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「橘〜」
「例の後輩、また絡んでんの?」
「まあ、ちょっと」
すると横から、
「だって気になりますもん〜」
あの後輩が、にこっと入ってくる。
「橘さんって、ガード固いじゃないですか」
「普通やと思うけど」
「え〜」
机に手ついて、少し身を乗り出す。
探ってくる感じ。
先輩が、ふっと笑う。
「あー、無理無理」
軽く手振って、
「こいつ、まじで彼女しか見えてないからやめときな」
後輩が、えーって顔する。
「でもぉ」
わざとらしく首傾げて、
「今はそうでもぉ」
一拍置いて、
「初めての彼女ってわけじゃないだろうし、
今までの彼女みたいにどうなるかわからなくないですかぁ?」
――その一言。
一瞬、空気が止まる。
別に、怒るほどじゃない。
でも。
違う。
はっきり。
「いませんよ」
短く言う。
「え?」
後輩がきょとんとする。
先輩も少しだけ目を細める。
「今までの彼女なんていないです」
視線、逸らさずに。
「今の彼女が初めてなんで」
静かに言い切る。
数秒、沈黙。
「……え、まじ?」
先輩が吹き出す。
「嘘だろお前」
「ほんまです」
「いやいやいや、そんな顔して?」
「どんな顔ですか」
「いや、なんかこう……経験豊富そうな顔」
「偏見すぎません?」
後輩は、ちょっとだけ言葉詰まる。
「……え、でも」
まだ食い下がる。
「それって、逆に不安じゃないですか?」
「何が」
「だって、一人しか知らないって」
少し声を落として、
「もっといい人いるかも、とか思わないんですか?」
――ああ。
これか。
たまに言われるやつ。
「思わないですね」
「なんでですか?」
「なんでって」
少しだけ考えて、
でも、すぐ答え出る。
「最初から、そのつもりで好きになってるんで」
空気がまた静かになる。
「……重」
先輩が笑う。
でも、どこか納得した顔。
「いやでも、分かるわ」
腕組んで、
「こいつそういうタイプだわ」
後輩は、ちょっとだけ黙る。
さっきまでの軽さが、少しだけ消える。
「……そっか」
小さく言って、引く。
完全には諦めてない顔。
でも、踏み込めない。
そこに線があるの、分かった感じ。
仕事しながら、ふと思い出す。
「最初から、そのつもりで」
別に、かっこつけたつもりはない。
ただの事実。
両親もそうだった。
当たり前みたいに一人で、
当たり前みたいに続いてる。
だから、自分もそうなると思ってた。
遥花さん。
あの人以外、考えたことない。
これから先も、多分ない。
それが普通やと思ってる。
……世間的には違うらしいけど。




