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ルイの憂鬱

ルイは、サインをした。


互いに立ち上がり、握手する。

「それでは、私どもにお任せください。月に1度、進捗をご説明させていただきますので」

「最高のものを期待します。どうぞよろしく」

ルイの言葉に、店長が「かしこまりました」と笑む。


クラウと共に、ルイはその場を出た。


***


「はぁ・・・」

自分の店に戻ってため息をついてしまったルイに、クラウが気づいた。


「順調に手配できたんだから。あとは完成を待つだけだろ?」

「うん・・・」


***


1ヶ月ほど前、兄カルーグが、色々支援を持って来てくれた。

結果、素材を厳選すればドレスでも高い耐久性があると分かり、ルイとクラウは贈り物をドレスに絞った。


金属工芸ギルド、役所、それから知り合いに尋ねて、ドレスを作り得る工房を調べた。

このグラオンではなく、他の町の工房が優秀だと知った。ルイの知り合いの金具職人に紹介してもらった。

ルイたちの方が客になるからと、向こう側がグラオンにまでサンプルを持って来てくれる事に。


一方、グランドルとアリエルを訪れていた兄のカルーグがまた立ち寄ってくれて、

「ドレスにするなら必要だろうと借りてきた」

と、アリエルの服1着を渡してくれた。

なお、グランドルにはドレスを作ろうと思っているという話はしてしまったが、アリエルには、ドレスとは言わず、服を贈りたいと思っているらしい、という程度で留めたそうだ。

加えて、結婚式はやはりクラウの帰郷を待ってから行うつもりのようだとも教えてくれた。


頼れる兄にルイは大感謝した。良い笑顔で兄はトリアナに戻っていった。


寸法の参考になる服も入手できたし、やはりドレスだ、とルイたちは決意した。


グラオンに来てくれた工房の人に会い、サンプルも見せてもらう。

この人は信用できる、とルイもクラウも判断した。


そして、先ほど。

ルイたちは、契約を完了させたのだ。


花嫁のためのドレス。デザインも案を数パターンもらい、相談して決めた。

加えて高い耐久性を求め、特殊な魔物の素材から作られる。羽毛や、繊維。


なお、大きな工房だから、金を積みさえすればどのような素材でも入手できるそうだ。


余談だが、ルイが育てている魔物『銀』の綿も使えないかと持って行ったが、やんわりと断られてしまった。

たしかに極上の綿だが、ドレスには向いていないらしい。地味にルイは項垂れた。


もう、あとは待つだけ。素材を求めて魔物を探しに行く必要もない。

ルイとクラウの手を、離れてしまった。


***


ルイの店は順調に回っている。

なお、カルーグの初回訪問時に、すでに正式な店員に移行していたクラウも変わらず手伝っていてくれる。

『アンティークショップ・リーリア』が、「将来の憂いを少しでも減らしたいので」という理由で熱の魔法石の買取を5つに希望してきたから、忙しい現在、とりあえずルイが『熱』の魔法石を握る事で増加分の魔法石に魔力を溜めて売る。

