たちが中心となって手伝った。
仲の良い人たちが住んでいる建物だったんだなぁ、とルイとクラウはしみじみとした。
***
住人たちの転出自体は、結婚式から1か月後には決まっていた。だから、建物全体をどうしようかと言う事はすでに決めてある。
1階は店舗。狭いけれど、作業場も1階の奥のままだ。
これは、クラウだけを1階に立たせるのをルイが心配に思ったからだ。
クラウの仕事ぶりは心配ない。クラウに何かあれば心配という意味だ。
結界作成具を常に使っているわけだけれど、防げない何かが起こってはと思ってしまう。
2階は食事用。広い方の部屋は応接室にした。例えばバートンさんをおもてなし。
これに伴い、クラウが使っていた家具は皆で3階に移動した。
3階は、店として使う部屋。倉庫代わり。仮眠室。
4階は、未定。
5階は、来客用。
6階は、ルイの部屋。
7階は、クラウの部屋。
とりあえずこんな感じ。暮らしていて不便だったらまた変えれば良い。
なお、6階と7階は、前の住人が『持ち運びが大変』と家具を安く売ってきたので色々買い取った。加えて、いつもの家具屋にお願いして、自分たち好みのテイストも取り入れて使っている。
「4階に転移できればいいんだけど」
ルイの呟きに、クラウが目を丸くした。
「そんな事できるの?」
「うん。魔法使いならできるんだ。私は魔法使いではないから、依頼して設置してもらう必要があるんだけどね」
「すごいねそれ」
「やみくもに設置すると防犯面が心配な気もするけど・・・でも店の奥から4階に行けたらかなり楽だよね」
「いっそ6階とか7階に直接行けないの?」
「転移の中心になる魔方陣って1部屋必要な気がするんだ。何か危険があるのかな? まぁ、自分がいる時に部屋に急に誰かが来ても驚くから、直接は困るのかも」
「そっかー」
「ただ、魔法使いの知り合いはグラオンにはいないんだよなぁ」
「じゃあ見つかったらで良いんじゃない? すでに階段の上り下りに慣れちゃったし」
「そうだね」
初めは上り下りで疲れも出ていたのだが、7階、6階を居住区に変えて1ヶ月経ったので慣れてしまった。
「この後、もうマイズリー家具屋さんに扉を頼みに行く?」
クラウがルイに確認してきた。
「うん。一緒に行こう」
顔を見合わせてルイも頷く。
建物すべてを所有する事になったので、1階、建物に入るところに扉を設けようと思っている。
この建物は、向かって左側に通路があって、少し入ると、右の壁に店への扉がある。通路を奥に進むと、上階に行く階段がある。
そこで、通路の入り口に扉を設ければ、閉店後はその扉も閉めれば良い。
一方、上階への階段が始まるところにも1つ扉を設ける予定だ。
開店時にはルイとクラウの2人ともが1階の店にいる。上は無人だ。誰かが勝手に階段を上ってしまわないように。
それに、資産を店ではなく上階に保管することにした。
今現在、魔法石の買取も続いているから資産がますます増えている。3,000万エラを超えているのだ。6階の隠し金庫に入れてある。1階奥の金庫にもお金は入れているが。
ちなみに7階には、クラウの管理するお金が金庫に仕舞ってある。結婚後も給料は支払い続けている。
なお、結界作成具を追加作成して、常に建物を覆っているので泥棒など入れないだろうが。
なお、魔法石の買取は3個に減った。
確かに、自動で魔力を溜める装置では、1日分を比べると前より溜まる魔力が薄くなっている。シーラの推察通りなら、ルイの体質が改善されている証拠だろう。
だから、ルイが直接、その3個に魔力を足すように込めて、以前の質にしたものを『アンティークショップ・リーリア』へ売りに行く。
今のところ毎日3個は揃えられるけれど、そのうち毎日3個は無理になる。いずれは数日、数十日かけて溜まった数個を売りに行くことになるだろう。
「ルイ、でも注文も立て込んでいるから、マイズリー家具屋さんには私一人で行ってくるよ。きっとまたすぐ下見に来てくれるから、ルイの希望の詳細はその時伝えれば良いと思うよ」
「うーん。でも」
「大丈夫だって」
クラウがおかしそうに笑う。
結婚してからというもの、ルイはつい、クラウが変な事に巻き込まれたらどうしよう、とか不安になり、外出するのについていきたがる。
クラウも一緒に動けるのを嬉しそうにするのだけれど、たまにクラウが注意をする。店だって忙しいのだから、ルイは制作に励まないといけない。
「冷水機のサンプルも作るって言ってたじゃない」
「うん」
「大丈夫。いってくるね」
クラウがクスクスと笑いながら出かけていった。
ルイは姿が見えなくなるまで見送ってから、1階の店に戻った。
クラウの言う通り、注文は今も次々入ってくる。
1ヶ月ほど前には、3か月待ちの状態だったのに注文してくれた女性の『製氷機』を作って納品した。
それが好評の様子で、今度はもう少し大きなものを作る事になりそうだ。
一方で、『冷水機』というのがあれば良いのでは、とルイは思いついた。
『冷蔵庫』よりも小さくて、コップ3杯ほどの水を冷やしておける。『冷蔵庫』より小さい分、安価だし置き場所にも困らない。
これは、冷蔵庫をレンタルではなく一括購入してくれたお客様の感想も影響している。
鶏肉店を営んでいるハバナさんというお客様は、レンタルが借金みたいでどうしても嫌で一括購入を希望した。とはいえ、やはり数十万は高い。支払えるけれどもうちょっと安かったら良いのに、という話だった。
そこで、冷水機。
対象を水だけにして、容量もごく小さいものにするから数万程度で売る事ができる。非常に安価。
