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「王国から帝国へ:後編」

ラストです、うーん、難しいですね。

では、どうぞ。

「王国から帝国へ:後編」



大陸南部全てを包み込む同盟網が結成されてより、さらに1年の時間が過ぎた。

その間アベル達は大陸中央部以南の平和を確実な物とするために、各地を訪問して回る毎日を送っていた。

自分達の故郷だけでなく、自分達に味方した者達の平和を守るために。



同盟内部でも、対立する国や勢力は存在する。

そういう者達を相手にする時にこそ、誠意と忍耐力と粘り強さが必要なのだ。

アベルはそう信じ続けていたし、実際にそれを行動に表してもいた。

そしてその傍らには、常にシルフェがいた。

ただ・・・彼女はもはや、「聖王アベル」の「軍師シルフェ」では無かった。



「聖王陛下、並びに王妃陛下のご帰還―――――!!」



兵の声と共に城門が開き、大通りに詰めかけた民衆の列の間を王と王妃、そしてキューウェル引きる近衛の重装歩兵団300人が歩いた。

人々の歓声が響き渡る中、それぞれ白馬に乗って大通りを進むのはアベルとシルフェだった。

かつて纏っていた衣服とは比べ物にならない絹の服を着たシルフェと精度の高い白銀で彩られた鎧を纏ったアベルを中心とするパレードは、人々の羨望と憧憬を一身に集めていた。



