下準備
家具屋の後に別行動しようかと思ったルイだったが、結局一緒にギルドにて金属線を大量発注し、一緒に店に戻った。
店の奥。ルイの荷物が置いてある棚が淡く光っていた。実家からの手紙が魔方陣で転送されてきたのだ。
ルイはクラウに店側を任せることにした。
「これも飾ってね。カウンターの上かなと思うけど」
と先ほど購入した陶器のウサギ2匹の包みをクラウに渡した。
「うん」
クラウは本当に嬉しそうに包みを受け取り、店側に移動していった。
ルイは魔方陣に刺激を与える。封筒がパサリと現れた。
宛名の文字を確認する。
あれ。珍しい、祖母の字だ。
***
愛するルイへ
元気にしていますか? あなたの手紙で皆大騒ぎになっているの。
私が一番冷静ですから、私から手紙を送りますね。お爺様たちの手紙は本当にどうしようも無いのだもの。
***
「・・・」
まるで愚痴のような妙な書き出しから始まる手紙をルイはじっと読んでいく。
ルイは、勝手に決められた婚約関係を何度も頼んでやっと解消して貰ったことがある。
4歳の時点で決められていて、解消できたのは6歳。
その時に理由を聞かれて、正直に泣きながら嫌なのだと訴えた。一つ一つの理由は大人から見れば子細なものだったと思うけれど、ルイにとっては本当に苦痛だった。相手の令嬢が己を美人だと知っていて得意げにアピールしてくるところがまず苦痛だった。そして、その母親も。
なお、婚約が決められたのは、相手の身分が高すぎた事、加えてルイの取り合いが激しいために、仮にでも相手を決めた方がルイのためだと判断されたからだ。
そんな婚約を解消した。その途端、他の母親からの娘の売り込みが激しくなった。
ルイはどうしても嫌だとこれまた涙しながら訴えた。自分が勝手に売り買いされる気分だった。
家族には理解されて、新しい婚約者は決められなかった。
対外的には、ルイにも自由恋愛で相手を見つけて欲しいから、という説明で全てを乗り切る事が出来た。
そのルイが、自ら希望した。
家族それぞれ心配してくれていたからこそ、大いに驚き沸き上がったのかもしれない。
祖母が書いて寄越したのには、祖父を筆頭に『相手を連れて来い』だのなんだの色々騒ぎが起こっているらしい。だが、気にせず好きに過ごしなさい、という事だ。
冷たい内容ではない。例えば遠方に派遣されて帰ってきたと思ったら奥さんと子どもが増えていた、という事があったぐらいの家だから、好きな人ができたのならそのまま幸せになりなさいね、という事なのだ。
『カルーグからも、ルイはお店を頑張っていて順調だと聞いていますよ。いつかお休みできる時に、クラウさんを紹介しに戻ってきてくれたら嬉しいわ。また状況を教えてね。皆でルイの手紙を心待ちにしていますよ』
ルイは丁寧に手紙を封筒に戻して大切に片づけた。
そういえば、メリディアの平民との婚約方法は内容になかったな、と片付けてから気づく。
ルイは少し考えて、出かけることにした。
***
クラウに、バートンさんのところに行ってくる、と声をかけてからルイは裏口から出た。
正面の方が便利なのに裏口を使ってしまったのは、やはりクラウに隠しごとがあるからか。
ルイは足早に歩いて、露店で営業中のバートンに声をかけた。ちなみに相変わらず人でごった返していて忙しそうだ。
「すみません、本当にすみません、人生をかけた相談があるんです!」
「はぁ!? 今かい!」
キッとにらんだ顔は鬼のようだ。ルイは恐縮した。
「ここで良いのかい!」
「え、は、はい!」
「じゃあこっち側に来な! 客が来たらルイも売るんだよ!」
「え」
「値札はここについてる、分かったね!」
「は、はい!」
「で、相談って何だい、いらっしゃいー、マリーサ! オリンダルの炒め物とか今日どうだい!」
ルイは慄いた。
バートンが、ルイに話しかけつつ商売をしている。もう頭が上がらない。
