バートンからの依頼
バートンは、慣れた様子で店内に入り、奥の場所にルイを連れて座った。
「いつもの2つ」
とルイの分まで注文している。
ルイは、店員が去ってから、バートンに尋ねた。
「郊外の家の依頼を受けた場合、どうなるのですか」
「まず3ヶ月、30,000エラで構わない」
じっとルイの様子を見つめてくるバートンの様子に、ルイも緊張してじっと見る。
「身元保証金は、10,000エラにまけよう。本当は100,000エラ以上が相場だよ、覚えときな。3ヶ月間にその後を細かく決める。アンタの言った魔道具にも興味はある。けど、現物が無いなら決めるには時間が必要だ」
「分かりました」
「3ヶ月過ぎたら出て行ってもらう事になるかもしれない。話し合い次第だ。それで良いなら、まずは今回の仕事を受けてほしい。受けてくれるなら、今日からあそこに住んでいい。家賃も、1か月目は後払いで構わないよ」
「なるほど・・・」
ルイは呟いて考えた。悪い話では無いと思う。前向きに検討したいが。
「では、噂の家について、正しく教えてほしいです。中に誰かが住んでいるという事ですか?」
「ハッキリしないんだけどね。勝手に誰かが隠れて住みついている可能性があってね」
バートンがため息をついた。
「ルイ、受けてくれるかい?」
「まだ何とも。どうも危険な雰囲気があるので、もう少し詳しくを」
「危険と分かるのかい?」
「いえ、あなたがそんなに行くのを躊躇われるのは妙だなと思うだけです」
「なるほどねぇ」
バートンがルイをじぃと眺めて少し無言になった。
その間に、頼んだ食事が運ばれてきた。焼き魚料理とサラダにスープとパンだった。日替わりメニューのようだ。
「食べながらにしよう」
「はい」
「言っとくが、おごりじゃないよ。そうだ、今日の紹介料さっさと出しな」
「今ですか?」
「今でないと忘れて帰ったら困るからね」
「はい」
ルイはバートンにコインを渡した。バートンは机でそれをカツカツ鳴らしてじっと見つめてから、鞄にしまった。
「お尋ねしたいのですが、偽造コインが出回っているのですね? どうやって真偽を見ているのですか?」
「偽物にも色々ある。簡単に曲がったり、こすったら違う色が出てきたりね。まぁ本物に比べて粗雑だ。模様が違ったり。忌々しいって言ったら無い。バタバタしてる中でパッと受け取っちまったりするからね」
「なるほど・・・」
見分ける魔道具も作りたいな、とルイは思う。真偽の見分け方について、バートンに色々教えてもらえたら作れそうな気がする。
「では、その、ご依頼の仕事について、もう少しお伺いしたいです。いつ、いつ頃、見に行って欲しいのか。それから、やはり怪しい者が中にいそうだという事で宜しいでしょうか?」
「明日・・・そうだね、朝の方が良いかもしれないね。どうもね、怪しいのがあの建物を使ってる気がするんだけど、近隣の人たちの勘違いという可能性もある。とはいえ、勝手に入ってる形跡はあるらしい」
「どうして騎士というか、そのような存在に頼まないのですか?」
「頼むほどの確証がないんだよ。そんな上の存在を動かしといて、『勘違いでした』じゃ済まないよ。近所の悪ガキっていう話もあるし」
バートンのため息に、そういうものなのか、とルイは思った。
「でももし、悪いのが入り込んでいたとしたら、こっちがつかまって殺されると思うと怖くてね。だから行くなら用心していっておくれ。何かあったら走って逃げな。ハッキリわかったら、自警団に依頼できるからね」
「なるほど。分かりました」
「本当は、1人でなくて他にも連れがいると良いんだがねぇ」
とルイを見て残念そうに言ったが、バートンにも分かるように、ルイは一人旅で連れなどいない。
「危険があるかもしれないと思うと、知り合いにも頼み辛くてね。なまじ遠いし、元気なのは働いているし、そうじゃないのはあんなところまで行けないからね。昨日は悪かったよ。アンタは見るからに荷物抱えた旅人だから、見つかったとしても警戒も弱いだろうと思っちまってね。中に入るわけでもないし」
