極上芋けんぴ
その日の晩飯は親方の家で一緒に食べることになった。食後、奥さんがお菓子があるのよと出してきたのはちょっと大きめの銀色の缶だった。
蓋を開けると中にはぎっしり芋けんぴが詰まっていた。つやっとして透明感のある薄茶色で見るからに美味しそうだ。が、誰も手を出さない。親方も奥さんも、千絵ちゃんもじっと俺が食べるのを待っている。
どう考えても嫌な予感しかしなくて、小さめの1本を取って口に入れてわかった。固ってえー!うかつに噛むと歯が折れるか、口の中に刺さりそうだ。口に入れたままお茶を含み、軟らかくなるのを待つ。
「そうよねー」
「やっぱりねー」
と奥さんと千絵ちゃんが揃って言った。やっぱりって。知ってたんですねあんたたち。
「名産品だってお土産でもらったんだけど。譲二でも無理か。」
そう言ったのは千絵ちゃんだった。会社でもらったそうだけど、それって…押しつけられたんじゃないの?
「全部あげるからゆっくり食べて」
そう言うと千絵ちゃんは蓋を閉めると缶を紙袋に入れ、にっこり笑った。押しつけられの押しつけかよ!でも千絵ちゃんには逆らえません。ありがたく紙袋を持って自分のアパートに帰った。
翌日は勇さん家に行く日だったので、昨日のもらい物を持って電車に乗った。週末ゆっくり片付けるか、食べきれなかったらこっそり山の中に埋めるか…。いや食べ物を粗末にするのは良くない。勇さんなら食べられるようにしてくれないかな。
勇さん家に来て、すぐ缶を出した。固くて食べられないけど何とかできないか?と聞くと、勇さんは缶の蓋を開け、味見で1本口に入れた。なんだこれは?と言わんばかりのしかめっつらになって、しばらく口の中でもごもごしてた。だよなー。
やっと食べ終わった勇さんはうなずくと、なぜかヴィンセントを呼んだ。不機嫌そうな顔で台所に顔を出す。
「何?」
「お前が好きそうな物を譲二が持ってきてくれたぞ。」
缶をのぞき込んだヴィンセントは珍しい物を見たような声で言った。
「芋けんぴ?」
芋けんぴを知っているとはさすが日本通。ヴィンセントは缶から1本引き抜くと、口に入れてバリっと噛んだ。おいおい、あれが食えるのかよ…いや、たまたま固くないのがあったのか?
ヴィンセントは一瞬ちょっと眉を上げ、もう1本口に入れてバリバリとかみ砕いた。珍しく少し嬉しそうな顔をする。
「いいね。食べてる感じがする。」
続けて口に入れると、どう考えても人の口から出ているとは思えない音が響いた。動物番組で見たハイエナが骨をかみ砕くときの音だ。
「気に入ったか。よかったな。」
「うん。小猿にしては気が利いてる。」
褒めてるのかけなしているのかよくわからない言葉だったが、芋けんぴ自体は気に入ったらしい。
その後、とぎれとぎれにバリバリと骨をかみ砕く音が聞こえてきた。最後はとうとう勇さんに「晩ご飯が入らなくなるから食うな!」と怒られていた。お母さんと子供か。
しかし固い物が好きなのか。知らなかった。福砂屋のカステラが好きなのもザラメがバリバリするからかな。
そこでちょっと俺は悪いことを…いや、ヴィンセントに助けてもらった恩返しを思いついた。日本全国の固いことで有名な銘菓を調べて取り寄せ、お土産として持参した。もちろんヴィンセントの歯を折ってやろうなんて思ってないよ?うん、本当に。
そして俺のたくらみは無駄に終わった。いや予想してなかったわけじゃないんだけど…そりゃハイエナには人間が食う物なんて固いうちに入らないよな。家の外にいても噛んでる音が聞こえるってどんだけなんだよ。まあヴィンセントが喜べば勇さんも喜ぶから…いいや。ちっ。