第1話 クビを言い渡す瞬間が、世界で一番好きだ
「ふざけるな! 俺がいなきゃ、お前らなんかとっくに魔物の餌になってただろうが!」
バンッ! と分厚い木の机が跳ねた。
王都の冒険者ギルド。その一角にある防音個室に、怒声が響き渡る。
立ち上がって吠えているのは、大柄な剣士ガルド。
中堅と呼ばれるBランクパーティー『暁の牙』に所属し、自分こそが絶対的なエースだと自負している男だ。
「お、落ち着けよガルド……俺たちは別に、お前の実力を否定してるわけじゃ……」
ガルドの向かいに座るパーティーリーダーの男は、怯えきった声でなだめようとする。
だが、その肩は小刻みに震え、目は完全に泳いでいた。
――ざまぁが怖くて、誰も追放できない世界。
それが、この異世界の歪な現状である。
約三十年前から、理不尽にパーティーや職場を追放された者が覚醒し、古巣へ復讐する事件が多発した。
結果、逆恨みを恐れるあまり、誰も対象者にクビを宣告できなくなってしまったのだ。
無能も、横領犯も、加害者も。
組織は腐り、社会は問題児を抱えたまま飼い殺しで沈んでいく。
前世の日本の職場でも似たような光景を見たが、物理的な復讐が伴う分、こちらの世界の方がタチが悪い。
「リーダー、お前も何か言ってやれ! こんな得体の知れない部外者に、俺たちの問題を口出しさせるなんて頭がおかしくなったのか!?」
ガルドが血走った目で俺を睨みつける。
俺は、リーダーの隣の席で深く椅子に腰掛け、手元の調査書類を淡々と眺めていた。
「得体の知れない部外者、とは心外ですね」
俺は書類から顔を上げ、慇懃な笑みを浮かべた。
「俺は追放通知代行人。屋号は〈クビキリ堂〉。看板の文句は『丁寧・辛辣・後腐れ有り』。依頼主に代わって正当な解雇理由を事実で固め、対象者に追放を告げるのが仕事です。ダンとお呼びください」
「追放代行だと……? ふざけるな! 俺が追放される理由なんかあるわけねえだろ!」
「では、事実を列挙しましょう」
俺は手元の羊皮紙を一枚めくり、淀みなく読み上げる。
「去る四月十二日。西の森の討伐依頼において、あなたは新人を囮にして魔物の群れに突っ込ませましたね」
「あ、あれは高度な戦術だ!」
「同月十八日。ギルドからの報酬を『エースの取り分』と称して不当に独占。さらに二十五日には作戦を完全に無視して単独行動を取り、パーティーを半壊の危機に陥らせました」
「俺が臨機応変に動かなきゃ全滅してたんだよ!」
「そして極めつけは今月です。討伐した魔物の魔石を、ギルドを通さずに闇市で横流ししていますね。金額にして金貨三枚分。立派な横領であり、ギルド規約違反です」
「っ……!」
ガルドの顔から、さぁっと血の気が引いた。
まさか横流しの決定的な証拠まで掴まれているとは思わなかったのだろう。
「お、俺は……俺は覚醒するぞ! 『逆境祝福』の法則を知らないのか!? 理不尽に追放された俺は、秘められた力に目覚めてお前らを絶対に許さないからな!」
ガルドが喚き散らす。
理不尽な仕打ちを受けた者ほど急成長する世界の法則。
だが、それはあくまで『理不尽』な追放に限られる。俺が綿密に調査し、事実で固めた正当な追放では、その祝福は発動しない。
「覚醒、結構です。ですが、その前に一つだけ訂正させてください」
俺はガルドの目を真っ直ぐに見据え、言葉の刃を静かに、深く突き立てた。
「あなたはエースではありません。仲間を人質にした荷物です」
「なっ……!?」
図星を突かれたのか、ガルドの顔が今度は怒りで朱に染まる。
全身から立ち昇るような強烈な敵意。
いい反応だ。その純度の高い憎悪、たまらない。
