短話3 奔放なパーカッショニスト達(三)※
カッコの中身がおかしいな。漢数字になってしまいましたね(短話とは)
ひれ伏して、申し訳ありません!
(すみませんすみません)
さしもの煩い打楽器奏者らが、しん……と静まった。固唾を飲み、対峙する二人の少女を見守っている。
菫色の瞳をきつく睨む形に吊り上げたイオラと、きょとん、と目を丸くするエウルナリア。
それを、興味深そうに腕を組み、悠々の体で観戦するシュナーゼンがいる。
(やべぇ。マリンバ地帯が混沌……)
ユージィンは痛み始めた胃を押さえた。
たまたま、マリンバの隣に陣取ってしまった不運を嘆きたい。五台も六台も連ねたティンパニは移動が大変なので、できればイオラにはもっと離れてほしかった。
――……しょうがない。
二本のマレットを、そっと打面に置く。身を乗り出し、相棒の皮に体重をかけぬよう注意しながら、背を向けるシュナーゼンの左肩を軽く叩いた。
何食わぬ顔で振り向く皇子に、そっと耳打ちする。
「(皇子、皇子)」
「(んー?)」
あまりにも平和でのんびりした答えに、ユージィンは思わず上体のバランスを崩しそうになった。
いかんいかん、と頭を振る。気を取り直して再挑戦。
「(イオラ、叱ってやってくださいよ)」
「(なんで?)」
「(なんで……て。当たり前でしょ。あいつ、全然わかってないじゃないすか。このままじゃ、どんだけ腕は良くっても、皇国楽士の名折れです)」
「先輩。聞こえてます」
「うっひゃああぁ!!」
突然、割って入った不機嫌な少女の声。
ばくん、ばくんと波打つ胸を落ち着かせながら、ユージィンはおそるおそるイオラを眺めた。
――間違いない。シュナーゼン越しにがっちりロックオンされている。
(おいおーい、今度はこっちかよ)
舌打ちしそうになるのを、寸でのところで堪える。脱力すればいいのか。怒ればいいのか。よくわからないもやを抱えたまま、諦めて口をひらいた。
「あのさ、イオラ。言っとくけど――」
「よし。決めました」
「…………はい?」
微妙な空気を清しく祓う、やさしく響く甘い声。決して大きくはないそれに、イオラもユージィンもシュナーゼンも、室内の誰もが釘付けになった。
およそ、四分休符が五つ分ほどの空白。
視線を一絡めにした黒髪の令嬢はうつくしく、何でもないことのように優雅に微笑んだ。
この上ない爆弾発言を、つるっと投下しながら。
「――決めました。第二専攻の実技試験。私、マリンバにします。教えてくださいね、イオラ嬢」
* * *
ポゥンッ……、ポン、ポロロロロン……
深い、木の温もりに満ちた独特な音色。エウルナリアは宣言通り嫌がるイオラを捕まえ、互いに寮住まいであるのを良いことに、ぐいぐい距離を縮めた。
あれから三日。
放課後の個人練習室を貸しきってのレッスンに、なぜか定員以上の人数が詰めている。見学者よろしく二人の少女に視線を向けるのは皇子シュナーゼン、令嬢の従者レイン、それにユージィン。
三人の真ん中に陣どる皇子は、いかにも無邪気そうに、右隣の少年に微笑みかけた。
「なんで、きみまでいるの? レイン」
問われたレインは表情筋を動かさず、最小限の動きでシュナーゼンを見つめ返した。
灰色の瞳にかかる栗色の睫毛は、かれが男であることを周囲に忘れさせるほど優美に映る。
「講義は終わっています。エルゥ様の側に僕がいるのに、理由は必要ありません」
「うへぇ……」
顔をしかめた皇子は、床にこぼれ落ちそうな低い呻き声をもらした。綺麗な顔が台無しだ。
「相っ変わらず、従者の立場を最大限に利用してるよね。ちなみにきみの第二専攻は?」
「竪琴です」
「あ、そう」
すでに熟練の域にある楽器を手堅く選ぶ辺り、本当に可愛いげがない。シュナーゼンはしぶしぶ、レインを追い出すことを諦めた。
次いで、左隣のユージィンに目を遣る。
「先輩は? いくら学生団員の責任者だからって。僕もいるし、エルゥに危害は加えさせないよ?」
「いや、おれは」
答えつつ、ちらりと少女二人の様子を窺う。
――練習に夢中で、こちらには注意を払っていない。力が入っていたらしい肩を落とし、ユージィンは、ぼそぼそと続けた。
「……単に、好奇心。姫君がなんでわざわざマリンバを選んだのか。そもそも何故、打楽器なんです?」
“姫君”は、そもそもあだ名のようなもの。
楽士伯家の令嬢には、自身も含めて団員達から、そう呼ばれるだけの理由がある。
バード楽士伯家では、生まれた子にはもれなく英才教育が施される。揃えうる全ての楽器に触れさせ、馴染ませ、才能があれば容赦なく伸ばす。それが親である当主の務めと聞く。
エウルナリアはたまたま声楽に長じたが、本来はどの楽器でも弾きこなすはずだ。弦楽器、管楽器――ピアノも。
しかし、打楽器は打ちさえすれば鳴る。歌声を打ち消してしまう特性もあるので、敬遠されると思っていた。
そう伝えると、銀色の皇子はふふん、と笑った。備え付けの簡易の椅子に腰掛け、組んだ足に片肘をつき、妙に色っぽく視線を流す。
「それはね、彼女が僕の誘いを断りきれず――」
「はい、却下。やめましょうねシュナ様。大見得はみっともないですよ」
「煩いなぁ……やっぱきみ、出てていいよ」
「嫌です」
きっぱりと断罪する従者の少年に、辟易と退室を促す皇子。このまま際限なく続く掛け合いが始まる前にと、ユージィンは慌てて身を乗り出した。
「え? ちょっと待って。真相は? 姫君、もとから打楽器を……ひょっとして、第二専攻の試験の楽器をマリンバにするつもりだったってことですか?」
「うん」
無言で頷くレインに被せるように。
シュナーゼンは、あっさりと肯定した。つまり。
(――――)
内緒話を繰り広げる男子三名。
ちら、と一瞬だけ、どうでも良さそうに視線を投げかけるイオラがいた。