その言葉にルイはため息をついた。全く、危ない橋を知らないうちに渡らされるところだった。油断ならない。
それでもこれが安さの条件なら嬉しい提案だと思う。
「分かりました。お受けします」
「ありがとうよ」
ルイの言葉に、バートンが何度も頷いた。
「とにかく、何もないかもしれないが、危険があるかもしれないってことは、注意しておくれ」
「はい」
こうして、ルイの仕事と、ルイの店の場所が決まった。とりあえず、3ヶ月間。
ルイは、バートンから、あの店の鍵を受け取った。ついでに郊外の家の鍵も。
正式な手続きは、明日この店に、夕食をとりながらここで書類など書くことになった。
役所手続きはバートンが行うそうである。
***
夕食も終わり、バートンと別れたルイは、借りることになった店舗に向かう。
辿り着いた店の扉を、貰ったばかりのカギであける。カチン、という石を当てたような音がした。
ノブをひっぱると、ギィイ、と木製扉の軋んで開く音がする。
その音だけで嬉しくなった。
店内に入る。扉を引いてしめて、今度はカチリ、とネジを回すようにカギを閉める。それから、内部用のカギがあるので、それも閉めた。
すっかり日も落ちた夜の時間帯。
通りに面した、下半分が覆われた大きな窓からは、通りを挟んだ向こう側の建物からの灯りが見える。
ルイは店内を奥に歩く。時々、落ちている木くずを踏みつけるから、カサリ、パチリ、とわずかな音が鳴る。
奥にいくと窓が無くて真っ暗だ。よく目を凝らす。カウンターがある。両横は途切れているから左側からカウンターを超えて奥に向かう。
静まり返っている。あまりに暗いので、ルイは荷物から手探りで小さな灯りを取り出した。魔道具だが、これは既製品である。
ポゥ、と小さく照らし出し、少し強める。
ルイは灯りで確認しながら、裏口にまで至った。
内部からカギがかかっているのを、横にスライドさせて開錠する。2か所だ。
扉を押す。あれ、開かない。何度か押してから、今度は引く。キィィ、と音が出て、扉が開いた。
ルイは裏口から一歩出た。
足元、何かが驚いて逃げていった。小さな動物のようだ。どうも扉の向こうで休んでいたらしい。悪い事をした。
ルイは当たりを見回した。後ろの道にこちらから出ることができる。後ろの道はやや狭い。
それから、ここは階段の下側にあたるので、少しゴミが溜まりやすい場所のようだ。花でも置くかな。
ルイは一度扉から外に出てみた。静かな場所だ。もう夜も遅いのだろうが。けれどさびれたようには思えない。町がきちんと手入れされているような安心感があった。
ルイは嬉しくて少し見回して、己の店となる建物の壁を見た。
あれ。窓があるぞ。
ルイは驚いて近寄った。明かりも近づける。
窓枠がある。いや、窓がある。どうやら、中から塞いでいたようだ。
ルイはもう一度周囲の様子を眺めてみてから、裏口から店舗に戻り、静かに施錠した。
内部から、灯りで窓があった位置を照らす。
やはり、奥にも2つ、窓がついていた。どういう理由か知らないが、丁寧に窓枠に板をはめて壁に変えていたようだ。
まぁ良い、裏側にも1つぐらい小さな窓があった方が便利かもしれない。
簡単な炊事場と、トイレもついている。残念ながら風呂はついていない。
まぁ店だから無くて仕方ない。風呂はどこかに通えば良い。それに、魔道具で何か作れそうだから。
ルイは満足した。
一人で暗い室内でニコリと笑み、荷物を降ろす。
簡易テントを展開する。
それから、自国で捕まえて、このグラオンに到着してからというもの、毎朝フワッとした白い綿を吐き出している魔物を入れているガラス箱を取り出した。
「おい。やっと店が決まった。お前も長旅お疲れ様」
嬉しくて、つい魔物にルイは語り掛ける。冷静になればおかしいヤツだと思うけれど。
