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絶対に魔道具売って生計を立てる  作者: 天川ひつじ
第2章 つながり
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バートンの教え

「何だって!? この小僧いい加減にしなよ!」

「ちょっ・・・! バートンさん! 声を落として! あっちにクラウがいるんですから!」

「何言ってんだいこのカッコつけが。いいかい、よくよく道理ってものを考えな!」


今日は、クラウの1ヶ月の弁償期間中に初めてやってきた、バートンへの家賃支払い日だ。

店の内情の話になるからと、ルイはクラウには店側にいっていてもらうように頼んでいる。


そして、近況を話していたら、バートンに怒られた。


***


バァン!

バートンが店側へのしきりの扉を乱暴に開いた。

「ちょっと! 扉が壊れたら弁償してくださいよ!」

「小さい事言ってんじゃないよルイ!」

「当たり前の事だ!!」

「ボロ儲けしてるくせに小さい男だねぇ」

「小さい小さいと言うな!」


奥側から出てきたバートンとルイに、クラウが驚いて目を丸くしている。

クラウが驚きのままに、ルイに視線で『どうした』と問いかけた、のを、バートンが見て取って褒めた。

「見てごらんルイ! なーんてできた店員だこと! 不要な口を挟まないで、視線だけで問いかけるなんて上級者だよ!」

「バートンさん! 話の続きは奥で静かに聞きます!」

「クラウー、あんたについて話そう、奥に来な!」

クラウがバートンの呼びかけに戸惑っている。当たり前だ。


バートンが、クラウが待機していた壁に荷物が置かれているのに目を留めた。そしてぐるっと床を見回した。

「おい、ルイ」

「なんですか」

「あんた、この子の寝床はどこなんだい」

「え」

「ここですが?」

と、クラウが首をかしげて荷物を指した。


「おぉい、ルイ」

「はい」

「どういうことだい。噂ではこの子は女の子だと思うんだけどねぇ。まさか床にゴロ寝なのかい」

ルイの顔が引きつった。


ルイは先ほどから、クラウを1ヶ月弁償期間で無償で働かせている事を怒られている。

聖剣についてあまり広めたくないルイは、『切れ味の良い剣』という表現で、店も壊され、自分も切り殺されそうだったと反論したのだが、壁の亀裂の位置を確認したバートンに、『そんな場所が切れてんのにこっちに座ってるルイが切られるはずがないだろう』と信じてくれない。

ルイが魔法石で結界を張ったという部分は正直切り札的に秘密にしておきたいので、そこを伏せて話すからなおさらだ。


つまりバートンにとっては、『ボロ儲けしているくせにテーブルと壁がちょっと壊れた程度で1ヶ月も無償奉仕させる鬼畜野郎』がルイなのだ。労働時間はその人の貴重な財産なのである。ごもっとも。


ちなみにこのバートンの怒りには、クラウが、外見はまるっきり男だが、来客たちから『声があれは間違いなく女の子だよ。明るいし親切で良い店員だ』と噂されているらしいのも影響している。

バートンの中で、健気に働く女性店員に対して、ルイは十分に保証も給料も払ってやらない悪人店主と成り下がっているのだ。

ちなみにボロ儲けと言われるのも心外だ。


とにかく今の状態で、クラウが未だに荷物を枕にして眠っているというのは問題があった。


クラウがそれで良いって言ったんだぞ!