それは人々に平和をもたらした英雄であり、夢であり、憧れの姿その物でもあった。

「聖王アベル」と「王妃シルフェ」、それが大陸最南端の人々の誇りそのものとなるのはもはや当然だった。

半年前に大陸中央で華燭の典を挙げ、こうして新婚旅行も兼ねて故郷に戻ったアベルとシルフェ。

束の間の平穏と休息が、そこにはあるはずだった。



「・・・・・・」



だがシルフェの心は、幸福を感じると同時に言いようも無い不安を感じていもいた。

半年前にアベルに王妃に召し上げられて、彼女は軍師として持っていた全ての権限を失ってしまっていたことに原因がある。

それはもちろん当然のことだとは思うが、半年前までは把握していた情報の全てからシャットアウトされてしまい不安感が増していたのである。

職業病と言えばそれまでかもしれないが、不安は消えない。



以前であれば、自分が国のことで知らないことなどほとんど何も無かった。

小規模な問題はともかく、ある程度以上の問題に関する情報は全て自分が握っていた。

そして自分はけしてアベルを裏切らない、だからこそ安心してあらゆる事象に対処出来ていた。

それが今は、自分が望んだこととは言え別の人間に軍師職を預けることになっている。

くだらない感傷だとは思うが、それでも心配は尽きなかった。



「シルフェ?」



不意に名前を呼ばれて、シルフェはビクリと肩を震わせた。

手綱を握る手にかすかに力を込めて声のした方を見ると、アベルが首を傾げながら自分を見ていることに気付いた。

そしてアベルの顔を見た途端に、シルフェの静かな心に起きたさざ波が鎮まっていった。



心配はいらない、何故ならアベルは自分との誓いを覚えていてくれているのだから。

こうして、気遣ってくれているのだから。

軍師として役に立てなくなったとしても、自分よりも優秀な人材はもういくらでもいる。

寂しくはあるが、自分は王妃として・・・妻としてアベルを支える方法を考えよう。



「大丈夫? 疲れたのかい?」

「・・・ううん、大丈夫」



優しい夫の横で、自分も優しく微笑んでいよう。

人形になろうとまでは思わないが、彼の良き理解者であろう。

困っていたら共に悩み、悲しんでいたら共に泣き、喜んでいたら共に笑おう。



シルフェは自分の心の奥底の不安を押し込めて、アベルに微笑んで見せる。

幼い頃から、革命の時から、ずっと傍でそうていたように。

それは民衆に向ける物とは異なる、慈愛に満ちた物だった。



  ◆  ◆  ◆



それからの日々は、しばらくは平穏な時間が続いた。

アベルも大陸最南端の自国を動くことはあまりなく、周辺国との融和に時間をかけていた。

軍備を制限し、有事の際には話し合いで解決する枠組み(レジーム)を築きあげていった。



キューウェルやシグルスという古参の将軍たちも良くこれを支え、国中から集まった文官達もシルフェの心配をよそに大陸南部の体制を安定させることに貢献していた。

シルフェは居室でアベルに相談される以外のことにはタッチできない物の、それでも自分の心配が杞憂に終わりそうなことに安堵していた。

しかし・・・。



「・・・帝国?」

「うん、大陸北部で急速に勢力を拡大させているらしいんだ」



ある夜のこと、シルフェ居室で休むアベルの口から「帝国」という酷く曖昧な言葉を聞いた。

広い大陸にひしめき合う国々の中には、多くは無いが名前に「帝国」を使う国もある。

その中の一つだろうが、それにしては名前が曖昧に過ぎた。



「極北部を平定してからの勢いが特に凄くて、同盟と隣接する大陸北部の国々から最近よく使者が来て、僕達に助けてほしいって言って来ているんだ」

「ただ、帝国とだけ名乗っているの・・・?」

「そうらしい。何でも降伏した敵も皆殺しにしてしまうから、生きて情報を伝えてくれる人間が少ないらしくて・・・」



軍師の制服を半年前に脱いだシルフェの頭の中の地図は、若干の修正はあっても半年前の情報で構成されている。

その中で、大陸北部を瞬く間に制圧してしまえるような軍事力を持つ国など無いはずだった。

新興勢力とは言っても、この勢いは異常だった。

物凄い勢いで他国を滅ぼし、南下してきている・・・。



軍師としてのシルフェの頭脳が、急速に覚醒を始める。

半年前の彼女であれば、すぐに間者を放って情報を収集して対策を練ったはずだった。

しかし今の彼女にはその権限が無い、せいぜいアベルの相談ごとに「私見」を述べられる程度だ。

しかもそれを他の臣下に知られるわけにはいかないから、非常に難しい。

ただそれでも、軍師の本能が警戒音を鳴り立てるのを妨げることはできない。



「・・・アベル」

「うん、何だい、シルフェ?」

「その帝国のことだけど・・・・・・」



2人きりの時にだけ許される、王と軍師としての会話。

妻として夫を支えると決めた後も、半年程度では軍師としての性は抜けない。

しかし、シルフェとしてはアベルの不利になりかねないことを無視することはできない。



「陛下、一大事にございます!!」



その時、作法に則ってはいるが大慌てで王を呼ぶ側仕えの人間の声が響いた。

シルフェはその声に口をつぐみ、アベルは席を蹴って大股で居室の扉まで歩いて行く。

そしてそのまま外に出ると、開いたままの扉の向こうで従者に何事かを耳打ちされるアベルの姿を見ることが出来た。

シルフェは何となく立ち上がって扉に近付きながら、頭の奥で鳴り響く警戒音に細い眉を顰めた。



「・・・同盟の境界線近くの村が、略奪されて・・・」



そして漏れ聞こえて来たその言葉に、シルフェの胸の奥が疼いた。

略奪、その言葉はこの戦乱の大陸においては一つの事実を突き付けてくる。

それは、戦争の始まりを意味する言葉だった。



  ◆  ◆  ◆



南大陸同盟最北端の国々の村が、突如、大陸北部諸国の軍による略奪を受けた。

その報は、軍師時代のシルフェが苦心して築いた情報ネットワークによって瞬く間に同盟諸国に伝わった。

同盟結成から1年以上、同盟にとって最初の対外的な侵略行為であった。



当然、同盟の代表者であるアベルに対処の要請が寄せられることになる。

アベルは同盟諸国の軍を糾合し、同盟軍を率いて侵略者と戦うことになった。

