宝箱に着手
ルイは左耳に手を当てて目を丸くした。
キスだ。
急にしきりの扉が開いて、クラウが再び現れた。
俯き足早に移動し、魔力がたまっている『熱』5個を取り上げる。
真っ赤な顔のまま、クラウは再び店側に行ってしまった。
ルイは言葉なくその様子を見つめていた。
ガランガラン
正面の扉の音。
本当にクラウは魔法石を売りに出ていったようだ。
1人残されたルイは高揚した。笑みが勝手に零れた。
今のはどういう意味、なんて考えるのは野暮だ。
とても、嬉しい。
それに。
自分はクラウには拒否反応を起こさない。
***
結婚、婚約をしたい、とルイは思った。
結婚は今すぐなんて思わないけれど、婚約したい。
親と祖父に気持ちを伝えなければ。
婚約は、まず親に伝え、向こうの親に伝えられ、了承されたら結ばれるものだ。
でも。
ここはトリアナではなくメリディアだ。習慣が違うかもしれない。
それにクラウの両親は他界している。姉のアリエルさんに申し込めばいいのだろうか?
それに、ルイの家はトリアナの貴族で、クラウはメリディアのきっと平民だと思う。
つまり、手続きや取り決めに色々違いがありそうな気もする。
そこも含めて相談しよう。なにせ、代々恋愛結婚をしてきている家なのだから。きっとメリディアの平民との婚姻もあったはず。
ルイは、いそいそと手紙を書き上げ、寸暇を惜しむように転送した。
***
さて仕事に取り掛かろう!
午前は、グランドルとアリエルのために。
ルイは宝箱用の机に向かい、描いた図案を取り上げながら椅子に座る。
宝箱を作る。
箱は、普通に丈夫な素材で作れば良い。外装はクラウと相談。内装はクラウに一任。
次に考えなければいけない事は、大きさだろうか。
加えて、使用する『空』の魔法石が、どの程度の大きさまで守護できるかも関わってくる。
次兄カルーグが、キリアノーティクス先生から預かり持って来てくれた魔法石が使える。有難いことに『空』だからだ。
ドレスの時には、結局使うところが無くてせっかくなのに申し訳なかった。それが最大限に活用できる。厚意を無にしないで済んで良かった。
ルイは大切に『空』の魔法石を取り出して、じっと見つめた。
最高品質で、片手にずしりと乗る大きさだ。
「・・・魔力が薄い」
これほどの大きさだ、内包できる魔力も膨大だろう。つまり、ある程度の魔力は入っているが、まだまだ薄い。魔力を込めなければ。
制作時には試験もするからその分消費するし。
もしかして、これに魔力を貯めるための装置を先に作った方が良いだろうか。
いや、多分、宝箱の外装に取り付けてからその機能を組み込んだ方が良い。永続的な魔力補給機能は宝箱自体に必要だから。
とすると、やはり大きさを決めよう。
そのためには、大きさを変更できるようにした簡易構造を組み立てた方が良いのでは。
大きさの違う木箱を取り揃えてそれに付け替えて、どの大きさまで効果が行きわたるか実験する。
いや、魔法石とは別の観点から、理想とする大きさを考えておくべき?
うん、あまりに大きなものだとかえって不都合があるかもしれない。
大きさ可変の簡易構造なら、金属線が何度も折れ曲がる。それでも希望の大きさに効果があるなら、正しく作れば十二分に効果があるという事。
・・・と言う事は、まず理想とする大きさを。
ん?
