短話3 奔放なパーカッショニスト達(四)
――いやがらせ? 冗談やめて。
正直そう思った。しかも、はっきり言ってやった。
が、彼女は全く動じなかった上ににっこりと笑い、『嫌がらせじゃありません。本気です』と、キッパリ反論してきた。
たおやかな容姿に反してひどく頑固なのだと、早々に気づくべきだった。
しかも。
(……上手い)
『マリンバのための舞踏曲』。
早弾きは不利だろうから、と、しれっと勧めたこの曲はゆったりとした三拍子だが、左右の手で二本ずつ。四本のマレットを同時に使用する箇所が極めて多い。明らかに初心者向きではない。
――我ながら鬼だな、と、意地悪くほくそ笑んでいたのに。彼女はあっさり『わかりました』とだけ頷き、翌日には完璧な譜読みで仕上げてきた。
三日目の現在。
エウルナリアは、深い音色を生かした情感たっぷりなトレモロを強弱もきちんと付けた上で披露している。曲の持ち味である流麗なワルツのリズムを刻む左手の低音も正確で伸びがいい。
ミスタッチは散見するものの、体全体を使った丁寧な弾き方で肩の力も抜けている。おまけに楽しそうだ。
つまり、彼女は初心者ではなかった。
指使いのぎこちなさが目立ったのは初日だけ。あれにすっかり騙されたのだ。
(いったい、どこのどいつよ。苦労知らずの“顔だけお嬢さん”が、皇族の求婚者やら美形の従者を侍らせて、キャッキャウフフしてるだなんて……!)
今思えば、浅はかだった。
誤情報にいいように踊らされたイオラは内心、舌を巻く。とてもいい音楽なのに、苦い顔になるのを止められない。
一応、みずからとて皇国楽士の端くれ。
彼女が噂通りの“お嬢さん”ではないことくらい、気づいている。
でも。
(それなら余計に……、なんで??)
謎は深まるばかりだった。
* * *
指定した箇所を弾き終え、ふぅ……と前髪を払うエウルナリアに、イオラは渋そうな顔を向けた。
視界の隅で男子がひそひそやっているのは知っている。面倒なので放置する。
(訊くべきは、こっちでしょ)
汗をかいても儚く美麗な少女に顔を寄せ、すばやく小声で問いかけた。
「ね、あなた。なんであのときマリンバを選んだの? 別にマリンバだけに惹かれたようには見えなかった。指導ならシュナーゼン皇子だってできる。……ひょっとして、私が新参の外国人だから? だから、気を遣ったの??」
額を手の甲で拭った令嬢は、ほんの少しだけ躊躇いを見せたあと、青い瞳を瞬かせた。それから、すぅっ……と、視線の熱を冷ます。
まだうら若くとも、少女でも。
それは、余分な感情の一切を廃した、人の上に立つ者のまなざしだった。
――――
瞬間、息を飲む。イオラは気圧された。
エウルナリアは再び視線を鍵盤に落とし、ゆるゆると旋律を奏で始めた。流れるようなppだった。
「正直に申し上げれば。父である歌長の意向を受けました。貴女が外回りの皇国楽士に足るかどうか、試しておいで、と。
できれば、貴女を見出だしたノエル……――第一皇子殿下の意は汲んで差し上げたいですし。
我が国は小さい。諸国に比べれば豆粒です。イオラさん、この意味わかります?」
「豆? あぁ……、確かに。レガートって、国土が島一つだもんね。でも白夜国じゃ、レガートを蔑視なんてしない。むしろ、憧れてる子のほうが多いんじゃないかな」
「それは良かった。『憧れ』と仰いましたか。なぜ?」
笑顔で追及の手をいっこうに緩めない令嬢に、気がつくとイオラは押され気味になっていた。寄せた顔はとっくに離しているし、腰も引かせている。
「え。えぇと……音楽とか? レガートの皇国楽士って格好いいもの。小さい頃、王都の祝祭で見たわ。物語にも出てくるし、私みたいな外国人でもなれる。身分や収入が保証されるのは有名よ。
あとは……“芸術家の都”ってとこかな。夢みたいじゃない。貧民だって、ここにはいないんでしょ?」
「一応は」
「違うの?」
「違いません。でも……そうですね。今仰った『憧れ』が、この国を支える側面ではあるんです。
ところで、イオラさんはマリンバがお好きですよね。故郷のセツキ琴とは違うでしょう? よく、修練なさいましたね。初めて見たときは驚きました」
「! 知ってるの? あれ」
ぴくん、と、跳ねるように驚いた。
本格的に音楽を学ぶようになって知ったが、あの楽器は、実はとても珍しい。材料となる木材からして、あの近辺でしか採れないのだ。故郷のセツキ村でしか。
「およそ、楽器と名の付くものであれば大抵。ですが問題は、レガートで楽士となった以上、『貴女を通して、ひとはレガートを視る』ということなんです。育ちや生まれはこの際、一切関係ありません」
「……」
対峙する、生まれも育ちも異なる少女。
いつしか個人練習室の誰もが、その片方――エウルナリアの声に耳を傾けていた。
次話の(五)で短話3はおしまいです。
(シュナ皇子……、お願いしますよ。存分にエアクラッシャーしてくださいね!!)