これ自体は、同盟条約に基づいた行動であって何も問題は無い。

だが、アベルには一つ、わからないことがあった。



「どうして、いきなり略奪を・・・?」



同盟境界線上に位置する隣国とは、友好的な関係を築いていた。

相手にしても連合体とは言え自国の十数倍の国力を持つ大国との争いは望まないだろう、むしろ極北の「帝国」の脅威に対する援助を求めていたくらいだ。

その直後の略奪行為、そんなことをすれば同盟を敵対することになるのはわかっていたはずだった。

なのに何故、という思いがアベルの中にはあった。



しかし略奪行為を見過ごすことはできない、アベルは軍を率いて北伐を行わなければならない。

当然、軍師では無いシルフェは置いて行く。

アベルにとっては、シルフェのいない初の大規模な戦争になる可能性があった。

それでも、シルフェには細かいことは相談しなかった。



「アベル・・・」

「心配はいらないよ、すぐに戻ってくるさ。皆もいるし、平気さ」



それは、アベルが軍を率いて本国を離れる際の見送りの時まで変わらなかった。

シルフェに甘えれば安心はできるだろう、しかし同時にシルフェにはもう争い事に関与してほしくは無いという気持ちもどこかにあったのである。

勝手な思いやりだが、頭の良いシルフェにはそれも理解はできた。



それでも、シルフェは不安だった。

少ない情報から彼女なりに思案してみたが、今回の戦争はどうもおかしい点が多い。

だから出来れば、アベルを引き留めたかった。

そしてそれが、今や「王妃の我儘」にしかならないことも理解していた。

だから、彼女は黙って見送ることにした。



「無事に・・・帰って来て・・・」

「うん、約束するよ。それじゃあ・・・」



そっとシルフェに口付けて、アベルは居室を出て行った。

白銀の鎧の端が視界から途切れるまで、シルフェはそれを見送っていた。

胸の奥に、どうしようも無い疑念と不安を抱えたまま。



「・・・良かったのかな、アベルに伝えておかなくて」

「・・・はい」



入れ替わるように入って来たのは、近衛の重装歩兵団を率いるキューウェルだった。

厳格そうな顔を心配そうに歪める彼は、今回の出征には同行しない。

シルフェの護衛として、歩兵団ごと本国に残るのである。

パーティの年長者であった彼は、まるで息子と娘を心配する父親のような顔をしていた。



そんなキューウェルの言葉に、シルフェは頷く。

その指先は口付けられた唇に軽く触れた後、自らの下腹部へと置かれた。

ゆったりとしたドレスに覆われたそこは、かすかに張っているようにも感じる。



「今のアベルには、伝えると邪魔になるかもしれないから・・・」



そう告げたシルフェを、キューウェルは溜息を吐きながら見つめていた。

そしてシルフェは、己の中で息づく者に対して不安を伝えないように・・・自分の軍師としての思考に蓋をした。

後に残ったのは、戦場に出る夫を案ずる妻としての心だけだった。



  ◆  ◆  ◆



1ヶ月後、略奪を受けた村々からアベル率いる同盟軍は安々と侵略軍を退けることに成功した。

その他、散発的に起こる略奪行為から他の村々を守るために部隊を分けつつ北進した。

そして同盟の領域最北端に到達した時には、侵攻してきた国々の軍をほぼ撃退することに成功した。



当初の目的を達した以上、アベルとしてはこれ以上の深入りは避けたかった。

まだ大陸北部に対しては各種の工作が済んでいないし、何よりも嫌な予感がしたからだ。

だが、状況はアベルの手を離れて進んでしまう。



「アベル、やべぇ」

「どうした、シグルス」



今や騎士階級から将軍にまで成り上がったシグルスが、小高い丘から国境線の向こうに消えていく敵軍を眺めていたアベルの傍に寄って来た。

馬を寄せて顔を寄せて、誰にも聞こえないようにかつてのように話をする。

アベルとしては、シグルスのそんな態度は有り難かった。

もはや、アベルに対等に何かを言おうとする人間はいなかったからだ。



「他の国の騎士団が先走って、国境の向こう側まで敵を追いかけていきやがった」

「何だって・・・僕は国境は超えるなと言ったはずだ!」

「俺にガナるなって。どうする、連れ戻すか?」

「・・・・・・頼めるか?」

「応よ、大将」



視界の端に、確かに国境線の向こう側に消えた敵を追っていく騎馬の集団が見えた。

他の国の騎馬部隊であって、直接的にはアベルの指揮下には無い部隊だった。

正直、こう言う時は「同盟」という体裁が鬱陶しく感じることもある。

だがこれも、アベル自身が選んだことだった。

力で征服するのではなく、話し合いで協力する道を選んだのだから。



「シグルス!」

「ああん?」



不意にアベルは、馬首を返して自分の部隊をまとめに走りかけたシグルスを呼び止めた。

何事かと思い、馬を返した体勢で振り向くシグルス。

そんなシグルスに対し、アベルは言った。



「気を付けてくれ、嫌な予感がするんだ」

「あん? ・・・わかった、最新の注意を払う」

「そうしてくれ」



そのやり取りは、革命の時と変わらない。

アベルとシグルスの関係は、常にこう言う物だった。

シグルスは直感を信じる男だが、その点アベルのことを信用していた。

アベルの予感や勘の類は外れたことが無い、多くの場面ではシグルスも同じ物を感じていた。

稀に今回のように、シグルスには感じられない何かをアベルが感じることもある。



そしてアベル自身も、言葉にはできないが言いようのない不安を感じていた。

いや、不安と言うには聊か弱い感覚だった。

だが、相手の動きに違和感を感じているのは確かだった。

こんな時、シルフェがいてくれたなら。

しかし戦場で独りきりのアベルには、そんな「もしも」を考えることすら許されないのだった。



  ◆  ◆  ◆



「こいつぁ・・・どういうこった」



自分の部隊を引き連れて先走った味方を追いかけたシグルスは、馬上で頭を掻いていた。

アベルと別れて20分弱、彼らはすでに同盟の領域の外に出ている。

彼はアベルの指示というか要請に従わなかった味方を引き戻しに来たのが、何とも困った事態になっていた。



「・・・なぁ」