大きさ可変な簡易構造で、良さそうな大きさを把握できた方が決めやすいかもしれない。
***
ルイは、金属線を取り出した。
ギルドで金属線を大量に注文した方が良いな、実験で大量に使う。
と気づきつつ、大粒の『空』の魔法石に金属線を巻き付ける。
転げ落ちないように金属線で固定できたら、ある程度の長さで金属線を切る。
同じ動作を繰り返す。
まるで『空』の魔法石を中心に蜘蛛の巣が張ったような状態になったところで、ルイは金属線を数本まとめて捻じって強度を強めた。
何カ所かで継ぎ足して、金属の網を広げていく。
なお、こんな作り方では、本来の効果は望めない。
ただし、大きさ把握を目的にしているのと、最上級の『空』の魔法石だから、こんな乱雑な組み方でも十分な効果が現れるかもしれない、と期待しての事だ。
ところで、宝箱にはドレスを入れる。
つまり宝箱は、アリエルさんにとってはドレスの保管箱。
結婚式で着てもらえればと願うから、時折思い出のためにアリエルさん自身が使ってくれるといいな。
つまり、アリエルさんも自在に取り出せる便利なサイズであるほうが望ましい。うん。
となると、あまり大きすぎるのは良くない。
龍の姿のグランドルに認識されながらも、アリエルさんが困らない大きさにするべき。
そうだ、アリエルさんがいる時は、きっと家の中に置かれるものだ。
せめて人の姿のグランドルが持ち上げたりできるぐらいの程度が良い。それでないと配置換えもできない。
考え事をしながら網を広げていたルイは、ついでに、金属線だけで宝箱のような形状を作り上げた。
とりあえずの大きさは、両手を横に広げたぐらい。
「うーん。もっと大きくても良いのかな?」
まだ保管機能などつけていないので、この大きさで『空』の魔法石が効果を出してくれるかは分からない。
着手してみてからルイは気づいた。
これ、結構作り上げるの大変だ。
とりあえず、乱雑にでも機能を与えよう。
『雷』で良いとは思うが、長期に発動するものだ。『水』も補佐に入れた方が良い気がする。
なお理論はあくまで基本思想であって、実際は作業者の感覚が重視される。そもそも基本思想は、多くの人たちが感覚を頼りに作り上げていたものを理論的にまとめようとされただけに過ぎない。
えっと、待てよ。
命令は『時間停止』としようと考えている。取り出せばその時の時間の流れに戻るが、宝箱に納めれば時間を止める。そのことで中身を長期に保つのだ。
そして、『時間停止』は結構高度な命令だ。
うーん。5属性を使った方がバランスが取れそうだな。うーん。でもとりあえず簡易的に組むから、今は『雷』だけにしよう。
***
「ただいま」
そっとしきりの扉が開いたのを、集中していたルイは上の空で返事した。
「うん・・・おかえり・・・」
妙に静かにクラウはやってきて、しばらく無言で立っていた。
ルイはじっと金属線で作り上げた宝箱の形を凝視していた。
「・・・えっと、さぁ」
クラウが、そっと声をかけてきた。
「うん」
とルイは考え事をしながら返事した。
「・・・『リーリア』のジェシカ店長さんがさ、言っておいてって伝言もらったんだけど」
「・・・うん?」
伝言、という単語にルイの意識が引っ張られた。
ルイがやっと視線を宝箱から外してクラウを見ると、クラウがどこか呆れたように微笑んでいた。
「最近、魔法石に、私の魔力も混じってるみたいで、質が変わっちゃってるんだってさ」
「え?」
初めて聞く内容にルイは驚いて聞き返す。
「理屈は分かんないんだけど、濃度が濃くなったんだって」
「え!? 濃くなった!?」
「ジェシカ店長さんがそう言ってた」
「普通、混じると薄くなるか濃度にむらができるんだ」
「知らないよ。そう言われたんだから」
「・・・あ。そういえば、クラウって、聖剣に選ばれてる人だった」
「・・・聖剣って言われても嫌なんだけど」
クラウが顔をしかめたのは仕方がない。クラウにはいい思い出が無いからだ。
「単純に、詳しく知りたい。明日、私も一緒に『アンティークショップ・リーリア』に行くよ」
「うん。分かった。・・・あの、宝箱は、順調?」
「え? うん。大きさを決めなくちゃいけないなと思って、とりあえず目で把握できるように金属線で大きさを作ってみたんだ。このぐらいでどうかな」
宝箱に視線を戻したが、クラウからの返事が無い。
ルイがクラウをもう一度見ると、クラウがどこか不思議そうにルイをじっと見ていた。
あれ? なんだろう。
クラウが落胆したように少し肩を落とす。
え、何?