という悲鳴のような主張は、言っても鼻で笑われバートンに冷たくこき下ろされるだけであろう。


クラウの方が、やはり不思議そうに答えた。

「いや、俺はこれで十分なんだけど。外より全然良い」

「ルイッ! この馬鹿がっ!」

「痛っ!」

パーン、と、バートンがルイの頭を叩き下ろした。

結界作成具をすり抜けて一体何してくれるんだこの人! 危害と分類されなかったらしい。確かに『危害』には分類できない程度である。


「いいかい、女は身体を冷やすと毒なんだ。アンタは何だい、奥でふわふわのベッドで眠りこけやがって」

「言っとくけどここは私の店です」

「店員を床でごろ寝させといてシラッと言うセリフじゃないね」

「彼女がそれで問題ないって」

「そこをちゃんと考えてやるのが店主ってもんだろ!」

バートンがルイの胸倉を掴んできた。

えぇ? 嫌だなぁ。

老人にガクガクと胸倉を掴んで揺さぶられる状況に、ルイは現実逃避したくなった。


「いいかいルイ。この先もいてもらおうと思うなら、福利厚生は気をつけなよ」

「福利厚生」

復唱するルイに、クラウの方が、

「あぁ」

と声を上げた。

ルイとバートンが目をやると、納得したようにクラウが頷いている。

「知ってる。俺の店も昔、店員さん何人も雇ってたんだ。住み込みの人もいてさ。長くいてもらいたいから大事にしなきゃと、両親が言ってた。家族に近い」


「ほらごらん」

バートンがグラグラゆさゆさと揺さぶりを再開した。

「足がついているとはいえ、結構苦しいので止めてもらえますか?」

「うるさいね。ちゃんと聞きな。聞いたかい、店員の方が分かってんじゃないか。逃げられるよ、ルイ、良いのかい」

「それは嫌です」

「なら聞きな」


クラウが苦笑ながらも楽しそうに見やっている。

ルイは眉を下げた。きみの話でこうなっているんだけど。


クラウに視線を送っていると、視線の間にズイとバートンが割り込んできた。

「いいかい、ルイ。アタシはアンタを思って助言してやってんだよ、じょ、げ、ん!」

「助言。いつもありがとうございます。助かっています」

それは本当の事だ。感謝している。この話になる前に、品物の分割払いについてもアドバイスを貰えたし。


「いいかい、店主たるもの、店員にとって居心地よい空間を提供するのが努めってもんさ。でなきゃ、皆幸せになれないだろう。店主だけが甘い汁吸ってたらいつか足元すくわれるよ。しかもアンタの全く気付いていないところで、ボロッボロに、だ」

「あー。それは本当に嫌です。気を付けます」

「とりあえず何をする」

「そうですねー。クラウと話をします」

「よし、クラウ、一緒に話をしよう」

手を止めてニコリと振り返ったバートンに対して、やはりクラウはどこか苦笑して困っている。ルイに『どうすりゃいいんだ』と視線で問いかけている気がする。


「とりあえずバートンさん、お帰りいただけませんか。そろそろ遅くなっちゃいますよ」

「ケッ。あ。そうだ、そうだそうだ、ルイ。名案だ」

「なんですか?」

「この上、2つの空き部屋がある。あんた、そのうちのどこか、店員のために借りてやりな」

「空き部屋」

バートンに対して多用されるルイの復唱に、クラウの方が慌てた。


「あの、話の途中割り込んですまないけどさ、俺、部屋借りてもらうなんて良いよ、そんなに長くいる気もないしさ!」

その発言に、ルイの身体がビクッと無意識に動いた。


バートンが顔をしかめてルイを見やった。

「ほらご覧。大切に扱わないとこうなるんだ。反省しな」


「待ー・・・」

ルイは言いかけて、目を少し泳がせてからバートンに至った。

バートンが憐れむような目で見ている。いつもこの人は口は悪いけれど、親身にルイに助言もくれる人なのだ。

「部屋・・・」

「2つある。ちょっとずつ違いはあるから見れば良い」

「いや、俺、本当にここで良いし!」


ルイはクラウを見た。困ってしまった。

クラウも困っている。

「いや、本当に良いって」


バートンが、自分の服や鞄をゴソゴソかき回してから、

「今日は持ってきていないから、明日露店に来な。2つとも鍵貸してやるから、ルイ、見て来な」

と指示を出した。

「はい」

頷くルイに対し、クラウがますます困惑している。


ルイは少し落ち込みながらクラウに言った。

「今まで女性を床に放置しており申し訳ありません」

「うわ、なにその言葉遣い」

クラウが気持ち悪そうに身を引いている。


「明日、部屋を見て借りるか検討します。良かったら一緒に」

「えー、だから俺は本当にここで良いって」


「いえ。・・・曲りなりにも店主なのに、至らずで申し訳ありません」

クラウの開いた口がしばらくふさがらない。

それから困ったようにルイとバートンを見やって、

「借りないって言うのもありですよね?」

とバートンに尋ねた。


「もちろんさ。でも、アタシはルイと商売をするから、決めるのはルイだよ。店員として従うかは店主と話し合って仲良く決めとくれ。でもアンタ、借りてもらえばいい。若い娘が、小僧と言えどカギのない扉挟んで寝てるってのもどうかと思うし、何より本気で冷えちまうよ」