「何でしょう、将軍」

「俺の気のせいでなければ、アイツら死んでるよな?」

「大丈夫です将軍、俺らの目にも誰も生きて無いように見えるんで」



そんな彼らの目の前には、街道に連なるように倒れる味方の兵達がいた。

人間はおろか、馬一匹生きていないような状態だった。

草が生い茂ってはいる物の整備された街道、騎馬で走るには十分な地形だ。

そして今、シグルス達が追いかけて来た味方の騎馬部隊は、人も馬も身体中を穴だらけにされて殺されていた。



それは、巨大な弓矢のようにも見えた。

いや、弓矢ならシグルス達も使ったことがある。

しかしそこにあるのは、馬の胴体を貫いて地面に突き立つような巨大な矢だった。

普通の弓よりも5倍は長く、そして重そうな強弓だった。

それが数百、いや数千本、街道の形を変える程に突き立っているのだった。



「俺らが戦った連中は、こんな装備を持って無かったはずだが・・・」



呟きながら馬を降り、慎重に進むシグルス達。

街道は緩やかな登りになっており、シグルス達はほどなくして丘の上のような場所に立った。

そこに広がっていた光景は、さらにシグルス達の度肝を抜く物だった。



「・・・なぁ、俺の気のせいじゃ無ければよ」

「大丈夫です将軍、全滅してますから」



部下とそんなことを話す、それ程に目の前の光景は不可解な物だった。

先ほど彼らが見た物は、味方の死体だった。

戦場では別に不思議はない、不可解ではあるが味方が殺されるのはある意味では当然だ。

しかし今、シグルス達の目の前に広がっている光景は・・・。



「・・・何で、敵まで全滅してやがるんだ?」



先程まで矛を交えていた敵―――味方が先走って追いかけていた―――が、今しがた見た味方と同じように重く太く長い無数の矢で貫かれて全滅していたのだから。

軽く見積もっても、敵味方で1000人近くが皆殺しにされていた。

これは流石に、シグルスにも予測できなかった。

彼らはいったい、何者によって殺されたのか・・・?



「し、将軍!」

「どうし・・・・・・おいおいおい」



部下の声に顔を上げて見れば、街道の向こう側に広がる平原が・・・黒く染まっていた。

それはあくまで比喩、事実は単純だ。

要するに、黒い鎧を着た無数の人間が地平線を埋め尽くしているのだった。

数は数えるのが面倒になるくらいに多い、少なくとも万を下ることは無いだろう。



「将軍、アイツらは・・・!」

「んぁあ・・・そうだな」



良く見て見れば、新たに現れた黒い兵団は見たことも無いような武器を携行していた。

それは黒光りする大きな台座の乗せられた巨大な弓であったり、あるいは大きな布で覆われた鼻の長い巨大な乗り物・・・動物であったり、いずれにせよ大陸南部では見たことが無かった。



流石に、シグルスは内心で冷や汗をかいていた。

自分が引き連れて来たのは革命時代から気心のしれた仲間たちだが、数としては200程度に過ぎない。

正直、万単位でゾロゾロと近付いて来る敵を相手には戦えない。

しかも敵戦力は未知数、これで戦いを挑む程シグルスも猪では無かった。



「極北の「帝国」って奴らみたいだな・・・もう来てたのかよ・・・!」



憎々しげに呟いた直後、空が暗くなった。

太陽が隠れたわけではない、目前の「帝国」軍の放った例の強矢が放たれただけだ。

数千本の巨大な矢が空を覆い、シグルス達に降り注いだのは数秒後のことだった。



(アベル―――――ッ!!)



この時にシグルスが考えたのは、何も知らずに後方で自分の報せを待っているだろう王のことだった。

このままでは正体不明の大軍に奇襲を許してしまう、だが彼らにはもうそれを知らせることはできなかった。

彼らはすでに―――――・・・・・・。



  ◆  ◆  ◆



奇襲、それは正しく成功すれば攻撃側に勝利を、防御側に敗北を与えることができる。

特に城塞などを考慮せず、互いの軍が平原に位置していた場合は特にそうであろう。

そしてそこに、裏切りと言うスパイスが合わさったならばどうなるだろうか・・・?



「アベル様ぁ! 側面の味方がこっちに突っ込んで来ます!」

「何だって!?」



不意打ち、だった。

突如、全体から見て左側に布陣していた同盟軍左翼に巨大な矢が撃ち込まれ始めたのだ。

一度に数千本放たれたそれは、同盟軍左翼を瞬く間に薙ぎ倒した。

どうやら敵はあの巨大な矢を一度に何本も放てる絡繰式の自動弓をいくつも持っているらしく、その威力が余す所なく発揮されてしまったらしい。



しかもその矢に油の詰まった瓶が結び付けられており、着弾と同時に割れて油を周囲に撒き散らす。

普通は火矢なりを放つと思うだろうが、この敵は異常だった。

何と、松明を両手に抱えた数千の兵がそのまま突撃してきたのだ。

もちろん弓で迎撃してほとんどは打ち倒すが、何割かは突破してくる。

そして油に松明を投げて、自分ごと・・・味方も巻き込んで左翼の軍を焼いたのだ。



「右翼は大混乱です! どうしま・・・な、何だありゃあ!?」



しかも右翼の同盟軍の一部―――同盟最北端の国々の軍―――が味方であるはずの他の右翼の軍を攻撃し、混乱に拍車がかかった。

それだけでも泣きっ面に蜂状態だと言うのに、兵の驚いたような言葉にアベルが正面を見ると、そこにはさらに理解できない光景が広がっていた。



それは、長い鼻と巨大な牙を持つ灰色の巨大な動物だった。

雄牛を何倍にも大きくしたような大型の動物が数百頭ばかり、正面から襲いかかって来たのだった。

しかもこれまた異常なことに、傍で並んで走っている味方をも襲う動物のようだった。

鼻で掴まれて投げ飛ばされ、大きな足で踏まれて蹴られて潰されて、それでも敵の兵達は悲痛にも聞こえる雄叫びを上げて突撃してくるのだ。



「な・・・何でアイツら、平気で突撃できるんだ!?」

「理解出来ねぇ、馬鹿なのかイカレてんのかどっちだ!?」

「矢が刺さってんのに止まらねええええぇぇぇぇっ!?」



どんな反撃を受けようとも、敵兵は止まらなかった。

毒矢を撃ち込まれても泡を吹きながら前進し、武器を持つ手を切り飛ばしても噛みついて相手の喉を潰し、足を失っても手で這って前進する、中には味方ごと敵を槍で貫いている兵もいる。

