第5話 恋愛残響
現場は学校だった。
放課後の旧体育館。
鍵は開いていないはずなのに、扉は半開きになっている。
「嫌な匂いするな」
シロが鼻をひくつかせた。
「甘い」
「甘い?」
レンは首をかしげる。
ミコはすでに刀に手をかけていた。
「中は侵食されてる」
「侵食?」
「感情だ」
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
視界が揺れる。
体育館の中は、妙に明るい。
夕日でも照明でもない、淡いピンク色の光。
「……何これ」
レンが一歩踏み出す。
その瞬間だった。
胸の奥がざわつく。
誰かを“好きになる感情”が、いきなり流れ込んできた。
「っ……」
頭が熱い。
理由もなく、誰かに惹かれる。
目の前にいない“誰か”に。
「触れるな」
ミコの声が鋭く飛ぶ。
「それ、感染する」
「感染?」
レンは息を荒げる。
体育館の中央に、それはいた。
人の形をした“影”。
だが顔が曖昧に揺れている。
制服姿の女子生徒のようで、そうではない何か。
『好き』
声がした。
直接頭に響く。
『好きになって』
『見て』
『気づいて』
空気がねじれる。
レンの視界に、いないはずの人物が増えていく。
笑っている誰か。
泣いている誰か。
全部同じ“存在”だった。
「これが……残響?」
レンは絞り出すように言う。
「恋愛型だ」
シロが淡々と答える。
「厄介なやつだな」
ミコが前に出る。
「核はどこだ」
「核?」
レンは周囲を見る。
ピンクの霧の中心。
そこに“ひとつだけ濃い色”がある。
黒に近い赤。
それは、体育館のステージの上にあった。
「あそこだ」
レンは指をさす。
ミコが一瞬だけこちらを見る。
「見えるのか」
「いや……なんとなく」
「十分」
影が動く。
霧が一気に濃くなる。
『好きになって』
『好きになって』
『好きになって』
声が増えるたびに、思考が鈍る。
レンは膝をつきそうになる。
「何だこれ……気持ち悪い……」
ミコが静かに言う。
「感情の暴走だ」
「暴走?」
「未練が“形”を持つとこうなる」
影が近づく。
触れられた瞬間、レンの意識が揺れる。
誰かを好きになる。
強制的に。
歪んだ愛情。
「やめろ……!」
レンは頭を押さえる。
その瞬間だった。
視界が“変わる”。
ピンクの霧の奥に、青い一点。
「そこだ!」
ミコが走る。
一閃。
空気が裂ける音。
影が崩れる。
霧がほどけていく。
静寂。
体育館は、ただの古い建物に戻っていた。
夕日が差し込んでいる。
「……終わった?」
レンが呟く。
「終わりだ」
ミコは刀をしまう。
シロが小さく言う。
「恋は強いな」
「何の話だよ」
レンは疲れたように返す。
ミコは少しだけ間を置いて言った。
「感情は、刃物より危険だ」
レンは天井を見上げる。
「俺このバイト、普通に精神削られるんだけど」
誰も否定しなかった。