「はぁ・・・。ただ、贅沢になれると戻れないんで、これで良いんだけどな・・・」

クラウがやっぱり困った顔で、バートンとルイを見つめていた。


バートンがルイを見上げて、ちょっと鼻で笑ってルイをひじで突いた。

「しっかりしなよルイ」

「はい」

結構かなり、しょんぼりとした。


1ヶ月過ぎてもいてくれるって、期待してるのに。


***


バートンが帰ってから、心底落ち込むように反省しているルイに付き合って、クラウが困ったように奥のテーブルを挟んで座っている。

「えーと」

「あのさぁ。ルイ、でいいかな」

クラウが名前を呼んだので、ルイはふと目を上げてから頷いた。

クラウが落ち込みを見て取ってまた苦笑している。


「あの人さぁ、結構言いたい事言ってたけど、ここはあんたの店なんだから、あんたが決めればいい。店主なんだからさ、ルイ、あんたが」

「・・・。でも、きちんと考えていなかったのも事実だから」

「よくそんな考えで今まで無事店を続けてたなぁ」

クラウの声に、ルイは顔を上げる。


「そんなんだったら、あんたの店なのに、誰かに良いように乗っ取られるぞ。この店、売り上げちゃんとあるだろ。目をつけて甘い汁を吸おうってやつも世の中にはいろいろいるんだからさ。気をつけなよ」

ルイを思っての優しい言葉なのだとルイは思う。


「特に商売うまく行ってる人とか、老人とかさ、自分の意見が正しいって押し付けてくるところあるじゃないか。勿論正論はたくさんあるけど、でも時代と状況にあってない事言う人も多いと思うんだ」

少し考えながら言うのは、クラウたちの店が、そんな状況になったことがあるからなんだろうか。


「結局さ、決めるのはルイ、あんただろ。あんたはまだ一人で店やってるから、自分で決断したらさ、自分に答えが全部返ってくる。それで良いと思うよ。せっかく店主なのに誰かの言いなりなんて、面白くないじゃないか」

「・・・ありがとう」

ルイを思ってのアドバイスに、ルイは素直に感謝を伝えた。


それで、やはりこの人は得難い人だと再認識する。

彼女自身の店は失敗中ではあるけれど、彼女はルイよりよほど多くの事を知っている。


「きみの言葉も今貰って、改めて強く思うのは、やはりきみにはできれば店にいて欲しいということだ」

ルイが静かに目を伏せて話し、それから目を開けて見つめると、クラウは驚いたようだった。

「そ、そっか。光栄だ」


「それで。1ヶ月間は、弁償期間だ。それは約束で変える気はない。でもその後も、きみは、少しはいてくれるんだろう? グランドルたちに渡す品ができるまでは、せめて」

「・・・そうだな。漠然としてるけど」


「・・・ごめん、気づいてなくて発想もなかったんだ。給料を、決めたいと思う。きみは、どのぐらいの給料なら、この店にいてくれる?」

クラウは驚いて、少し身を乗り出した。

「ちょっと。私がいる分、姉さんたちのお祝いの品にするって話だったろ。そんな、良いよ。絶対代金の方が高いよ」

ルイは首を横に振った。

「どのぐらいの費用になるか分からない。それに、私ときみと2分割と考えない方が良いと思った」

「え、どういう意味」

「この案は、実家に知らせる。間違いなく、実家もその品に金を出すと言ってくる」

「え?」

「嫌か? だが、私の家は、代々グランドルと親しくて、その、皆が祝いたいんだ。結婚式だって、知らせないわけないはいかなくて、知らせたら絶対厳選してでも人を送り込んでくる」


クラウがまじまじと、ルイの様子を見つめて観察していた。

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