SS③
①コントロール・ヒューマノイド side美鶴
②ギフテッド・オルタナティブ
①「赤い糸を切らないようにそっと手繰り寄せる」
「ロマンチックだよねぇ」
プライベートの時間。業務の合間の短い暇。給湯室に置かれていた小型テレビからは、この時間帯にやっているドラマが放送されている。ずいぶん、昔の物の再放送らしい。映像は波が立ち、色も悪い。
うっとり、と呟いたのは、双子の少女――明であった。
「運命の赤い糸。運命の人……私にもいるかなぁ?」
「おや、色恋事に興味があったんだね、君も」
感心したとでも言うように、コーヒーを片手に、宗近は笑った。もう! と彼女は憤る。
「そりゃあね! 私だって乙女だよ? ねぇ、灯?」
「俺に振るな」
双子の片割れに言えば、彼は眉を顰めた。冷たい物言い、というよりかは、そういう話は振られたくない、と言いたげだ。
確かに、軍人として立つ明達からしてみれば、明日も分からない身ではある。易々と死ぬ予定も無いけれど、民と都市を守るべく戦う軍人には、いつ予想外の火種が降ってくるかもわからないのだ。
色恋沙汰に気をやるくらいならば、と、真面目な灯は考えているのだろう。
「ふぅん、俺は結構、興味あるけどな?」
低い声が笑みを含む。灯は、ギロリ、と美鶴を睨んだ。視線は言葉を多く語っている。
すると、待ってました、とばかりに明は目を輝かせた。
「だよね! 美鶴なら分かってくれると思ってたよ!」
「恋、娯楽、愛……そういうのは大事だよなぁ。堅物の灯には分からないみたいだけど」
「愛なら分かるよ、ヒューマノイドに向ける愛……!」
「宗近は黙っていような?」
美鶴は宗近を制して、クッキーを嚙み砕いた。
艶のある長い髪は、サラリと肩を流れていく。愛らしい丸い双眸を持つ明と対照的に、細く吊り目がちな美鶴の瞳が彼女の笑顔を捉える。白い指先が、明の頬に優しく触れた。
「案外……明の運命は俺かもしれないな?」
「それはないな」
ズ、と灯がお茶を飲み干して、宣言する。
何でよ、と彼の片割れは眉尻をつり上げた。剣を握る美鶴の指は細くも固く、その感触が少しだけ明は好きだ。頬から外れた指を遊ばせる。
すると、思いついたように、明はスルリと手を離し、
「……ハッ、もしかして、灯ってば自分が美鶴の運命の相手だと思っちゃってる感じ?!」
「何でそうなるんだ!」
「それこそないだろ!」
パチン、と彼女は指を鳴らした。灯と美鶴は猛反対した。机を叩かれた衝撃で、ふわり、とクッキーが少し浮く。
「もういいよ、私の運命の相手はきっと宗近だもん! ね!」
「え、何の話?」
「聞いててよばかぁ!」
気が付けば、宗近は書類に目を落としている。また、いつもの愛するヒューマノイドに関するものだろう。彼の本質は科学者である。共に在籍する軍人だが、その性分は変えられない。宗近はそこそこ戦闘も出来る方なので、美鶴としては勿体ない、と思うけれど。
閑話休題。
憤る明を抑え込みつつ、美鶴は囁く。
「じゃあ何? 明は宗近と結婚でもするのか?」
「うーん……でも結婚するなら美鶴かな……ほら、男前だし、かっこいいし、灯より度胸があるし」
悪くない、良いかもしれない。明が目を輝かせれば、灯が嫌そうな表情になる。
美鶴は快活に笑った。
「ははっ、灯に恨まれそうだしごめんだな」
「おい、お前たち! そろそろ出るぞ」
外から上官の声が響いた。休憩時間は終わりだ。最後に一枚、美鶴はクッキーを口に放り込む。
……もし、赤い糸とやらが本当にあったとして。
美鶴は、片づけを始める明と、灯、そして宗近を見る。
たとえどれほどか細い糸だとしても、手繰り寄せて切れないようにしたい、と思う。
人の出会いは一期一会というが、まさしく、彼女たちと出会えた自分は幸運だろう。美鶴は深く感謝をしていた。勿論、口に出しはしないけれど。
うっとおしく伸びた髪を手の甲で払い、腰に差した剣の位置を確かめる。細身の引き締まった体には、男性の頃には無かった柔らかい脂肪と、同時に軽やかな肉体が与えられた。
「ふふふ」
「あ? どうした、明」
明が美鶴を見詰めて、なぜか、嬉しそうに微笑んでいる。目が合うと、彼女は少し躊躇いがちに、けれど、強く言い切った。
「美鶴は男性の時から、ううん、女性でも……ずっとかっこいいよ! 世界一、ね!」
こんなことを言えばまた灯に怒られる、と彼女はチラリと兄を一瞥する。
幸い、灯は――聞こえているかもしれないが、何も言ってはこなかった。
なので、美鶴は胸を張って答える事にする。だって、嘘は言われていないので。
「当然だろ」
何一つ、変わりはしないのだから。
②「どうしてそんなに優しくするの」
