今後の予定のために
晩御飯を奥で二人で食べていた時だ。
「店長。注文立て込んでるけど、進行具合どんな感じ?」
とクラウが確認してきた。
「普通。予定通りだよ」
とルイは答えた。
「3ヶ月先まで埋まってるって、なんか怖いね。何事もなく毎日進んでたらいいんだけどさ」
とクラウ。
とはいえ、今までに相談して方針は決めてあることだ。
「1つの注文ごとに1日余裕を持たせてあるし、その上都度休日も設けてあるから、問題はないと思う」
とルイは答えた。
「それにもし流行り病などで長期に倒れたら、どうしようもない。事情を説明する他ない」
「そうだよねぇ・・・」
クラウは自作のスープをゴクゴクと飲み干してから、天を見上げるように何か考えて、それから奥を見回した。
なんだか色々考えてくれているようだ。
ルイは焼き麺を食べつつ、次はスープと麺を煮込んだらおいしいだろうか、などと考えてみる。
「店長、あのさぁ」
クラウが呼びかけてきた。ルイが見やると、クラウはテーブルの端に寄せている、ルイが本日着手した『音声記憶装置の簡易版』3つ目のための魔法石と金属板と金属線を見やっている。
「実は前からちょっと気になってたんだけど、作業と食事のテーブルが同じって不味くない?」
「そうかな?」
「そうだよ。ほら、魔道具とか資料に、油が飛んだりするんだけど」
それは、クラウの食べ方が荒いからだと思うんだけどな。とルイは以前から気づいていたことを思ったが、口に出すのは失礼なので黙っておく。
「あの・・・。2階、使わせてもらってるけど、なんか余裕があって正直勿体ない。店の方はこんなにギュウギュウでさ。2階はガラガラなんだよね」
「それは、この場所は私の居住区も兼ねているから。作業場なんてこんなものだと思うんだけど」
とルイは答えた。
自国トリアナの魔道具研究室など、もっと酷かった。皆、食べながら物を作るから作業台には何かのカスがよく落ちていた。最も、定期的に魔法が得意な誰かが清掃してくれていたが。
「・・・あの、余計な案だったら却下してくれていいんだけど」
とクラウがどこか遠慮がちに言った。
「きみの案はいつも役に立つから、何でも言ってみて欲しい」
ルイは真剣に答えた。
「ジークバナードさんからの注文のやつ、もっと作業場が広かったら、5つ同時進行もできたんだろ?」
とクラウは確認してきた。
ルイは頷く。
「うん。とはいえ、私の性格的に、個別に1つ1つ完成させる方が集中できて良いという理由もあるんだけど」
「そっか・・・。でもさ、これから、お客様の注文の魔道具と、ほら、宝箱の作成と、間違いなく同時進行になるだろ? ・・・話してて心配になってきたんだけど、同時進行になるのは大丈夫なのか?」
「そこは、昼食を区切りに切り替える他はない」
そうでなけば、宝箱作成に入った途端、他の注文がこなせなくなってしまうのだから。
「じゃあ・・・。やっぱり、ここ、狭いから、食事は2階で食べる事にしないか?」
「え?」
「だってここさ、これから宝箱の作業と、注文の作業、2つが同時進行になるじゃないか」
ルイは瞬きをしてクラウを見つめた。
指摘を受けて初めて気づいた。その通りだ。
ルイは動揺して、店内を見回した。
「え。あ、本当だ。どうしよう」
ルイは作業時、テーブルの上に色々広げるタイプだ。それを、食事の時はできるだけ置き場所を変えないよう意識しつつ端に寄せている。食後に、またテーブルに広げ直すのだ。
そこに、全く別種の魔道具、つまり宝箱制作も入ってくる。
うわぁ・・・。
茫然とテーブルと見つめていると、テーブルの分断線に目が留まる。クラウが聖剣で、大きなテーブルを2つに切り分けたからだ。
あれは本気で事故だったわけだが。
「テーブル2つを、少し離して、宝箱用と、注文用と・・・」
「2階も、店長の管理する部屋なんだから、もっと有効に使わないと」
とクラウが眉を下げた。
え。でも、クラウが住んでいる空間だ。
ルイはクラウに2階の鍵を渡してから、2階の部屋に入ったことはない。
女性の部屋にむやみに入るものではない。
それは幼少時から教え込まれているものだ。
「気を遣ってくれてるんだと知ってるけどさ。例えば私、自分が注文した魔道具にさ、ソースとかついてたら嫌だしさ。虫が湧きそう」
