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澪花がいる生活は、あっという間だ。


昨日まで首も座っていなかったのに。


ふにゃふにゃだった体が

ある日、ぐっと自分の力で持ち上がる。


「見てください、今……!」


動画を撮ろうとして間に合わなかった湊が

本気で悔しがった日。


初めて寝返りをした夜は

二人で拍手して、澪花はきょとんとしていた。


つかまり立ちを覚えた日。


テーブルの角という角に

湊が全部クッションを貼った。


「やりすぎじゃない?」


「何かあってからじゃ遅いです」


真顔で言うから、笑うしかなかった。


初めて立った日。


数歩、ふらふら進んで、湊の胸に倒れ込む。


「今の見ました?」


「見たよ、ちゃんと見た」


湊の声が、少し震えていた。


泣いていない顔で泣いているみたいな、あの表情。


あの時、ああ、この人は一生こうなんだろうなって思った。


守る側の顔。


でも、いつの間にか。


澪花は、守られるだけの存在じゃなくなっていた。




「澪花、走らないの!」


休日の公園。


小さな背中が、ぱたぱたと先へ行く。


「待って、危ないってば」


ぱたん、と軽い音。


一瞬、胸がひやりとする。


泣くかな、と思った瞬間、横からすっと湊がしゃがむ。


「大丈夫?」


差し出される手。


低くて、落ち着いた声。


澪花は一瞬きょとんとしてから、ぱっと立ち上がる。


「だいじょーぶ!」


ひざを軽く払って、にこっと笑う。


「ぱぱ、ありがとう!」


そう言って、また走っていく。


「だから走らないの!」


私の声が、少しだけ大きくなる。


湊が立ち上がり、苦笑する。


「元気ですね」


「元気すぎるよ」


「いいことです」


昔みたいに、すぐ抱き上げない。


すぐ止めない。


必要なときだけ、手を出す。


その距離感が、自然で。


少し前までは、全ての角から守ろうとしていたのに。


今は、転んでも立てるって知っている顔。


「湊」


「はい」


「ちょっと余裕出てきた?」


「……出てますか?」


少し考えてから。


「澪花が、自分で立てるって分かったので」


それだけ。


でも、それがすべてだ。


守るだけじゃない。


信じる、に変わっている。


澪花が振り返る。


「ままー!ぱぱー!はやくー!」


両手をぶんぶん振っている。


湊が、小さく笑う。


「行きましょうか」


自然に、私の隣に並ぶ。


澪花を追いかける足取りは、焦っていない。


それでも、目はずっと追っている。


四年。


あっという間だった。


首が座った日も。


初めて歩いた日も。


そして今。


走って、転んで、笑って、また走る。


「湊」


「はい」


「これが欲しかった生活?」


少し意地悪く聞いてみる。


湊は澪花から目を離さないまま、答える。


「はい」


迷いなく。


静かで、強い声。


その横顔を見て思う。


あの日、分娩室で震えていた人は。


もういない。


代わりたいと願っていた人は。


今、ちゃんと“出来ること”をしている。


私たちは、境界線の内側にいる。


焦らず、でも確実に。


家族になっている。




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