学園には食堂がついているし、購買もあった。寮生活の生徒が多いのもあり、ほとんどの生徒はそれを利用する。例にもれず、ツバキもまた、購買でお弁当を買った。
「今日は焼肉弁当にしよう!」
「ガッツリ食べるね、貴方は」
目を輝かせるマリィに、思わずつぶやく。ハッ、と彼女は照れたように微笑んだ。
「お腹空いちゃって……」
「良い事だと思うよ」
真面目にツバキが答えれば、彼女は小さく頷く。それぞれお弁当を抱えて、裏庭へ行く。あらゆるところで好きに生徒は昼食をとっていた。その群衆から逃れるように、どんどん、奥へ進む。
ようやく人気が無くなる辺りまで来て、マリィは足を止めた。
「お待たせ、ティナちゃん、ローリオくん!」
「もぉ、遅いですわよ、マリィちゃん」
ツインテールの少女は、咎めるような言い方ながらも、さほど怒っていないようだ。待ちくたびれた、という様子の男へと目をやる。
「ローリオ、先に食べていても良かったけれど」
「急いでは無かったからな、貴様らに合わせてやることにした。第一、昼食を共にしようと告げた言い出しっぺがいないのでは、話にもなるまい」
ローリオは鼻を鳴らして、いつも通りの高圧的な態度をとる。マリィはニコニコと笑っている。その態度は毒気が抜かれるのだ。男は肩をすくめた。
改めて、こうして四人で食事を取るのは不思議だ。ツバキは感慨深く思う。マリィは、まぁ、ツバキにとって目を離せない相手であるからと言えど。顔が広いティナにしろ、孤高を好むローリオにしろ、ともに昼食を囲むとは。
最も、前提として自分たちは“チーム”である。今後の事を考えれば、仲良くなる、というのは実に正しい。合理的であった。
「えっ!」
思考をかき消すような声が飛び込んできた。ツバキは、マリィの視線を追う。
「ティナちゃん、それだけ……?」
「え? ええ、まぁ、ダイエット中ですの」
マリィは、声を震わせた。ティナの弁当は、売店ではなくて、自分で持ってきたものらしい。それにしては、少ない。主食の小さいパンが一つと、すぐに食べ終えてしまいそうな少量のおかずのみ。
ティナは柔らかく微笑むが、ローリオはチラリと彼女を一瞥する。すると、ティナの眼光が彼を捉えた。
「口うるさいので黙っていて貰えます?」
「まだ何も言ってないが?」
「そんなんじゃお腹空いちゃうよー!」
冷たいやり取りに割いていくマリィの声は、本当に、毒気が抜かれるな……とツバキはしみじみ思う。
マリィは身を乗り出した。彼女は自分のおかずを摘まむ。良い香りを漂わせる肉を一枚、ティナの弁当箱に入れる。
ギョッ、としたのはティナだ。
「いりませんわよ! 結構です! マリィちゃんの分がなくなるでしょう!?」
「気にしないで、気にしないで! もう一枚あげるよ!」
「やめてくださいまし!」
ツバキは瞬きをする。ふと、よく、自分の家族が、子供のツバキに与えてくれる光景を思い出した。たくさん食べなさい、と彼の家族は優しく言うのだ。
思わずツバキは、ティナの弁当に、自分のおかずを差し込む。
「……ツバキ様?」
「あげるよ」
「どうして?!」
もはや悲鳴だった。困惑と羞恥が入り混じった表情をティナは浮かべる。マリィの視線がローリオに向けられた。彼は我関せず、といった調子だ。だが、辛抱強くマリィに見つめられて、彼は嫌々顔を上げた。
「お待ちなさい、流石にクラウディア家のおかずなんてものを口にすれば、ティナは明日から生きていけないと思います」
「賢明な判断だな。高名な料理人によって作られたおかずだ。いや、むしろ貴様たちも食べてみるといい」
「え! ぜひ……えっ、なにこれ凄い……」
嘘でしょう、と目を丸くするマリィ。思わず、ツバキも手が伸びる。見た目は鮮やかな特製弁当で、卵焼きを摘まむ。
……景色が一変したような感覚を覚えた。
これは、下々の人間が食べていいものではない。
「成程。恐ろしい食べ物だね」
一口一口の動きが緩慢になる。自分の価値観が変わってしまいそうな……ツバキは、背筋を震わせた。
「……ハッ! 意識が飛んでた! さぁ、ティナちゃんも! ね!」
「う、うぅ……? 何でそんな強引なんですかぁ?」
絶対に手を動かさないティナの代わりに、マリィが摘まむ。
諦めろ、と告げたのはローリオだった。
「その、強引な女の前では虚勢を張るのは阿保らしい。空腹ならば尚更、きちんと食べるべきだろう」
「貴方に正論を説かれると、割とショックですわ」
逃げ場はない。
観念したティナは、つぶれるような声で告げた。
「どうしてそんなに、ティナに優しくするんですかぁ」
マリィの優しい笑い声が零れる。
暖かな日差しの下で、ツバキはゆっくりと食事を始めた。