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人魚と獣 (Merman and the Beast)  作者: 烏籠武文
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[譲二18歳] 上りホームにて

高校卒業式の翌朝、俺が最初にしたことは制服と卒業証書と卒業アルバムをゴミ収集所に捨てることだった。


その足で駅に向かい、東京までの片道切符を買った。上り電車が到着するまでホームで待つ。荷物は肩にかけているバッグだけで、中には着替えと、たぶんお金が入った封筒が入っている。最後にあの人から渡された餞別だ。


そういえばもう一つ餞別があった。胸のポケットに入っていた紙を取り出し、細かく裂いて線路に捨てる。「大阪に行ったらこの人に頼るといい」と渡してくれたメモだ。


悪い人じゃなかった。ただ男の子が好きなだけで。高校卒業まで面倒を見るという約束も守ってくれた。だから俺も約束通り、昨日の夜は最後の仕事をした。


10歳のあの夏の日、突然警察に保護されたときは何がなんだかわからなかった。しばらくして俺以外の家族が心中したと聞かされたが、全く実感はなかった。兄と両親の葬式にも出なかったし、いまだに墓にも行ってない。


18にもなれば多少は世の中のことがわかってくる。銀行に勤めていた父はもうじき栄転するはずだった。だがそのため、使い込みが発覚するのを恐れて無理心中した。ということになっていた。


そしてうちはそれなりに裕福だったはずなのに、その財産も、父母の保険金も、家を売った金も俺には一円も渡されなかった。おそらくは父の葬儀をとりしきった、父の妹のところに行ったのだろう。最初に叔母の家にひきとられたとき、ずいぶん贅沢な生活をしていると驚いた記憶がある。


しかし叔母も、俺と暮らすのはさすがにやましかったのかもしれない。2年後に俺は叔母の夫の弟という微妙な関係の親戚に送られた。「うちでは育てられない子供を遠い親戚のおじさんがひきとってくれた」という美談だ。


優しくて、嘘をつかない人だった。欺されたわけじゃない。「僕の言うことをちゃんと聞く良い子でいたら、高校を卒業するまで面倒をみてあげる。」と言われただけだ。12歳の子供にはその意味がわからなかったが、わかった時にはもうどこにも行く場所はなかった。


2月になって高校が休みに入ったとき、俺は自分の荷物を捨て始めた。整理じゃない。片っ端から全部捨てた。何一つ残すつもりはなかった。


捨てることには何も言われなかったが、一度だけ「君がいなくなると寂しくなる」と言われた。本当のことだろう。親子、というより年が離れた兄弟のように2人で野球を見に行ったり、遊園地に行ったこともある。それはとても楽しかった。否定はしない。


夢で終わるはずのものが手に入ったからといって、人が幸せになるとは限らない。むしろ俺が彼のところに来なかった方が、もっとまともな人生を送れていただろう。お互いに相手を不幸にしただけのような気もする。


だが契約は終わった。俺は、誰も俺のことを知らない街に行く。二度とここには戻らない。ただこの街から逃げ出しても、俺がしたことも、されたことからも逃げられないことはわかっていた。俺が本当に自由になる日はいつ来るんだろう。


待っていた電車は時間通りホームに来た。車両のドアが開き、誰もいないボックス席に一人で座る。そしてドアが閉まり、4両編成の小さな電車は俺を遠い街へ連れて行くために動き出した。

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