異常な軍勢だった、少なくとも大陸南部では見たことが無い。



死を恐れぬ軍勢とは、ある意味で軍の理想形のような形で言葉にされることもある。

だが現実に目も前にすると、気味悪さや気持ち悪さを超えておぞましさすら覚えた。

・・・だがいずれにせよ、この場での戦闘は敗北するようだ。

アベルはそう確信した後に、先に進んだはずのシグルスの身を案じた。

正面の敵は、シグルス達を超えてねば進んで来れないはずだが・・・。



「全軍撤退する! 下がって体勢を立て直すんだ! 殿しんがりは・・・」

「言うまでもありませんぜ、アベル様!」

「俺ら以外の奴らの軍は、平民上がりで兵士になったばかりの奴らです!」

「その点、我々は革命の時から戦い続けて鍛え抜かれてますんで!」



奇襲を許し、謎の兵器の蹂躙を許し、指揮系統の複雑な同盟軍の中で裏切りを許した。

このような状況下で撤退の最後尾を任されれば、十中八九死ぬ。

だと言うのに、アベルの仲間達は剣を手に雄叫びをあげて敵兵に斬りかかっていく。

もう、本陣のすぐそこまで剣戟の音が・・・。



「キャアアアアアアアアッ!!」



まさにその時、奇声を上げて槍を突いてきた敵兵がいた。

その槍はアベルの乗っていた馬を殺すが、アベルは一瞬早く飛び降り、振り向きざまにその兵の首を飛ばした。

しかしそこから、無数の兵士が本陣に踏み込んでくる。

すぐに、乱戦模様になった。



「ウヤアアアアァァァァッ!!」

「ぐ・・・!」



かつてキューウェルの指南を受けた通りに、アベルは敵兵の剣を受けた。

しかし敵兵は特に剣の修行などしていないのか、滅茶苦茶に剣を振るっていた。

あまりの剣幕に、アベルは気圧されてしまう。

その時に相手の顔を見て、気付いてしまう。



黒い鎧の極北の兵の顔は・・・他の兵も全て、恐怖で歪んでいた。

恐怖で顔をグチャグチャにしながら、泣きながら、痩せこけた身体で必死に剣を、槍を、振るっていたのだった。

死の恐怖とは別の、もっと切羽詰まった何かを感じる顔だった。

その姿は、あまりにも異常で吐き気すら催しそうな物だった。



「お、お前達は・・・!?」

「・・・いと・・・ないと・・・」

「!?」

「ころさないと・・・1人で10人殺さないと、村の家族がぁっ!!」



涙を流しながら、失禁しながら、それでも敵兵は向かってきた。

しかし腕前自体は大したことが無い、錬度も。

アベルを始め、アベルの周りに集まった仲間達もあらかたの敵兵を片付けて戻って来た。



「アベル様!」

「ああ、大丈夫だ・・・しかし、コイツらは・・・」

「さぁ・・・なんか、故郷の娘がどうのって言ってましたぜ」

「俺は後6人とか何とか・・・」

「私の方は、母親を助けなきゃ、と・・・」

「こっちも・・・」

「俺も・・・」



足元に転がった敵兵を見て、皆が口々に気味悪そうに話す。

異常だった、大陸南部で戦った他のどんな軍にもこんなことはなかった。

・・・とにかく、気にしている間は無い。



味方の体勢を整えるためにも、ここは一旦撤退するしかない。

そのためには、時間が必要だ。

その時間は、錬度から言って彼ら以外にはできないはずだった。

―――――しかし。



「がっ・・・!?」

「「「「!?」」」」



アベルを含む全員の視線が、最後尾の味方の兵に向く。

短い悲鳴を上げたその兵の胸からは、男の血で朱に塗れた大きな刃が覗いていた。

それは兵の身体を鎧ごと縦に裂くと、血と臓物を撒き散らさせながら地面に捨てた。

裂かれた兵の身体の向こう側から、見えるのは・・・。



「・・・・・・皇帝陛下の、勅命」



シルフェと同年代だろうか、20代に差し掛かったかどうかと言う年頃の女だ。

黒曜石で彩られた髪飾りでまとめた黒い長髪、雪のように寒々しい肌にはそれを補うように紅い塗料で顔、腕、足・・・薄い造りの軽鎧や布の間から露出している肌にも、奇妙な紋様が描かれている。

