飲む約束と魔道具作成
宝箱。笑顔。
目の前のクラウをルイは息を飲むように見つめた。
この人が自分の目の前にいるのは奇跡なんじゃないだろうか、とルイは思った。
ルイは、笑んだ。
「ありがとう。クラウ。うん」
話しているうちに喜びの感情がどんどん湧いてくる。
「ありがとう。明日から、取り掛かろう。きみも、手伝ってくれる?」
「うん、勿論」
この幸せがずっと続くように。
「クラウ。2階まで送るよ」
「え? 大丈夫だよ」
とクラウが笑う。
大丈夫だとは知っている。
でも万が一、この人がちょっと目を離した隙にトラブルに巻き込まれたりしないだろうかとか。こんなにルイを魅了する様子で、例えば階段で、他の人と意気投合してしまわないかだとか。不安にもなる。安全をきっちり見届けたい。
「ちょっと待って」
ルイはカギを持って来てクラウと共に正面の扉を出て施錠する。兄カルーグが取り付けた鍵だ。
そうか、鍵は中に宝物を閉じ込めるためにある。
クラウが少し不思議そうにルイの様子を見ながら、それでもやはり嬉しそうにニコニコしている。
「クラウ、お願いがあるんだけど」
「うん、なに」
「お酒を飲むのは、店の奥でだけにしてくれると、私個人が嬉しいな」
「えぇ?」
「その代わり、きみが喜ぶようなお酒を、たまに買ってあげるから」
「えー」
「だから外で安酒なんて飲まないで」
外でこんな風にならないで。自分の知らないところで酔ってしまわないで。
「んー。良い酒をおごってくれるならそれでもいいよ」
とクラウが楽しそうに笑う。
ルイは少し苦笑いした。
「きみ、本当に酔っている自覚がない?」
2階に登り、クラウが柵を開錠し、部屋への扉の鍵もあける。
その様子を、柵のところで立って見守る。
「おやすみなさい。クラウ」
「うん。おやすみ」
***
朝が来た。
ルイは、ふわぁ、と欠伸をした。
あぁ、裏の小窓からの光すら眩しい。
テーブルの上、書き出した図案にルイは目を遣る。
何だかワクワクしてしまって、クラウを見送った後、兄カルーグのくれた資料を再び読み漁りだしたら止まらず、宝箱について、素材や構造をどうするか案の書き出しにまで着手してしまった。
そうしたら、うっかり徹夜。
クラウが降りてくる時間まではまだ余裕がある。
***
入浴をすませて、ルイは朝食づくりに取り掛かる。
ちょっと手の込んだのにしようかな。でもクラウは昨日飲んだから少しさっぱりした方が良いような気がする。
作りながら、ふわぁ、とルイは欠伸をした。
駄目だ、やっぱり眠たい。
今日の仕事に差し障る。この後仮眠をとった方が良い。
ルイは徹夜をうっかりしてしまう事も多いのだけど、徹夜するとかえってその後がボロボロになって時間が減る。反省だ。
ルイは、クラウの分を取りおいて、作った料理を先に食べることにした。
クラウが来たら声をかけて仮眠に入ろう・・・。
***
「お、おはよう・・・ございます・・・」
扉を開けると、項垂れたようなクラウが立っていた。
しかし眠気が優っているルイは、あまり気にすることもなく欠伸を噛み殺し、
「おはよぅございます」
と答えた。
「あ、あの、さ。店長、昨日・・・」
クラウが何かしどろもどろになっているが、とにかく眠たいので、ルイは首をかしげてみせて、
「ごはんだよ」
と一言呟いて奥に戻る。
「えぁ」
クラウは妙な一言を上げて、大人しくいつものように正面扉を施錠し直し、ルイに続いて奥に来た。
「ごめん。徹夜して、眠くて、もう、限界なんだ」
と、ルイは言った。
「え。え、あ」
とクラウは面食らった様子だ。
「ごめん、先に食べてしまったんだ。クラウ、どうぞ。冷えてたら熱で温めて食べて。胃に優しいものって作ったけど、重たかったらごめんね・・・」
「え、あ、ううん。・・・なぁ、大丈夫か?」
ルイは、勝手に落ちてくる瞼と戦いながら言葉を紡いだ。
「ごめん、『アンティークショップ・リーリア』に行く時、鍵持って行って。外からかけてほしい。私はちょっとその間寝てるから・・・。昼になっても起きなかったら叩き起こして欲しい」
「あ、うん。分かった・・・」
「おやすみ・・・」
ルイは、テーブルの傍のベッドにボスンと倒れ込み、そのまま眠った。
***
「店長。店長。昼なんだけど」
ゆさゆさ揺すられてルイは目を覚ました。
見やれば、ちょっと困ったようなクラウが覗き込んでいる。
