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SS②

①魔女と無能魔術師の空想世界

②北欧悪魔の願望記

①「お腹が空いて寄り道をする」


 夕暮れ時、鴉が鳴いている。学園からほど近い商店街は、良い匂いが立ち込めていた。

 人々で賑わう道行きを、スキップでもしそうな軽い足取りで、少女は金色の髪を揺らしている。

「美味しい……! あつあつ、お肉ぎっしり! これが肉まん……」

「寒さに沁みるよな……」

 目を輝かせる少女、ヒュリスに、隣を歩くヴァニは同意した。あまり、こうして買い食いなんてしないのだが、少女はどうしてもお腹が空いたとうるさいので、用事がてら商店街に寄ったのだ。

 学園生活で必要な物資、つまるところ、魔術道具等を購入し、ついでに、ヴァニが所有する魔法具の点検もして貰った。その帰り道である。

 いつも彼女の周りを引っ付いて回る使い魔も、今日はバイトらしい。彼女の食費は彼によって支えられているのだった。

「現代の食べ物の美味しさは称賛に値するよ」

「そこまでいう?」

 ヒュリスは、今より古い時代を生きていた少女だ。氷結から目覚めた彼女の価値観は、未だ、やや古めかしい所にある。

 苦笑しながら、口元に張り付く髪を払う。紫苑色の髪は、先だけが灰色に近い白で染まっていた。

「こうやって買い食いするのは初めてだな……」

 思わずヴァニが呟けば、ヒュリスはキョトン、と目を見開く。そして唇をほころばせた。

「今度はほかの皆も誘おうよ」

「ああ、前みたいな買い物も楽しかったな」

「あれは、君とセルウィスがゲームで白熱するからね」

 ヴァニは言葉に詰まった。極度のゲーム厨である彼は、同じく熟練プレイヤーである少女、セルウィスと、ついつい熱くなってしまう。周りが見えなくなることもしばしばだ。

 昔なら考えられなかったな、とは思う。

 ヴァニの人生には、あまり、友人という者はいなかった。小さい頃は今より多くは居た筈だが、数年引きこもってからは、そういう連絡さえも取らなくなった。

「ヒュリスもやってみるか、ゲーム」

「面白い? 僕も新しい文化には興味があるよ」

「カッ、となってゲームを燃やしそうだ」

「失礼な! 僕はいつだって冷静だよ! 魔女だもの」

 関係ないだろ、それ。

 えへん、と彼女は胸を張るも、あまり説得力が無い。

 ヴァニの冷ややかな瞳に気付かずに、ヒュリスは肉まんにかぶりつく。

「悔しいけど、確かに、【元帥】共は良い時代を作ったね。僕たちが居た時代より……でも、仮初の平和では意味がない。やっぱりほかの魔女が必要なんだよ」

「ヒュリスが言うなら、そうなんだろうな」

「君の為にもね」

 ヴァニは首を捻る。彼女は笑った。

「君は僕についてきてくれるのだろう。勿論、退屈な思いをさせないように、僕も頑張るよ!」

「……いや、退屈でいいよ! 平凡で良いが?! 頑張らなくても」

 最後の一口を飲み込んで、ヴァニは声を押し殺した。

「お前が頑張らなくても、良いんじゃないか」

 彼女の同胞、あるいは家族は、数百年前に封印されている。魔女は不幸を呼ぶと言われて。実際には、魔女は世界の安寧を守る術を持っていた、というのがヒュリスの言い分だ。だから、唯一封印を免れた魔女として、ヒュリスはほかの魔女を起こさなくてはならない。

 けれどその為の道は険しい。封印自体の解呪方法も、居場所も分からない。それに、相手はこの世界を支える強力な魔術師【元帥】だ。

 今のところ、ヒュリスが彼らに認識されているわけではないが、それでもいずれ、衝突は避けられない。

 その時、ヒュリスに味方をしてくれる誰かは、どれほど居るだろう?

 ――それは本当に、ヒュリスがしなくてはならないことなのだろうか?