「大きさ、大きさね。うん。とりあえずそのぐらいの大きさを考えてるの?」
「え、うん。あの、アリエルさんも普段使うから、大きすぎても困ると思って・・・」
気のせいかどこか冷たい態度に思えてルイは動揺しつつ、考えを説明した。
「この大きさだと、ドレスはたたまずに入る感じ?」
とクラウが尋ねてきてくれた。
「ううん。そのままでは入らない。そうでなければ大きすぎるかなと思って。素材的にはシワがつきにくはずだから、折っていても大丈夫。それに『時間停止』の効果を施すから、変な劣化は防ぐことができる」
「そっか。たたんで良いなら、もう少し小さくても良いかも。部屋に置いた時にきっとこれだと大きすぎるよ。お姉ちゃん、そういうの『邪魔』って鬱陶しがる性格なんだ」
「・・・ドレスも気のりしていないって言ってたし、なんだかこの計画、進めて良いのか心配になってきた」
ルイは思わず不安をそのまま口にした。
クラウも同じ気持ちだったようで、
「うん・・・」
と肯定された。
「・・・作っても、喜んでくれないなら・・・」
「頑張って作ったものは喜んで受け取ってくれるよ。だけどその上であまり邪魔にはされたくないから、やっぱりもう少し小さくしようよ」
「・・・グランドルのためにはあまり小さすぎても困るけど、じゃあ、きみが良いと思う大きさに変えてみてくれる?」
「分かった」
クラウが真面目に頷き、本日の売上分のコインをルイに手渡してから、宝箱の大きさを検討しだした。
「今日は午前中、『CLOSE』にしとこう」
ルイは奥にクラウを残して正面扉を施錠した。それから再び奥に戻る。
真面目に宝箱に向かうクラウを見て、ルイは思い出した。
そうだった。私の耳にキスして逃げて、今戻ってきたんだこの人。
クラウの態度が変だったのは、ルイの反応を意識してくれていたから。
それなのにごめんなさい、集中しすぎてて、もう完全に忘れていた。
思い出したルイは今更赤面して1人で目を泳がせた。
どうしよう。自分も返すべき状況のような気がする。
でも今、ルイからキスする勇気など無い。でも行くべき?
「あ、あの」
勇気を出して声をかけたら、顔を赤くしたルイを見て、クラウが不思議そうに首を傾げた。
どうやら今度はクラウの方が忘れたようだ。
「何でもないです」
ルイは引き下がった。
「ふぅん?」
クラウは不思議そうにしつつ金属線をメキメキと曲げた。
***
午後は何事もなく過ぎた。
そして昼も晩も2階で食べた。
2階で食べた方が、意識の切り替えがしやすいと分かったので、不都合が出るまでこの方式で続ける事に決めた。
ちなみに料理はやっぱり噛み応えがあり過ぎた。料理の腕が上がらないかなぁ、とルイは内心で密やかにクラウに願う。
なお、今日は全部クラウが料理してくれたが、ルイはむしろ作りたい時があるので、その時々でどちらかが作ろうという話になった。
晩御飯の後。ルイが1階の店に戻る時だ。
見送ろうとしているクラウが妙に不安そうな顔をしているのに気づいて、ルイはハッとした。そういえば、午前中のクラウのキスを、結果としてルイは無視しつづけている。
これは今、自分も同じ行動を返すべき?
でも、意識するだけで絶対挙動不審になる、とルイは己に確信を持つ。
つまり無理だ。
でも。
これでも大丈夫?
まるで騎士のようにクラウの片手を持ち上げる。甲に本当に触れるだけの口づけを。
とてつもなく緊張した。
クラウは驚いてから、嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せた。
良かった。もっとちゃんとできたらいいけど。
「おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
見送ってもらいながら、実家からの返事が早く来るといい、とルイは願った。
***
翌朝。
ルイとクラウは、揃って外出した。
『アンティークショップ・リーリア』と、ギルドと、家具屋に行く予定。
なお、宝箱の大きさは、昨日クラウが作ったサイズでいくことにした。