「いらっしゃいませ。とても美しい模様のスカーフですね」
苦手なタイプの女性だったのでルイはうっかり自己防衛に笑顔で美辞麗句を口にした。
マリーサさんが足を止める。
ルイは笑顔を張り付けたまま、すぐ傍のバートンに小声で尋ねた。
「婚約の仕方ってどうすれば良いかご存知ですか」
「まぁ新人さんね。せっかくだから、そうね、8つ頂戴な。おばさん、この子は息子さんなの?」
「いや、よその子だよ。急に来たんだ。この8つで良いかい、1,500エラに負けとくよ。まいどあり!」
「ふふ。頑張ってね」
ニコリ。ニコリ。
「婚約? おや、いらっしゃい、ゼリオン。あんた、今日のウェジスすごく甘いから、オススメだよ」
「えーとー。いくら?」
「80エラ」
「1コ」
「ありがとうよ。好きなの選びな」
「これにする」
「まいどありー」
恐ろしいスピードでものが売り買いされている。
なんか本当にこんなところに突然来て申し訳ございません。
ゼリオンくんが去っていったのでルイは説明を足した。
「あの、内密に。クラウに求婚したいです」
「おやま! したいタイミングですればいいだろう? 何を悩むんだい」
バートンが初めてルイの顔をまともに見た気がする。
「メリディアでは婚約をどうやって申し込めばいいでしょう」
「フツーに色々相手が喜びそうな状況を考えて、一生懸命考えた言葉でプロポーズしな。は? まさか言葉を人に聞こうってんじゃないだろうね」
「いえ! ただ、親同士が取り決めるのでは?」
「あー・・・」
バートンがバンバン、とルイの腕を叩き、首を横に振った。
「話がやっと分かった。安心しな、親なんて後で良い。まず相手に求婚だか婚約だか申し込むんだ。相手がオッケーしてくれたらそれで成立だよ。記念の品を二人で選んで贈り合うのも多いけど、人それぞれだから何とも言えないね」
「・・・バートンさんはどうでした?」
「もう50年以上も前の事なんて覚えちゃいないよ!」
「絶対嘘だ。バートンさんがそんなの忘れるもんか」
「うるさいね! キース! キース! 今日はオリンダルが良いよ、炒め物とかどうだい!」
「今日は息子夫婦にご馳走になるのよー」
キースさんは通り過ぎていった。
「今日の晩御飯を、レストランで食事して、そこでクラウに話そうと思うんですけど」
「ふぅん。良いんじゃないか。どんなレストランだい」
「初めて行くところで知りませんが、雰囲気が良いって教えてもらった」
「ルイー。あんた、今からそこに下見に行ってきな。あと、そういう場合は予約取れる店なら予約を取っておきな。あんたがプロポーズしたいと思ってるってのも伝えとくんだ。気の利いた店なら、気の利いた席を用意してくれる。それができない店なら仕方ないがね」
「どこかオススメの店を知ってますか?」
「嫌だよ、それでうまく行かなくて店のせいにされたら困る」
「そんなのしません」
「思ってるとこあるんだからそこ行ってきな。あまりにも残念そうな店だったら戻ってきたら教えてやるよ。あ、あんた、くれぐれも注意しとくけど、1杯のお茶ぐらいはその店で試した方が良い。店員の態度もピンキリだからね」
「はい。いつもありがとうございます」
「全く。手のかかるガキだねぇ」
バートンは、ルイの腕をまたバシバシとたたいた。
「まぁ、うまく行ったら報告待ってるよ」
「はい。忙しいのに有難うございます」
***
ルイはバートンのアドバイス通り、ジェシカに教えてもらった店に足を運んだ。
少し坂の上にある店で、1階と2階がレストランだった。
やはりアドバイスを受けて紅茶を頼む。
軽食を尋ねられたが断ってしまった。普通は揃えるものだ。だが軽食を食べるほどの時間はない上に、もうすぐくる昼食に影響が。つまりクラウに不審がられそう。
とはいえ店に悪い気がしたので、お土産にクッキーを購入したいと伝えた。ジェシカを思い出したからだ。
