表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

短話3 奔放なパーカッショニスト達(三)※

カッコの中身がおかしいな。漢数字になってしまいましたね(短話とは)


ひれ伏して、申し訳ありません!

(すみませんすみません)


 さしもの(うるさ)い打楽器奏者らが、しん……と静まった。固唾(かたず)を飲み、対峙する二人の少女を見守っている。


 菫色の瞳をきつく睨む形に吊り上げたイオラと、きょとん、と目を丸くするエウルナリア。

 それを、興味深そうに腕を組み、悠々の(てい)で観戦するシュナーゼンがいる。


(やべぇ。マリンバ地帯が混沌(カオス)……)

 ユージィンは痛み始めた胃を押さえた。

 たまたま、マリンバの隣に陣取ってしまった不運を嘆きたい。五台も六台も連ねたティンパニは移動が大変なので、できればイオラにはもっと離れてほしかった。


 ――……しょうがない。

 二本のマレットを、そっと打面に置く。身を乗り出し、相棒(ティンパニ)の皮に体重をかけぬよう注意しながら、背を向けるシュナーゼンの左肩を軽く叩いた。

 何食わぬ顔で振り向く皇子に、そっと耳打ちする。


「(皇子、皇子)」


「(んー?)」


 あまりにも平和でのんびりした答えに、ユージィンは思わず上体のバランスを崩しそうになった。

 いかんいかん、と(かぶり)を振る。気を取り直して再挑戦。


「(イオラ、叱ってやってくださいよ)」


「(なんで?)」


「(なんで……て。当たり前でしょ。あいつ、全然わかってないじゃないすか。このままじゃ、どんだけ腕は良くっても、皇国楽士の名折れです)」

「先輩。聞こえてます」

「うっひゃああぁ!!」


 突然、割って入った不機嫌な少女の声。

 ばくん、ばくんと波打つ胸を落ち着かせながら、ユージィンはおそるおそるイオラを眺めた。

 ――間違いない。シュナーゼン越しにがっちりロックオンされている。

(おいおーい、今度はこっちかよ)


 舌打ちしそうになるのを、寸でのところで堪える。脱力すればいいのか。怒ればいいのか。よくわからない()()を抱えたまま、諦めて口をひらいた。


「あのさ、イオラ。言っとくけど――」

「よし。決めました」


「…………はい?」


 微妙な空気を(すが)しく祓う、やさしく響く甘い声。決して大きくはないそれに、イオラもユージィンもシュナーゼンも、室内の誰もが釘付けになった。


 およそ、四分休符が五つ分ほどの空白。

 視線を一絡(ひとから)めにした黒髪の令嬢はうつくしく、何でもないことのように優雅に微笑んだ。

 この上ない爆弾発言を、つるっと投下しながら。


「――決めました。第二専攻の実技試験。私、マリンバにします。教えてくださいね、イオラ嬢」




   *   *   *




 ポゥンッ……、ポン、ポロロロロン……


 深い、木の温もりに満ちた独特な音色。エウルナリアは宣言通り嫌がるイオラを捕まえ、互いに寮住まいであるのを良いことに、ぐいぐい距離を縮めた。



 あれから三日。

 放課後の個人練習室を貸しきってのレッスンに、なぜか定員以上の人数が詰めている。見学者よろしく二人の少女に視線を向けるのは皇子シュナーゼン、令嬢の従者レイン、それにユージィン。

 三人の真ん中に陣どる皇子は、いかにも無邪気そうに、右隣の少年に微笑みかけた。


「なんで、きみまでいるの? レイン」


 問われたレインは表情筋を動かさず、最小限の動きでシュナーゼンを見つめ返した。

 灰色の瞳にかかる栗色の睫毛は、かれが男であることを周囲に忘れさせるほど優美に映る。


「講義は終わっています。エルゥ様の側に僕がいるのに、理由は必要ありません」


「うへぇ……」


 顔をしかめた皇子は、床にこぼれ落ちそうな低い呻き声をもらした。綺麗な顔が台無しだ。


「相っ変わらず、従者の立場を最大限に利用してるよね。ちなみにきみの第二専攻は?」


「竪琴です」


「あ、そう」


 すでに熟練の域にある楽器を手堅く選ぶ辺り、本当に可愛いげがない。シュナーゼンはしぶしぶ、レインを追い出すことを諦めた。

 次いで、左隣のユージィンに目を遣る。


「先輩は? いくら学生団員の責任者だからって。僕もいるし、エルゥに危害は加えさせないよ?」


「いや、おれは」


 答えつつ、ちらりと少女二人の様子を窺う。

 ――練習に夢中で、こちらには注意を払っていない。力が入っていたらしい肩を落とし、ユージィンは、ぼそぼそと続けた。


「……単に、好奇心。姫君がなんでわざわざマリンバを選んだのか。そもそも何故、打楽器(うち)なんです?」


 “姫君”は、そもそもあだ名のようなもの。

 楽士伯家の令嬢には、自身も含めて団員達から、そう呼ばれるだけの理由がある。


 バード楽士伯家では、生まれた子にはもれなく英才教育が施される。揃えうる全ての楽器に触れさせ、馴染ませ、才能があれば容赦なく伸ばす。それが親である当主の務めと聞く。


 エウルナリアはたまたま声楽に長じたが、本来はどの楽器でも弾きこなすはずだ。弦楽器、管楽器――ピアノも。

 しかし、打楽器は打ちさえすれば鳴る。歌声を打ち消してしまう特性もあるので、敬遠されると思っていた。


 そう伝えると、銀色の皇子はふふん、と笑った。備え付けの簡易の椅子に腰掛け、組んだ足に片肘をつき、妙に色っぽく視線を流す。


「それはね、彼女が僕の誘いを断りきれず――」

「はい、却下。やめましょうねシュナ様。大見得はみっともないですよ」

「煩いなぁ……やっぱきみ、出てていいよ」

「嫌です」


 きっぱりと断罪する従者の少年に、辟易(へきえき)と退室を促す皇子。このまま際限なく続く掛け合いが始まる前にと、ユージィンは慌てて身を乗り出した。


「え? ちょっと待って。真相は? 姫君、もとから打楽器を……ひょっとして、第二専攻の試験の楽器をマリンバ(あいつ)にするつもりだったってことですか?」


「うん」


 無言で頷くレインに被せるように。

 シュナーゼンは、あっさりと肯定した。つまり。



(――――)

 内緒話を繰り広げる男子三名。

 ちら、と一瞬だけ、どうでも良さそうに視線を投げかけるイオラがいた。




マリンバの押しかけレッスン。初日のイメージはこちらです。


挿絵(By みてみん)


「マレット。ちがう、こう」

(※とてもぶっきらぼうに、真面目に教えるイオラの図)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