増えた2個分、毎日の売り上げは単純にアップしている。


そんな状況にいながら、ルイの気分は晴れない。


ルイは素直に不満を口にした。

「私が、何か作りたかったな・・・」


少しの沈黙の後、クラウが慰めの言葉をかけた。

「仕方ないよ。できる事はもうやったんだからさ。・・・それに、プロに任せるのが一番いいって店長も言っただろ」

「うん」


魔道具ならルイは作れるけれど、ドレスなんて作れない。宝飾品でも作れなかった。

素人が作ったものでもグランドルたちは喜んでくれると思うけれど、必ず耐久性に甘さが出る。

長く遺そうと考えるなら、その道のプロに頼むのが一番だった。


「どーすんの。私は店番するけど、店長はどっか外出する?」

クラウは最近自分を『私』と言う。女性の声で接客して、『俺』に違和感が出るかららしい。


「・・・買い物に行ってこようかなぁ」

気晴らしに。グランドルとアリエルへの贈り物に費やす予定だった時間が明日から空くのだから、少しブラブラしても全く問題ない。


「じゃあさ、あのお気に入りの瓶詰の店にでも行ってきたら? あそこのソース美味しいから晩御飯それで作ってよ」

「うーん。いや、ごめん。買い物に行かずに、今日は料理で大作を作るよ」


***


クラウに店側を任せて、ルイは黙々と料理に取り掛かる。


5日前に買っておいた鶏肉を取り出す。食料保管庫に入れているから鮮度は問題ない。大量に切る。

バートンさんから買った野菜も大量に。

ソースを作ろう。粉と香辛料と調味料を盛り込んで、黙々と練り込む。

スープはクラウが一昨日大量に作ったのがまだ残っている。

グラタンを作ろう。ということは、マカロニを・・・。


***


手間をかけた夜食を、

「ものすごい旨い」

とクラウが喜んでくれた。


「ありがとう。自分でも良くできたと思う」

とルイは頷いた。


「気分は晴れた?」

「・・・うん」

ルイの様子に、クラウが仕方なさそうに笑った。


「お酒、少し飲もうかな」

とルイが呟くと、クラウが驚きの声を上げた。

「え! 嘘! 飲むのか!?」


「・・・飲んではいけないのか?」

「いやだって、14だから酒飲まないって言ったじゃないか!」


「儀礼の時や祝日には飲む。今日は特別な日だから。自国から持ってきた節季酒がある」

「節季酒」

クラウの目が輝いた。


***


ちなみに。ルイの家系は、酒に強い。


だから平日は酒など飲まない。多少の事では酔わないので、飲んでも勿体ないだけだ。だったら水でも飲んでろという話。


「とはいえ、酔わないからといって飲まないわけでもない」

クィ、とルイが、これまた取りおいていた美しいグラスから酒を飲む。

なお、節季酒は作る季節が非常に限定されるので、数が少ない。口当たりサッパリとしながら口内に芳る余韻を楽しめる味わいが人気の酒。つまりかなり高級品。

なお、酒につけられた名前の影響で、何かの節目に好まれる。祝いにも、意識を大きく切り替える時にも。


「初めて飲んだ~うまい~」

とクラウがニコニコしている。

ルイは真面目に注意した。

「クラウ、きみ酒に酔うととんでもない事しそうだから自制してよね。あと飲みやすい酒だけど結構強いから油断しないで」


「はははー」

笑うクラウにルイは少し冷たい目を向けた。

たった1杯でもう酔っているのか。

ある意味羨ましい。


まぁいいや。

酔っ払い相手に話をしてみよう。きっと大切な事は忘れてしまっているからそれで良い。

自分は単に愚痴りたいだけなのだし。


「ねぇ、クラウ。私は、自分の手で、贈る品を作りたかった。グランドルに、きみの大切な人のために、作ったんだよって、言いたかったよ」

言っているうちに拗ねてしまう。


「にゃはは、そうだよねぇ」

変な笑い方をしながら、クラウが酒の入ったグラスを片手でぶら下げるように持ちつつ、頬杖をついて笑う。

以前も思ったけど、やっぱりクラウには酒を飲ませない方が良い気がする。


「でも仕方ないじゃんー。店長、言っとくけどさ、私の方が何もしてない。ドレスなんて縫えない。簡単なフキンとかさ、生活用具なら作れるのに。ドレスなんて作れないよ」

とクラウは言った。

「店長より、私の方が何もしていない。私はただ、店長について回っただけだ」


少し寂しそうな様子に見えて、ルイは尋ねた。

「・・・クラウも、自分で作りたいと、思ってた?」

「うん。そりゃまあね。普通そうじゃないか」


「・・・そうだね」

「やるだけの事はやったよ。何がベストか調べてさ、決めてさ。専門の人たちを頼ってさ。頼んだ」


ルイは気づいた。

クラウだって同じだったんだと。

だとすれば、クラウの方が寂しいのかもしれない。ルイよりも蚊帳の外だった。


「・・・仕方ないね」

とルイは呟いた。


同意の声が返る事を期待したのに、無言だった。

ルイはクラウを見やった。まさかもう眠りこけてないよな?