・・・あれ。紅茶だけでも大丈夫だったけど、ジェシカさんは無理なのかな。
注文の品が出るまでの間、店内の雰囲気を眺めて過ごしつつ、ルイは気づいた。
紅茶やクッキーにも、飲食できる条件がジェシカにはあるのかもしれない。
ジェシカもグランドル程ではないが、人より長く生きて行くのかな。
『熱』への魔力をグランドルに頼めれば永続的に供給できるのだろうけれど。グランドルは龍だ。
彼は自由に己の気の向いたように生きる存在だ。頼まない方が良いとルイは思う。
気ままにルイの実家を訪れるようにジェシカを訪れれば良いのだろうが、そもそもグランドルの場合は人と年月の感覚が異なりすぎる。過去、グランドルが30年に一度しか訪れなかった時期がある程だ。油断してぼんやり住処で過ごしていただけらしいのだが。
とにかく、本当に気が向いたら行ってもらえるように頼むぐらいで丁度良い。
注文の紅茶が来た。
ルイは思考を切り替えた。
ジェシカの事を考えてしまったが、クラウへの婚約の申し出のために動かなければ。
給事は丁寧に接客してくれる。何より所作が美しい。
一方、確かにお値段は使いやすい。もっとも、露店の価格に比べれば非常に高いが。
どうも、あの瓶詰の店周辺ではないが、少し高級なエリアに入っている気がする。落ち着きがある。
ゆったり紅茶を飲んでうっかりくつろぐ。
あ、ダメだ、クラウに店を任せているのに遊んでいるわけにはいかない。
ルイは男性店員に声をかけた。
予約はできると分かった。
店員は、ルイの意図を知りにこやかに頷いてくれた。もしかしてよくある依頼なのかもしれない、とその対応を見てルイは思った。
「ご希望であれば演出等もいたします。記念に贈られる品も、3階の店で選んでいただくことができます」
慣れているどころではない、そういうイベントを取り入れてあった。
ルイはかなり驚いたが、演出も贈り物も今のところ何も考えていなかったので、参考に聞いてみることにした。
***
バートンのところで御礼がてらカムフラージュも兼ねて大量に野菜を買い込み、ルイは裏口から戻った。
なお、クッキーは密やかにすでに『アンティークショップ・リーリア』に貢いできた。交代後で店先にはシーラがいた。
ルイの実家を紹介する件について礼を言われた。どうするかは少し検討させて欲しいという事だ。シーラたちにとって良いように判断してくれればそれで良い。
用件として、クッキーを託した。シーラはそれを一目見て、氷の微笑を浮かべた。
一体何だろう。分からない。
***
さて。店に戻ると、クラウはきっちり成果を出していた。
ルイはクラウから報告を受けた。
「レオンさんっていうパン屋さんが、火力を上げる装置が欲しいって。できるか分からなかったから、また明日来てくれるそうだよ。それとは別に、冷蔵庫を、レンタルじゃなくて一括で買いたいって人がいて、この人は注文を受けた。ハバナさん。鶏肉を扱ってるんだって。3ヶ月半待ちでも構わないって。あまりにも先だから、作成に入る前に改めて声をかけて内容を再確認って説明しといた」
「そっか。ありがとう」
「バートンさんとこで、野菜を買ってきたの?」
「うん」
クラウが首を傾げた。
「昼はまだだけど、今日の晩は外食するんだよね?」
つまり、普段より消費される野菜は少ないのだ。しかも、食料保管庫にはまだ野菜は残っている。
「うん」
言葉短い返事しかしないルイを、クラウは不思議そうにしたが、それ以上は尋ねてこなかった。
「昼御飯、私が作ろうか。すでにちょっと遅くなっちゃったし」
少しごまかす意図もあって、ルイは申し出た。
「え。あ、うん、分かった」
やはりどこか不思議そうに、クラウは頷いた。
***
昼食を取り、午後は通常の注文の品を作る。
昨日の続き、『音声記憶装置の簡易版』3つ目に黙々と取り掛かる。内部構造をじっと見つめながら作る。