薄布と軽そうな金属で作られた軽鎧を纏い、その手には先ほど兵を裂いたらしき黒い大鎌を持っている。

その刃の先から、ポタ、ポタ・・・と血が滴っていた。



「う・・・」

「「「うおおおおおおおおおおおっっ!!」」」



迷うことも無く敵、そう判断してアベルの仲間達が飛びかかる。

すると女は身を屈め、背中の上で回すように大鎌を振るった。

空気を打つような不思議な音が響き、続いて粘着質な液体と固体が飛び散る音。



「勅命は・・・・・・皆殺し」



氷のような冷たい声音で女が呟いたと同時に、空中を飛んでいた兵達の首が地面にボトボトと続けて落ちた。

遅れて、身体が折り重なるようにして倒れる。

それを、女はあくまでも冷え切った眼差しで見つめていた。



  ◆  ◆  ◆



奇襲も時間が経てば、効果は徐々に薄れてくる。

元々の兵数はほぼ同数、だが同盟側に裏切りが出た分を換算すると同盟側の不利は動かない。

裏切りはそれ自体よりも、第二第三の裏切りを警戒する精神的ダメージこそが真骨頂と言える。

特に名目上、上下関係が存在しない同盟では隣の部隊は別の国の軍であることが当たり前だった。

信頼が一度崩れてしまえば、その後に連携をやり直すことは極めて難しい。



対して、極北から来た漆黒の帝国軍にはそれが無い。

様々な人種・民族・部族を「帝国」というひとくくりに纏めて、完結した指揮系統を持つ。

しかもその兵は、民族や部族に関係なく皆同じ感情で支配されていた。

その感情の名を、「恐怖」と呼ぶ。

「信頼」で纏まろうとした南とは、正反対の統合の理念であった。



「お前達は、自軍の兵士を脅しているのか!」



もはや周囲には味方も敵もいない、いや、すぐ近くで戦っているのはわかる。

しかしアベルの前には大鎌の女だけが存在し、2人の一騎打ちは果てなく続いていた。

足元には、アベルが殺した敵兵と女が殺したアベルの仲間達が物言わぬ骸となって転がっていた。



「・・・・・・」



アベルの問いかけに、女は答えない。

自分の味方が泣きながら戦う姿を見ていたはずなのに、表情一つ動かすことなくアベルの首を狙ってくる。

幾度となく斬り結ぶ中で、アベルは相手の女が何かしかの意思を固めていることはわかっていた。

だからこそ、理解に苦しむ。



「そんなことをして勝って、いったい、何を得られると言うんだ!」

「・・・・・・お前達の言葉を借りるのなら」



そこで初めて、女が口を開いた。

その声には感情が見えない、まるで削ぎ落とされてしまったかのように。



「・・・・・・戦乱が終わる」



風を切り、女がアベルの懐に飛び込んでくる。

鎌の背で剣を弾き上げて、開いた胴に刃を立ててくる。

アベルは数歩続けて後ろに跳ぶことでそれをかわし、剣を横薙ぎに振るって距離を取った。

前髪を数本散らせながら、女が下がる。



「戦乱が・・・終わる、だって?」

「・・・・・・私が大陸全てを制圧し、皇帝陛下に献上する。それが戦乱の終わりでなくて何だ?」

「自分の仲間を恐怖で縛ってか」

「では他に何で人を縛る、信頼で結びついていたはずのお前達の仲間はあっさりと裏切ったというのに」



事実なだけに、今のアベルには反論することができない。

実際、同盟と言う絆で大陸南部に平和をもたらしたはずの仲間達は、その一部がアベル達を裏切って極北の帝国についていたのだから。

続けて女は言う、恐怖を覚えている限り人間は裏切らないと。



「それは違う! 恐怖から逃れようとする限り、人は争いを続ける。恐怖からの・・・絶望からの解放をこそを、人々は望んでいるはずだ!」

「ならば、より大きな恐怖で縛るだけ。歯向かった者には死を、加担した者には死を、周囲には恐怖を与えて・・・二度と立ち上がれないように、二度と逆らおうと考えないように、二度と何かしようなどと思い上がらないように・・・」

