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ランボー、汝、神よ(一)  作者: 多谷昇太
真夜中のギター

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掃部山公園

 寒い!膝を抱え込んで座り込んだ床から冷気がジンと伝わってくる。十二月下旬の深夜のこと、横浜は西区紅葉ヶ丘の高台にある掃部山公園のトイレの中で、年の頃18、9の青年がやるせなげに寒さに震えていた。ついさっきまで公園のベンチにいて同様に震えていたのだが、年末の地域パトロールの連中に見咎められて、一度公園から出てやり過ごしたあとまた帰って来て、致し方なく公園のトイレの中に身を潜めたのだった。青年のポケットには硬貨で数百円があるのみ、殆ど無一文の身である。なぜこうなったかと云うとつい数時間前彼は自宅で父親と口喧嘩となり、「出て行け!」「おう、出て行ってやる」の応酬のあと着の身着のままで家を飛び出したのだ。しかし飛び出したはいいがとんと行く当てもなく、考えた末に日頃から受験勉強で通っていた紅葉坂図書館脇のこの公園を思い出し、自宅は川崎市高津区で離れていたのだが、バスと東横線を乗り継いでここへやって来たのだった。父親との諍いの経緯、また青年自身の経緯は追々後述しようがただひとつだけ言及しておこう。青年にとって横浜は、就中この掃部山公園はとても思い入れの強い地だったのだ。もう久しく彼の生活は(生活態度は)恰も皮膚病の自家感作症のごとくにうっ積、且つ自己中毒していて、皮膚病で掻きむしりを防ぐためにステロイド剤を塗布するように、この地に来ることでみずからを癒していた。すなわち受験に失敗して父親の期待を裏切り悶々としていたのと、性格の暗さゆえに灰色の学校生活を送らざるを得なかったというその過去が相俟って、自家中毒を引き起こしていた。それをこの地を訪うことで癒していたのだ。桜木町駅から日大通りを歩いて山下公園まで行ったり、高台にあった県立紅葉坂図書館に行ってはある人の著作に耽り、隣接していた掃部山公園で憩うては夢想に耽ったりしていた。その夢想がステロイド剤に当たる分けだがそれは何かと云うに、すなわちランボーとその生き方、つまり(世界中の)放浪だった。耽っていた著作とはランボーやホイットマンの詩集であり、デュ・モーリアの小説だった。殆ど麻薬のようにそれらの書物は彼を引き付け放浪へと誘った。進路を見失い行き場を見失った彼はもうとにかく自分自身とこのうっ屈した環境に嫌気がさして、ここから飛び立ちたかったのだ、離れたかった。いつの日かハマの大桟橋から船に乗り、外国へと、毎日が新鮮でめくるめくような、“宝石が覆されたような”場所へ行ってみようと夢見ていた。そしてそれがゆえの家出後における、殆ど無意識のような掃部山公園への訪問だった分けだ。トイレの床の上で寒さに両膝を引き寄せながら彼は数時間前のおのれの行状を思い起こしていた。住まいは川崎市内の団地で、飛び出した直後その団地の敷地を駆け抜けながら彼は「ちきしょう!やってやるぞ!俺はやってやるぞ!」と大声で連呼していたのだった…。

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