クラウを見るとふと笑んでしまう。
じっと見ていたら、クラウが視線を外して目を泳がせた。顔が少し赤らんだ気がする。
「おはよう」
と挨拶すると、
「おはよう。もう昼だけどさ。大丈夫? 二日酔い?」
とクラウが尋ねて来た。
ルイは意外な言葉にクスリと笑った。
「二日酔いなんてなったことないよ。ごめん、徹夜してしまって」
***
起き上って、クラウが露店で買ってきたものを昼食にする。
その席で、クラウが謝ってきた。
「昨日は迷惑をまたかけて本当にすみませんでした」
ルイはキョトンとした。
「え? 何のこと?」
「いや、酒を飲ませてもらって、なんか、絡んじゃった気がする・・・ごめん」
「・・・むしろ、ものすごく名案をくれたよ。覚えてない?」
「いいえ。覚えてるので、反省していますッ!!」
クラウが呻くように俯いた。ルイは笑った。
「大丈夫。またおいしいお酒買うから、たまに飲もうね」
クラウが情けなさそうな顔でルイを見る。
ルイは重ねて頼んだ。
「だから、お願いだから、外では飲まないで」
「うん、迷惑かけるから」
「・・・そうじゃなくて。飲むなら一緒に飲みたいと思うから」
少し勇気を出した。
クラウはルイの表情に目を見開いた。
「うん」
と頷いたクラウは、少し俯いて照れたと思う。
***
さて。開店だ。頑張ろう。
午後は、通常業務に励む時間だ。
現在の注文は、この建物の上階に住む、ジークバナードさんの紹介によるものだ。
ジークバナードさんは『音声記憶装置の簡易版』を購入し、愛用してくれているが、同じように古語の習得に悩む友人たちに自慢したところ、友人5人から同じものを買いたいと注文が来たのだ。
なお、紹介のお礼に、ジークバナードさんの『音声記憶装置の簡易版』のメンテナンスを2回分無料にさせてもらった。ちなみに感激のあまりのお礼だったけど、単純に合計175,000円の売り上げに対して、メンテナンス2回で合計60,000円分のお礼ってやり過ぎたと後で反省した。
こういう紹介の時のお礼のルールをきちんと決めたほうが良いなぁ、とは思っている。
『音声記憶装置の簡易版』の場合は、3人ご紹介で1回無料、が妥当かなぁ。うーん。
それはさておき、ルイは奥でせっせと作業に取り掛かる。
5つも同じ注文が来たから、同時並行で進めたほうが効率が良いのだろうけれど、どうしても集中して完成まで仕上げる部分は必要で、つまりその工程に入った途端、超中途半端な状態のものが4つ放置されるわけで。それもどうかなぁ・・・。テーブル、食事にも使ってるし。
というわけで、誠実に1つ1つ仕上げる方式で取り組んでいる。現在、2コ目の仕上げに入っている。
なお注文者間の公平を期すために、5つ全部揃ってから受け渡しという中、ジークバナードさんに相談して、今回は5つそれぞれ、外装にほんの少し手を加えた。
何の事はない、注文者の名前を、知り合いの金具職人にプレートに刻んでもらい、それを魔道具の外装に張り付けるだけ。とはいえルイ個人としてはけっこう嬉しい仕様だと思う。それに、同じものが5つもあったら誰が誰のか分からないだろうし。
ちなみにプレート1つに1,000エラかかった。とはいえ魔道具の値段は据え置き。先に35,000エラで注文を受けたからだ。
さて、ルイは奥で、2コ目の動作確認をしている。手際も良くなってきた。
『音声記憶装置の簡易版』は相変わらず音が小さいままだが、すぐ傍で聞くからこれで良いそうだ。
とはいえ、いつか音量調節できる機能をつけたいなぁ。でも高額にはなりそう。
時間があったら研究したいけど、今は宝箱制作も進めたい。やりたいことが多くて困ってきた。うまく計画を立てて進めないと混乱しそうだ。
などと考えつつ、動作に問題ない事を確認したルイは、外装となる木枠にプレートを留めつけ、それからしっかりと内部を外装で覆って固定した。
その状態で、さらに動作確認。
魔道具は組み立てるのにも時間がかかるが、動作確認にも時間がかかる。
「店長。すみませーん。『製氷機』は作れますかー」
しきりの扉が開いて、店側からクラウが大きな声で尋ねてきた。丁寧語なのは、店内に客がいるからだ。
「えっと。そっち行きますー」
作ることはできる。
問題は、注文が立て込んでいて、着手が随分先になるという事だ。
そして、どうして『製氷機』なんだ。冷凍庫じゃ駄目なのか?