いや、だからそれはクラウの食べ方が荒いからだ。
「2階、台所の方、本当に使ってないんだ。だって料理も全部ここでやってるし。勿体ない。料理も全部2階でも良いかも。ただ、店長がそれで不便になるなら問題だけど。とにかく・・・なぁ、明日から、朝ご飯も私が作ろう。ここは作業場にしてさ。どう?」
真面目に店のことを考えてくれているのだと思う。
とはいえ、どうしようか。
女性が住んでいる部屋に入るなど。
ルイが眉を下げて躊躇っているとクラウがどこか諭すように話しかけてきた。
「駄目だったら、元に戻せばいい。とにかく明日は1日、朝昼晩、食事を2階にしてみない?」
ゆっくりと、ルイは頷いた。
迷うから、試してみて様子を見るのは悪くないと思う。
一方、店を考えた真面目な提案なのに、クラウの部屋に行って食事をする、と思うと高揚した。
良いのかなと思うけど、嬉しくて、楽しみで、どこか緊張する。
***
食後、とりあえず明日のために、朝食に使う分の調理器具や食器を2階に運ぶ。
トレイに『重量軽減板』を敷いて使った。この品物は没になった試作品だから、サンプルとして展示中だけれどあまり売り込んでもいない。
だけど、今回使ってみて便利だとクラウが感心した。
難を言えば、もうちょっと薄く軽くなったらいいのにと言う事だ。
これもきちんと作り込みたいとルイは思ったが、優先順位も決めないといけない。
トレイで食器を運ぶクラウに続いて、ルイは調理器具を持って2階に上がり、購入時以来初めて部屋に足を踏み来んだ。
正直緊張する。あまり室内を見ない方が良いんじゃないだろうか。
とはいえやはり視界には様子が入ってくる。
台所のある小さな方の部屋。
テーブルの上に食器と調理器具を置いた。
クラウが、食器棚に1階から持ってきた食器を入れていく。もともとジェイクから購入した食器はあるが、棚にはまだ余裕がある。
「店長、鍋はとりあえず火力台の上に置いといて」
クラウからの指示を受け、ルイは鍋2つを火力台の上に載せ、木製ベラなどは迷った末に調理台の端に置いた。
「食材も持って来ないとな」
「うん。まぁ、あとは寝る時に持って上がるよ」
ふと意識が引かれて目を遣ると、台所側に形ばかりついている窓のところに、見覚えのある馬の置物が飾ってあった。
グランドルとアリエルとも一緒だった日に、クラウにあげた素焼きの馬だ。
気付いたクラウが、
「あ。あれ、店長に貰ったやつ。可愛くて気に入ってるんだ」
と笑って答えた。
本当にあれが好きだったんだな、とルイは微笑ましく思った。
***
1階に降りて、今度は奥、まるで1つのように繋げていたテーブルを2つに分けた。素材が混在しないようにするためだ。
奥から店側を見て、左が注文用、右が宝箱用。
宝箱用の方には、ルイが描いた図案や資料を載せておく。他は、未着手のために何も置かない。
注文用には、作成中の3つめの『音声記憶装置の簡易版』を。こちらは素材はすでに揃っているから、机の上に使いやすいように置いておいた。
「これで準備は完了かな」
とクラウが見回す。
「そうだね。とりあえず、今から私は宝箱制作に取り掛かるけど。クラウはもう2階に戻って良いよ」
ルイが言うと、クラウが顔をしかめた。
「私だって、役に立ちたい」
といつになく拗ねたようにクラウが言った。
それから真剣に頼んできた。
「なぁ、宝箱、私が役に立つところはある? 素材とか。何か切ったりとか。何かない?」
ルイはその様子をじっと見つめてから、少し目をそらせて考えて、またクラウを見た。
「・・・やってもらおうと思ったら、結構色々、ある」
「え、本当!?」
クラウの声が急上昇する。はしゃいだ声だ。余程嬉しかったらしい。
「んー」
ルイは唸るような声を出して少し考える。
するとすぐ心配そうにクラウが見てくる。それをルイはまとまらない考えのまま、尋ねることにした。
「クラウ。私が作る魔道具、少なくとも宝箱について、どこまで知りたい?」
「は? どこまで、と言うと」
「仕組みとか、どこまで根本から知りたい?」
「・・・。分からなさ過ぎて、ルイの言う範囲がさっぱり分かんない」
急に名前を呼ばれてドキリとした。
クラウ、きみ、『店長』と『ルイ』をどこで使い分けているんだ?