「・・・そんな未来、哀しいだけだろうに!」

「哀しみも感じることはない、ただただ恐怖だけを感じていれば良い」



ギィンッ、大鎌と剣が火花を散って打ち合う中、2つの軍を率いる者同士の果てのない問答は続く。

いつの間にか、女の口数も増えていた。

風を切りながら振り下ろされた鎌を、アベルは必死で受け止める。



「・・・だが、僕達の目的が戦乱の終息という一点で共通している限り、戦わずに済む道もあったはずだ!」

「・・・・・・」

「話し合いの道は・・・・・・無い、のかっ!!」



叫び、剣を振るって女を吹き飛ばす。

純粋な力で弾かれた女は、空中で後ろ向きに回転した後に着地する。

アベルは追撃せず、代わって剣を下ろして手を差し伸べる。



「共に手を取り合い、平和をもたらすことはできないのか」



・・・絵空事と、笑いきることはできない。

裏切りが出たとはいえ、未だ同盟は健在である。

つまり南大陸の体制は変わらない、ここで大陸北部をほぼ制圧しただろう極北の帝国が同盟に加われば、同盟は大陸全土に広がることになる。



それはすなわち、誰もが国を失わずに平和を手に入れる方法ではないだろうか。

もちろん、突出した国力を持つ帝国の存在を脅威に感じる者もいるだろう。

しかしそれでも、それは話し合いで何とでもなる話しでもあった。

争いではなく、話し合いで手を取り合うことができるのでは無いかと。



「・・・・・・ならば」



その時、アベルは目を見張った。

それまで凍りついているのではないかと思えるほどに動かなかった女の顔が、別の表情を浮かべたのだ。

それは本当にかすかな物だったが、しかし確かな変化だった。



微笑んだ。



ほんの僅かに唇を歪めて、黒曜石のような瞳を細めて。

可憐とは程遠い、暗く昏くくらく、見る者の心を冷やしてしまう氷の微笑み。

次の瞬間・・・。



「ならば―――――」

「・・・っ!?」

「―――――ならばお前達が、帝国の傘下に入れば良い」



次の瞬間、差しのべたアベルの左腕が宙を舞っていた。

舞うように踏み込んできた女の鎌が、滑らかとさえ思える軌道でアベルの腕を裂いたのだ。

激痛というより、灼熱感がアベルを襲う。



「我らが同盟に入るのは良くて、お前達が帝国に屈するのがダメなどと言う道理はないだろう?」



アンチテーゼとしては、正しい。

そしてそれ以上に、女には意味のない議論だった。

そう言う話を聞く度に、いつも女は思ってきた。

大陸北部で女達より強大な軍を背景に降伏勧告をしてきた敵の王や将軍に、言ってきた。

何故、逆ではダメなのかと。



「話し合い、平和・・・よろしい、素晴らしいと理解しよう。では問おう、南の王よ」



勘違いした生徒を正す教師のような口調で、女は言った。

右腕で剣を振るったアベル、その剣先が女の左肩を斬った。

身体を横に回転させてそれ以上の負傷を避けて、女は完全に自分の間合いに捉えたアベルを見ながら「笑って」いた。



「いったいどうして、それを果たさねばならないのが自分だけだと、勘違いをしたんだ?」

「それは・・・!」



左腕の灼熱感と戦いながら、アベルは顔を歪めた。

確かに、自分で無くても良かったかもしれない。

いや、自分以外にもいくらでも人間はいただろう、だが。



脳裏に甦るのは、シルフェと共に誓い合ったあの日。



自分達以外には、あの場にいなかった。

そして自分達以外には誰も、自分達のようなことはしなかった。

自分達が・・・アベルがやるしか、他に無かった。



「安心しろ、南の王。もうその重荷を背負う必要はない・・・」



どれほど疲れても病んでも、誰も代わってくれなかった。

シルフェでさえも、支えることはできても代わることはできなかったのだから。

その考えは一瞬だけ、アベルの「生きなければ」という本能の働きを鈍らせる。

そしてその一瞬に、全てが決定されてしまうのが戦場だった。

大鎌の刃がアベルの両方の太股を斬り裂いて、アベルはバランスを崩してしまった。



「・・・・・・最期に、私の名を教えておこう」



頭上に掲げた大鎌を躊躇なく振り下ろし、相手の額を貫いて頭蓋を砕く。

まるで処刑台で咎人を断罪する処刑人のような様子で、それは行われた。



「ライラ・・・<断罪の>ライラ、地獄の門番に伝えるが良い」



視界が大鎌の漆黒に染まる一瞬、アベルは。

・・・アベルの脳裏に浮かんだのは、誰だっただろうか?