グラオンは暑い日が多いから、重宝されると思う。
なお、グランドルとアリエルに贈る宝箱については、ほぼ仕上がっている。
今は、『時間停止』が正しく機能しているか2度目の実験中だ。
1度目は、緑色と、黄色に着色した水を容器の端と端から垂らし、色の混じり具合を確認した。
台所に置いておいたものは、1日目ですでに混色して黄緑色になっていたが、宝箱に入れたものは、3日放置したのに、まだ混ざる前の状態だった。
今回は、ドレッシング。放置すると分離するタイプのものを、ものすごく混ぜてから宝箱に格納した。台所の方は、あっという間に分離した。
実験を開始したのは昨日の夕方で、今日の夕方に宝箱を開けて状態を確認する予定だ。
1度目が問題なかったから、今回も大丈夫だろうと予想している。
そうなると機能は完成だ。
内装もクラウが頑張ったので完成している。外装もほぼ終わりだ。
なお、鍵穴はついていない。
グランドルが使うものだから、宝箱に『熱』の魔力を大量に流すことで開閉する仕組みにした。
アリエルには、大粒の『熱』の魔法石を渡す。これが宝箱の開閉の鍵になる。置き場所に困るかもしれないので、この『鍵』用の小箱も作った。クラウが丁寧に布を使って装飾した。どうやらクラウは布を使って生活用品を作るのが好きみたいだ。
あとは、ほぼ、ドレスが到着するのを待つばかり。
注文してから5か月後という約束だったから、あと20日ほどで届くだろう。
つまり、グランドルとアリエルの結婚式ももう少し。
***
宝箱制作の目途がついているので、午前も午後も、ルイは注文の魔道具作成に取り掛かる事が出来る。
だからサンプルや思いついたものをつくる余裕もある。
現在、店にあるサンプルは、冷蔵庫、冷凍庫、食料保管庫、重力軽減版、簡易音声記憶装置(改良版)、消臭具、モノクロ自動複写装置。
これに製氷機と冷水器を追加する予定。
それにしても、自国トリアナを出た時とは全く方向性の違う魔道具を作っている、とルイは思う。
今現在、ルイが頻繁に作っている物は、生活用品ばかりである。
生きていくとはこういうことなのかな、などと哲学的な風に考えてみたりもするが、役に立つものができればルイには何の不満もない。
グラオンの様々な人に支えられて生活している。その人たちに使ってもらえるなら良い。
そういえば、騎士になりたいなんてもう思っていないなぁ、とルイは気づいた。
自分がいたいと思う居場所ができたからなのかもしれない。
***
クラウが、家具屋のジェイクを連れて帰ってきた。
すっかりルイたちの担当はジェイクになったようだ。センスが良いし仕事をきっちりしてくれるから有難い。
ジェイクは現場確認の上、ルイとクラウの希望を改めて確認してから、14日後に工事に来ます、と約束して帰っていった。
なんでも、扉は鉄を組み合わせたものがオススメとの事だ。工事費用が高くなるらしいが、資金には問題ないのでOKした。
新しく発注するので、工事まで日がかかってしまうという説明だったけれど、ジェイクが良いと判断した上での提案なので、多少待つぐらい問題ない。
そう告げると、ジェイクはとても嬉しそうに照れていた。
***
夕方だ。
「混ざってる。うまくいってるね」
「本当だね。これで完成だね!」
宝箱の2回目の実験結果を、ルイとクラウで確認し合った。
ドレッシングは混ざったまま。念のため、サラダにそれを使って味も確かめる。おいしい。劣化もしていないから問題ない。
サラダを食べつつ、クラウが尋ねた。
「残りの外装、どんな風にするかもう決めてる?」
「案なんだけど、プレートで、グランドルとアリエルさんのシルエットを描いたのを飾ると良いかなと」
「そっか、名前を入れるよりそっちが良いね。次生まれ変わったらお姉ちゃん、他の人の名前が入ってるのを嫌がりそうだし。考えるとグランドルも偉いよね。毎回お姉ちゃんを見つけ出してさ」
「憧れる?」
「ちょっとね」
えへへ、とクラウは笑う。
ちなみにクラウは、近頃グランドルの事を名前で呼ぶようになった。以前は『龍』と呼んでいたのが、打ち解けたようだ。良かった。
***
ところで、クラウが『銀』の綿を入れたクッションを作り上げてくれた。
時間がかかったのは、クラウにも仕事がある上に、とても丁寧に刺繍を施してくれたから。
きっと布も丁寧に選んでくれたのだろう。
背面用としてプレゼントしてくれて、同時に、座面用のクッションもプレゼントしてくれた。なお、座面用はシンプルで装飾は無い。
「すごい。極上の椅子みたいだ」
ルイが褒めると、
「大げさ」
クラウは笑いながらも嬉しそうにした。
次に綿が溜まったら、お揃いでクラウのを作って欲しいと告げた。
***
さて、約束の日だ。家具屋のジェイクが、もう1人を連れて建物の扉の工事に来てくれた。
工事はほぼ1日かかったが、無事に2か所の扉をつけてくれた。
鉄も使われた丈夫な扉をつける。馬車で突っ込まれても大丈夫という事だ。思った以上にしっかりしている。
だけど無骨すぎないのがさすがジェイクだと思う。
***
その翌日。
「できた」
「良い感じ!」
ついに数ヶ月をかけて、グランドルとアリエルに贈る宝箱が完成した。
最後のプレートは、ルイとクラウで図案を描いて、丁寧に2人で打ち出して作り上げた。
2人で、感慨深げに宝箱を見つめる。
なお、ドレスについては、数日前に便りが来た。
数日中に完成品を持って来てくれるという連絡だった。
とても楽しみだ。