希望によっては新作になるから試行錯誤の時間も要る。
ルイは、奥での作業を一時停止して、店側に移動した。
背の低い中年女性がルイを見ている。
「店で、小さい箱で氷を作りたいのよ。フルーツを盛って出すの」
「なるほど・・・。あの、確認させていただきたいのですが、冷凍庫ではなく、製氷機、氷に特化したものをご希望なのですね?」
「そうなの。氷だけ欲しいの。その分小さくなるでしょ、安くなると思って」
「確かに、小さい方が安価でできる事が多いです。ちなみに、製氷スピードのご希望はどのぐらいですか?」
「1日、2日ぐらいかな」
だったら、冷凍庫の簡易版という認識で問題なさそうだ。
「そうでしたか。ご来店本当にありがとうございます。ただ、注文が立て込んでいて、順番に作っている状態なんです。随分お待たせしてしまう事になります。大丈夫でしょうか。クラウ、納期予定は?」
クラウがすでにカウンターの下で、店の注文状況や納期予定を書き込んだ紙束を調べている。
「3ヶ月先になりますね」
とクラウが申し訳なさそうに答えた。
ルイは中年女性に眉を下げた。
「本当に申し訳ありません。お役に立ちたいと願うのですが、3ヶ月先までお待ちいただかないといけません。魔道具は小さくても作るのに時間がかかるので・・・。お待ちいただくことはできますか? どうされますか?」
「待った分、安くしてくれるの?」
「いいえ、他の方も同じように待ってくださっておりますので、納期が先になる事からの値下げは行っておりません」
中年女性は不満げに顔をしかめたが、店内をぐるりと見回して、肩を落とした。
「仕方ない。そういうの作ってくれるの、他のところでもないもんね。えっと、3ヶ月先として、値段はどれぐらい? 知り合いが『冷凍庫』を使ってて、それは月々払いって言ってるんだけど、一括だといくら?」
「大きさによってお値段が変わるのと、氷を専門にするので新作になりますから・・・。まず、サイズは小さいものとおっしゃいましたが、どのぐらいのものを?」
***
結局、中年女性は、小さいけれどそれなりの大きさのサイズを希望していた。とはいえ、確かに冷凍庫としてよく出ている大きさに比べればぐんと小さい。
氷専用で対象がハッキリ決まっているし、サイズも小さいし、なんだかんだ3ヶ月も待ってくれる事を考慮し、35,000エラで、と告げたところ、注文が決まった。
製氷機自体は初の取り組みだから試行錯誤はする。より良い組み合わせを探るためだ。だから小さくとも手間はかかるが、まぁ良い。技術と時間がかかるが、素材自体は35,000エラでも十分だ。氷の商売がうまく行けば追加依頼したいという話でもあるし。
値段に満足して中年女性は喜んでくれた。良かった良かった。
女性が帰っていって、クラウがカウンターの上に出した予定表に書き込みつつ、
「店長、なんか予定本当にビッシリだなぁ」
と感心したように呟いた。