  ◆  ◆  ◆



――――――カシャン。

侍従の少女が落としてしまったカップが割れる音に、シルフェは顔を上げた。

視界の向こうでは、顔色を真っ青にした侍従の少女が額を床に擦りつけて謝罪していた。

他の侍従も、シルフェの沙汰に嫌な予感を覚えている様子だった。



シルフェは普段は優しく、侍従達の失敗にも寛容すぎる程だった。

しかし今回、侍従の少女が割ってしまったのは・・・アベルとの婚姻の折りに作られた、夫婦お揃いのティー・カップだったのである。

夫婦の仲睦まじさを知っている侍従としては、この後の展開に悪い予感を覚えても仕方が無いだろう。



「・・・怪我は・・・?」

「ひ・・・ひゃい、大丈夫・・・です・・・」

「・・・そう、良かった・・・」



しかし、シルフェはそれを許した。

確かにカップは惜しいが、だからと言って侍従に厳しい罰を与える程では無い。

シルフェの寛容さに侍従達はほっとした様子を浮かべたが、シルフェは別の意味で不安を覚えていた。



ただそれは、アベルが出征してからずっと感じている物でもあった。

無意識に下腹部を撫でながら、シルフェは遠い戦地にいるだろう夫のことを想った。

頭の良い彼女は、アベルが幼い頃から抱き続けていた府の感情と言う物も知っていた。

知っていたが、何もできなかった・・・だから、せめて祈るのだ。



「アベル・・・」



ただ、生きて帰って来てくれることを。

それだけを、シルフェは祈っていた。

彼女がその祈りの返答を知るのは、この時から10日後のことである。



  ◆  ◆  ◆



日が暮れて、戦場は静けさを取り戻しつつあった。

かがり火の中で照らされるのは、刀尽き矢折れ、王を失って精根尽き果てた同盟軍の将兵だった。

そんな彼らに縄を打っているのは、彼らを裏切った元同盟軍の兵である。

彼らは僅かの後ろめたさと、大部分の自分達の幸運を感じているような表情を浮かべていた。



そしてその象徴が、自分達の戦果―――裏切りの戦果―――を見聞に訪れた極北の帝国が誇る女将軍を出迎えている将軍達だった。

彼らは一様に揉み手をしながら自分達の戦果を誇り、帝国による大陸統一後の身分を保障してくれるよう女将軍に頼んでいた。

元より密約があり、彼らは女将軍がそれに否やと言うとは思っていなかったが・・・。



「・・・・・・彼らは何故、生きている?」

「は、はぁ、それは降伏したので・・・」

「勅命は皆殺し。皇帝陛下の命を違えるとは・・・」

「そ、それはびぇっ!?」



将軍たちの首が宙を舞い、兵士達がドヨめいた。

帝国軍の将兵はどこか諦めたような恐怖の色を浮かべており、初めて帝国の女将軍を見る敵味方は驚愕の表情を浮かべている。

そんな彼らに、女将軍は冷然と告げる。

「聖王殺し」の異名を取ることになる女は、獲物の大鎌を振るいながら告げる。




「皆殺しにしろ、1人たりとも生かすことは許さない。


勅命を違える者も皆殺せ、諫言する者も皆殺せ、躊躇する者も皆殺せ。


笑う者は皆殺せ、哀しむ者は皆殺せ、喜ぶ者は皆殺せ、苦しむ者は皆殺せ。


そして殺した者達を磔にし、街道沿いに立てて並べろ、我らの恐怖を民衆にわかりやすく刻みつけろ。


そして告げろ、広げろ、叫べ、知らせろ、帝国に歯向かう者がどうなるのか。


皇帝陛下に歯向かう者がどうなるのか、これから先、皇帝陛下に従わない者がどうなるのか。


忠誠も信仰も信頼もいらない、必要なのは恐怖だ。


恐怖以外の感情を抱く者は―――――ただただ、殺せ、殺せ、殺せ」




ひたすらに殺せと命じる女将軍・・・<断罪の>ライラの言葉に、恐怖で縛られた兵団が動く。

降伏し、捕虜にした敵兵達を殺し始めた。

剣で刺し、弓で撃ち、獣をけしかけ、火をかけ、仲間や友人を目の前で殺しながら。

絶望の悲鳴を上げてのたうち回る敵兵を、帝国の女将軍は微笑みながら見ていた。



冷然と浮かべられるその微笑みは、全てを凍てつかせる氷の華だった。

極北で咲いた氷の華の目の前で、真紅と漆黒の地獄が広がっていった。

虐殺と言う名の恐怖は、いつしか大陸全土を覆っていった―――――。



  ◆  ◆  ◆



―――――その後。

大陸中央部で「聖王」という支柱を失った南大陸同盟は瞬く間に瓦解、極北の帝国に屈することになる。

大陸の北端から南端まで、その全てが極北の幼帝の手に落ちることになった。

統一された大陸、戦乱が終息した大陸、しかしそこには安息も平穏も平和も存在しなかった。



戦争は、起こらなくなった。

しかし代わりに虐殺が続いた、略奪が続いた、統一された意思によってそれは秩序だった脅威として民衆に重く圧し掛かった。

重税に喘ぎ、理不尽に嘆き、悲嘆に悲鳴を上げて・・・・・・しかし300年間、誰1人として歯向かわなかったと言う。



後世の歴史家は言う。


『皇帝の気まぐれによって、数百万の人民の命が失われた。しかし、大陸全体として見れば数%に過ぎ無い。むしろ同じ期間戦乱が続けば、その数倍以上の犠牲が出ただろう。それを考え合わせれば、数百万の犠牲で大陸統一と言う偉業を成し遂げた皇帝と帝国の功績は評価して余りある点がいくつも見出せる』


『逆に「聖王」の方針では国は分かたれたまま、彼亡きあとには新たな戦乱が起こったであろう。彼は、生まれるのが100年は早かった。彼には、数百万の人間を殺してでも数億の大陸の民を救うと言う決断ができなかったのだ。その意味では、戦乱期に生まれるべき人間では無かったと言える』


この歴史家に対する反論は、当然無数に存在することをここに表記しておく。



―――――そして誰も皇帝に、と言うより帝室に逆らわない300年が続いた後。

301年目に、それは起こった。

「聖王の子孫」を名乗る少女に率いられた民衆が、300年ぶりに戦乱の火蓋を切って落としたのである。



争いを終息させようとした「聖王」、その子孫が300年の後に新たな戦乱を「叛乱」という形で引き起こしたのは、歴史の皮肉であると言わざるを得ない。

そして人々が帝国の重圧から解放され自由を得るのは、そこからさらに100年後。



王国から帝国へ―――――そして、再び王国へ。

これは、歴史の中で懸命に生きた者達の記録である。




中編小説、終わりです。

ダイジェストな部分がいくつもあったので、あまり思い通りに作れた作品では無いですね。


やはり個人的には、長編小説の方が伏線もしっかり張れる分好みです。

いつかオリジナルで長編とか書いてみたいですねー。

では、またどこかでお会いしましょう。


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