「でも僕は諦めない。泥水を啜ってでも、生き恥晒しても、僕は成すべきことを果たす。欲深く追及して、いつか絶対、【元帥】共を引きずり降ろしてやるんだからね」

 固い意志を燃やす彼女に、迷いは無い。

 ヴァニにとって、ずっと変わらない、燃えるような意志だ。

 その炎は道しるべのようだ、とも思う。見付けてしまった焔を手放した末路を、ヴァニは知っている。


 彼女はヴァニの運命だ。同時に、悲劇の引き金でもある。

 

「言ってることが過激なんだよな……」

「そう? でもこれくらい気概を持たなくちゃ。僕の為にも、ヴァニはもっと強くなってね」

「俺もかよ」

 ふふ、とヒュリスが歌うのに対し、ヴァニは辟易とする。それから、髪先の白色に触れた。もうどうせ、戻れないのだ。だからせめて、ヒュリスの側に居れるくらいには強くなるべきとは思うけれど。

「せいぜい頑張るよ」

「うん、良きに計らえ!」

「お前なぁ」

 クシャリ、と手元に残った紙を握りつぶす。

 傲慢の魔女は、柔らかい笑顔をいつまでも浮かべている。





②「一輪の薔薇」


 花を植えている。裏庭にだ。

 暑い日も、寒い日も。時に種を落とし、幾度も芽吹いて。季節を知らせる多種多様な花たち。水を蒔き、肥料を与え、すくすくと成長するように、祈る。

「おい」

 日差しも少しずつ強くなってきて、じんわりと汗を掻き出した頃。

 裏庭に降りてきた声に、ふ、と湖水 和葉は顔を上げた。

「いつまでやってんだ、草むしり」

「ガーデニングだよ!」

 天衣 蓮に言い返し、和葉再び土に触る。蓮は、庭に広がる花畑に、眼帯で隠されていない左目を細めた。

 花を踏まぬよう、和葉の元まで行く。

「見て、綺麗に咲いたでしょう?」

 触れた薔薇は、水滴の艶で鮮やかな深紅の色をしていた。和葉は、ちょうど、蓮の髪色みたいだなぁ、とも思う。

 蓮の髪は赤い。地毛、というよりかは、彼が抱える“悪魔”の影響もある。和葉が彼と出会ったころから、その色素は変わらない。

「わかんねぇ、楽しいのか、それ」

「蓮にはこの楽しさは分かんないかもね、細かい作業は嫌いでしょ」

 ふふん、と少しだけ得意げに、和葉は胸を張る。

「……この薔薇はね、私たちが静岡支部に来てから、ずっとあるんだよ」

 花弁に触れて、和葉は呟く。

 花を、植えた。きっかけの一つが蓮であることを、和葉は思い出す。

 当時はまだ、蓮との連携はうまくいっていなかった。それでも静岡支部の面々でサポートするようになり、少しずつ前進こそするが、蓮が右目を――“魔眼”を行使した反動が無くなるわけではなかった。

 そのたびに、彼の苦しみに寄り添えない和葉を気遣って、気晴らしに、と支部の面々が提案してくれたのがこの庭だ。

 花に触れているときは穏やかに過ごせる。心が凪いでいく。不安や心配が少しずつ薄れていくような気がする。作業に没頭するからかもしれない。

「きょうだいみたいなもんだな」

「え?」

「あ? ずっとあるんだろ」

 蓮が徐に言うので、和葉は瞬きをする。

「……植物だよ?」

「何だよ、そんな事気にすんのか。俺は、同じ施設で育った奴らをみんな“きょうだい”だと思え、って言われてたからな」

 珍しい、と和葉は小さく息を呑んだ。蓮が自分を語るのは、というより、以前の場所をほのめかすことは滅多にしない。ひとえに、良い思い出がないからだ。

「でも、そうかも。蓮が言うように、この子たちはきょうだい……家族みたいなものかも」

「そろそろ戻るぞ、いい加減、あの人たちに怒られる」

 和葉は頷いた。

 苦しい時、辛い時、和葉はこの場所に来る。

 蓮もそれを知っていた。白いベッドの上で、目を覚まして、和葉の姿は無かったから。

 彼女は蓮が無茶をすれば怒るし、怒鳴るし、自分を責める。それでも逃げ出さず、踏みとどまる。だから、迎えに行かなければならないのだ。例えどれだけ傷つこうと、蓮は、彼女の隣に戻ってこなければならない。

 全てを見通す、人より“眼”が良い蓮ならば、どこにいようと、和葉の姿を見付ける事が出来るから。

「……蓮には、かくれんぼで絶対勝てそうにないよね」

「魔眼相手に、やろう、って思うのは馬鹿のすることだぞ」

「別にやりたいわけじゃないよ!」

 呆れと哀れみが混じった視線を受け、思わず和葉は言い返す。

 彼女たちが去ったあと、庭の薔薇は、ただ穏やかな風に吹かれて揺れていた。


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