「えーと。魔法石の基本的な役割とかから説明しようか。そもそも空間内の物質を保管する場合、大きく2つに分けられてー」
「待って、ストップ。ちょっとたぶんそれ要らない」
「・・・そっか。ごめん」
ルイは目をすこしつぶって考える。何をどの程度説明するのかって難しい、と思う。
これがルイの先生なら、逆に簡単に分かり合えるけど。
店をやっていても思う事だ。品物や性能、その機能について全く知らない人相手に説明するのってかなり難しい。
「えーと。私たちが作るものは、グランドルが大切にするものを入れる宝箱だろう。そこには、アリエルさんのドレスを入れる。そのドレスは、魔物から採れる様々な素材で作られる」
「うんうん」
「で、加えて、グランドルは、他の品物を宝箱に入れていく可能性があるよね?」
「うん。そーだよね」
「ということは、理論は省くけど、使うのは『空』の魔法石になる」
「ふぅーん」
「もちろん、他にも命令などを加えたり、防犯や防災機能もつけるから、他の魔法石も盛り込むけどね」
「へー」
やっぱりこういう話はあまり分かってくれなさそうな気配が。
「理論は飛ばすね、ごめん。宝箱だけど、普通の木で作っても大丈夫なんだ。つまり、今回はドレスのように素材にこだわらなくてもいい」
「ふぅん?」
クラウが不思議そうだ。
「つまり。魔道具の構造部分以外は、クラウにも普通に作ってもらえる」
「え! そうなんだ!」
クラウの顔が輝いた。
ルイはその様子に楽しくなった。
「そう言えば、クラウは、ふきんとかなら、縫えるんだよね?」
「え。うん」
「宝箱の内装を、クラウに任せようか?」
「え」
「ドレスをいれるから、中に布を張る方が良い。布選びと、それを裁断して宝箱の内側に張るんだ」
「やった! うん! あれ、じゃあ外装は店長がするの?」
「外側は魔法石を組み込むから、自由度が低いんだ。でも飾る事はできるから、そこは相談して作ろう。金具で飾ると良さそうだし、一緒に金具を見に行ってもいいし」
「そっか。なぁ、宝箱にあの龍と姉さんの名前のプレート張るのも良いかもしれないよね」
お互いニコニコして顔を上気させて話し合う。楽しい。
「ドレスができるのが5か月後だから、それに間に合わせよう。5ヶ月もあれば大丈夫」
「わぁー、本当楽しみ。あ、なぁ、お姉ちゃんには先に連絡しといても良いかな? 帰るのが5か月後だって事。もう、結婚式の話もした方が良くないかな? 向こうにも予定はあるだろうしさ」
「そうか、そうだな。結婚式となると、確実に我が家の親族も参加したがるはずだから、予定は決めておいた方が良いね」
なお、グランドルに持たせた通信具は生きていたので、すでに何度かやりとり済みだ。
クラウとアリエルさんとの会話にも使ってもらえばいい。
「そっち、ものすごい金持ちだろう? あと、お姉ちゃんは多分私だけ出席するレベルの小規模を考えてると思うんだよね」
と少し迷惑そうにクラウが言った。
ルイはうろたえた。
「アリエルさんとグランドルの希望が最優先だけど・・・。私は出たい・・・」
「そんなすがるような目をされても。まぁルイ1人なら歓迎されると思うけど。1人だけだし」
「・・・どこまでの人数を許してくれるか、アリエルさんに相談して貰える?」
「うん。聞いてみる」