見やったクラウは、グラスの中の酒を眺めていた。

ジィと眺めているくせに、どこかぼんやりして見える。

不覚にもルイはその様子にドキリとした。


自分がクラウを女性として気にしている事は自覚している。

以前に兄カルーグがクラウと意気投合した。ルイには入れない話題で二人で楽しそうだった。

その様子に、仲間に入れない事を悔しく思った。

そして、気づいたのだ。クラウが兄に心を寄せるのではと自分が不安に思ったことを。


自覚して1ヶ月経った今、ルイは自覚前より自分の言動に注意を払っている。

店長と店員の立場を利用して、クラウを束縛してはいけないと思う。


とはいえ、贈り物について話し合う事が多かったので、自覚から1ヶ月経過した今はあまり変な動揺などせず過ごせているが。


今、ぼんやりと酒を眺めていたクラウは、ルイが無言になったのに気付いて、ふと視線を寄越した。

それから、少し首をかしげて笑んだ。

頬杖をくずして、そのまま机の上に伏せながら、ルイを見る。


「・・・きみ、上で寝てきたら」

ルイは見ていられなくて目をそらせてそう告げた。


ガタン、とクラウが椅子から立ち上がる音がした。カプリ、と残った酒を飲み干す音がして、カタン、とテーブルの上にグラスが置かれる。

「うん。そうだな。もう寝てこよう。おやすみ店長」


「・・・おやすみなさい」


***


クラウが2階に行くために、正面扉から出て行った。ルイが内から鍵をかける。

兄カルーグがつけてくれた厳重な鍵だ。


それから、ルイは軽くため息をついた。

「お酒飲ますの本当に止めよう・・・」

男のふるまいを続けるくせに、女性に急に戻るの止めて欲しい。

向こうはルイの事など全く意識していないくせに。


「仕方ない。『銀』、お酒に付き合ってくれる?」

ルイは、魔物の『銀』を入れているガラスケースに話しかけた。

とはいえ答えが返るものではない。

ふっと笑って、一人で飲む。


記念するべき時が来たら飲もうと思って、自国から持ってきた酒。


今日は祝いの日。そうだ。ちゃんと手配した。これで、良かったんだ・・・。


***


ドン、ドンドンドン! ガチャガチャガチャ!


「店長! 店長!」


2階に行ったはずのクラウの声だ。施錠した扉を開けようとしている。

常ならぬ様子に、ルイの心臓が飛び跳ねた。

「どうした!?」

急いで開錠して、扉を開ける。

クラウが一人、立っている。


「店長! これ!」

クラウが、ルイに、重厚なデザインの鍵を見せた。


兄カルーグが取り替えてくれた2階の鍵だろう?

意味を掴み兼ねたルイに構わず、クラウは、ルイに近寄り力強く腕を掴んだ。


えっ!? 何!?

というか、握力強すぎるだろう!!


「店長! 鍵、立派な鍵! 中に店長!」

とクラウが訴えてきた。


意味が掴めない。完全に酔ってる!


「クラウ! 水を飲め! 痛い痛い! 痣になる!」

「店長。良いか、聞いて」


ルイの言葉に全く耳を貸さないクラウは、さらにルイに詰め寄った。

すぐそこにクラウの目が迫る。

触れてしまいそうだ。

何よりも気迫に、ルイは言葉を飲み込んだ。


「良いものは、良い宝箱に入っている」


え、何の話だ。


「この世にあるのは、良い宝箱と悪い宝箱」

酔っ払いの戯言。

とはいえルイは動けない。


頼むから。私はきみが好きなんだぞ。そんなに近づくな。顔が近すぎる。


「良い宝箱は、中に良いものが入っている宝箱。どうしてだ?」


なんだそれ。クイズ?


「答えはね、良い宝箱は、中身を正しく保管してる。悪い宝箱は保管できてない。だからダメ。誰かがせっかく開錠しても中身はボロボロ。どんなにすごい名品でも」


クラウが、笑んだ。

「酔ってると思ってるだろう。私は記憶が飛んだことはないよ。ねぇ、贈り物の話だよ。ドレスの、箱。入れ物が要るよ。ずっとずっと中身を守る、極上の保管箱」


まるで歌うように楽しく告げられる。

ルイは驚きに目を見開いた。


「店長。最高級の宝箱を、作ってよ。ずっとずっと中身をちゃんと守るんだ」

クラウがいつもになく、ニヘラ、と崩れた笑みを見せた。

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