「名前をつけようかな。そうだ、店にも名前をつけるらしいんだ。店の名前はどうしようか」
魔物相手にルイは笑う。
それから少し考えて、
「お前は、『銀』という名前でどうだ」
と聞いてみた。
ただの銀色のまるいモワモワとした形状の魔物は、何のリアクションも起こさなかった。
「じゃあそういうことで。おやすみ、銀」
ルイは眠る事にした。
***
翌朝、早朝にルイは起きた。
枕元に置いたガラス箱のなかで、銀がふわりと白い綿を吐いているところだった。
「おはよう」
ルイは、生み出されたばかりの綿を回収して、代わりに水滴を銀のモワモワした体に落としてやった。これがエサである。
今日から、荷物を置いていける。
銀が綿を作る条件は、エサとして水と光を与え続ける事だ。
ルイは、銀の入っているガラス箱を、正面に残されている据え付け棚の日当たりのいい場所に置くことにした。
・・・うーん。だが、通りから丸見えか。
これではまるで、この魔物を売っているように思われるような気がする。
少し思案したので、ルイは奥の方に移動して、隠してあった窓のうち、扉から遠い方の板を少しずらすことにした。
と思ったら、『少しずらす』という調整は無理だったので、全部外れた。まぁ良いか。
光の当たる位置に、銀を置いてやる。数時間当たればいいのでこれで良い。
「留守番、頼むな。結界は張っていくから」
ここに来て、結界作成具がまだ手元に複数残っていたことが幸運だと思う。
ルイは、頼まれた郊外の家を見に行くための準備を整え始めた。
もう少し時間があれば、便利な道具も作れたかもしれないが、昨晩に聞いた話で、合わせて特別に作れるものはない。魔道具だって1つ作るのに手間と時間が必要なのだから。
ルイは、結界作成具1つと、灯り、通信具、お金、魔力が溜まっている『熱』の魔法石2コ、水筒を鞄に入れていく事にした。それから預かっている鍵も忘れてはならない。
なお、防犯用として念のため他の種類の魔法石も持って良ければいいのだが、あいにく魔力がまだ溜まっていないから持って行っても仕方ない。
***
朝食を露店で食べる。今日で、グラオンについて4日目だが、少し町に慣れた気分がする。
普通に暮らしている気分がする。
ルイは満足して、頼まれた家へと足を向けた。
***
町から郊外に行くので、郊外から町へ行く人たちの多くとすれ違う。ちなみに皆徒歩だ。
ルイのように郊外に行く人も何人かいる。やはり徒歩だ。
そういえば、グラオンではあまり馬車は見ない。
もしかして、露店があちこちに出ているから馬車の方が不便なのだろうか?
それにしても、遠い。本当に、どうしてあんな場所に家を建てたのか。
うーん。
でもルイが間取りと価格に希望を持っていたように、あのような家に住みたくて、でも街中ではどうしても費用的に無理だった人が頑張って建てたのかもしれないな。
空き家になってしまったわけだけど。
黙々と歩いて、辿り着いた。
***
ルイはまず、遠目で見た。
ポツポツと家が建つ中にある、比較的新しい3階建て。
バートンの話では、誰かが隠れて住み着いているかもしれない、という事だ。
ということは、ルイもこっそりと中を伺った方が良いのだろう。
ルイはそれから魔道具について考えた。
結界作成具に、使用者の姿を認識させづらくするような効果を持たせたらいいかも。
うん。ますます犯罪に使われるとマズイ仕様になっていく。販売危険だ。
自分に欲しい機能と、販売する機能は別に分けた方が良い。
そんな事を考えつつ、ルイはそっと木の陰や建物の影を選んで歩く。
昔、兄や姉や親せきで遊んだ事を思い出した。
一時期、建物に身を潜めつつ、敵側の背中につけた紙切れを奪い合う遊びを行った。紙を奪う際に、ある程度は殴り合い蹴りあいもして良かった。実戦を兼ねていたからだ。
ただし、ルイは最年少だったので向こうからの攻撃は禁止だったが。