「――以上の理由により、貴殿を追放する」
静まり返った個室に、俺の宣告が冷たく響いた。
隣でリーダーは安堵のあまり机に突っ伏している。
「ふざけるな……ふざけるなぁぁぁっ! 絶対に後悔させてやるからな! ダン、お前も、この裏切り者どもも!」
唾を飛ばして喚くガルドに、俺は意図せざる活路を提示してやる。皮肉のつもりだ。
「パーティーでの協調性はありませんが、我が身可愛さに逃げ回る判断力と腕っぷしは多少マシなようです。単独の賞金稼ぎなら、まだ使い道があるかもしれませんね。せいぜい長生きしてください」
「殺してやる……お前だけは絶対に俺がぶっ殺してやるからな!」
ガルドは扉を蹴り破るような勢いで、部屋を出て行った。
あとに残されたのは、静寂と、深い安堵の空気だけ。
「あ、ありがとうございました、ダンさん……。これでやっと、夜も眠れます……」
リーダーが涙ぐみながら何度も頭を下げる。
「気になさらず。それが俺の仕事ですので。後腐れはすべて、俺が引き受けます」
クビを言い渡す瞬間。
そして、相手から向けられる純度百パーセントの殺意と憎悪。
無関心だけは勘弁だ。誰からも見られていないと、空気に溶けてしまいそうで生きている気がしない。
だからこそ、これほど分かりやすく、熱い感情をぶつけられると、たまらなく腹が減る。
ヘイトの避雷針。憎悪の宛先。大いに結構。俺の生きがいだ。
◆
「はい、お疲れ様ですダン所長。依頼料の回収は無事に済みましたか?」
事務所〈クビキリ堂〉に戻るなり、狐獣人の事務員ピノが手を突き出してきた。
まだ十六歳の小娘だが、金にはひどくガメつい俺の頼れる妹分だ。
「仕事の余韻くらい味わわせろ。今日は上物のヘイトが獲れたんだ」
「上物のヘイトとか言ってる場合じゃないです。はい、報酬袋」
「わかってるよ。ほら、規定通りの金貨だ」
俺が金貨の入った袋を投げ渡すと、ピノは手際よく中身を確認し、狐の耳をピンと立てた。
「確認しました。毎度ありです。……あ、そういえばダン所長。留守中に厄介なものが届いてますよ」
呆れ顔のピノが、机の上を顎でしゃくる。
そこには、刃物のような殺気がこもった、血文字の封書が置かれていた。
――果たし状。明日正午、中央広場にて待つ。ガルド。
「ふっ……」
俺は思わず口角を上げた。
「ご褒美が来た」
復讐に来るなら大歓迎。
返り討ちにして、そのヘイトを骨の髄まで味わい尽くす。
それが、俺の生きがいなのだから。
【本日のヘイト評――逆恨みの直球。青臭いが勢いはある。後味に殺意。★4.1】
◆
王城、宮廷魔術師団の第一研究室。
高く積まれた羊皮紙の山の中で、銀灰の髪を持つ少女――フィオナは、静かに一枚の報告書を見つめていた。
周囲の魔術師たちが雑談に花を咲かせているが、彼女にとって彼らは背景の環境音、あるいは低出力の変数でしかない。
フィオナの紫紺の瞳は、街で密かに囁かれ始めたという奇妙な業者の噂に釘付けになっていた。
『追放通知代行人。事実のみを並べ、対象の弱点を的確に突き、一切の反論を許さず解雇を宣告する男』
「……人間を、言葉だけでここまで綺麗に解体できる者がいるのですね」
彼女はぽつりと呟き、報告書の端に『要観察対象』と細い文字で書き込んだ。
天才ゆえに誰とも噛み合わず、周囲を壊してしまう彼女にとって、それは純粋な知的好奇心の対象だった。
――この時点ではまだ、それが自身の運命を変える男だとは、微塵も思っていない。
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