1-8 召喚人VIII 〜事実上の初戦〜
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前方三メートルくらいでガルガルと唸っている狼を睨み付けながら、俺は剣道で最も基本的な姿勢である中段の構えを取っていた。
ちなみに中段の構えには、正眼、人、水の構えと他にもそれを示す呼び方があるが、そんな事はどうでも良い事だ。
この構えが剣道で基本とされている理由は単純にバランスが良いからだ。
自分と相手の間に剣先が見えるため距離を測りやすく、咄嗟の防御はもちろん、相手が不用意に近付いて来た場合には素早く手首を斬り裂く事が出来る。
まあ、今回は相手が人じゃないから手首落としなんて出来ないけどな。
それでもこの構えなら重心が安定するため単純に動くのも楽だ。
ガルガルと唸るばかりで動かない狼。正直焦れったいけど、俺から動くなんて事はしない。
他の動物や魔物にも適応されるのかは知らないけど、少なくとも人間の場合、後手の方が一瞬速いからだ。
普通は先に動いた方が速いって思うだろうけど、集中状態ではそうじゃない。
先手を取ろうとした場合、その行動は任意の動き。つまり、完全に意識を伴った動きになる。
しかし、集中状態で後手だった場合だと、相手の動きに身体が反応して自動的に動く。
つまり、意識を伴らない動きになる。
意識して動くのと反射で動くのどちらが速いかって話だ。
平時なら前者かもしれないが、剣道などの集中状態では反射速度が尋常じゃないほどに速くなる。
今回は集中しているだけじゃない。命がかかっているという緊迫感。
それが俺の反射速度をさらに引き上げているはずだ。
一戦目は不意打ちで即座に終わった。
二戦目は勝ったと油断した瞬間に終わってしまった。
これで三戦目。俺の中に油断はない。
手応えとかの感覚だけじゃなくて、この目で敵の動きが完全に終わったと確認出来るまで気は抜かない。
気を抜きさえしなければ、見えるはずだ。反応出来るはずだ。違うっ反応するんだ!
アイちゃんを少しでも速く町に帰すためにも!
「さっさと来いよワンコロっ、今度はその首斬り落としてやるっ!」
「ガルルルルッ!」
人の言葉が通じるのか知らないけど、明らかに反応を示した狼。
来るっ。
「ガルッ!」
来たっ!
大丈夫だ。問題ない。二度目の時と同じだ。馬鹿正直に俺の喉を噛みちぎろうとジャンプする狼。
前回は横に躱して首裏に一撃を入れてやったけど、今は避ける事に集中する。
理由は単純に、俺は真剣を振るった事がないからだ。
ドームの一画に設けられた倉庫スペースで何度か素振りをした、だからこそわかる。
真剣の重量は竹刀の約三倍と言われている。武器の重量が増えればそれだけ一撃一撃は強力になるけど、その代わりにどうしてもスピードが特に初速が落ちてしまう。
早い話、真剣だと前みたいにだいたいのタイミングじゃ当たらないんだ。
だから今は見極める。動きを覚えるんだ。タイミングを計るんだ。
ジャンプ、着地、方向転換、ジャンプ、着地、方向転換と繰り返していて狼。
それをただただ横にズレる事で避ける。避け続ける。
十数回は繰り返したか。良し、タイミングは覚えた。次で行くっ。
「ここだ!」
前と同じ首裏に向かって振り下ろした刃。手から伝わる肉を断ち切るような、いや、断ち切った感覚そのものだ。
いやな感覚だな。だけど、俺はこれからこの世界で、こういう戦いの世界で生きる事になるんだ。
吐き気なんて堪えろ、動揺するなっ。
それにまだ終わってない。前回とは違うんだ。まだ油断しない。
手応えはあったけど、この目で見るまで勝ったと思うな。
荒くなった息をそのままに、俺は地に落ちた狼を見た。
そして、後悔しました。
「うええええええええ」
盛大にリバース。戻したとも言う。
手応えから覚悟しておくべきだった。
そこには、力なく倒れている狼の胴体と、そこから切り離された狼と生首が転がっていた。
「おえええええええ」
吐いたせいでいろいろ台無しだけど、まあいいや。
別に俺は物語の主人公ってわけじゃないんだ。かっこいい必要なんてない。
かっこ悪くても、ダサくても、弱くても、バトルパートの度に死んだっていいんだ。いや、死にたくはないけど。
それはともかくとして、これなら流石に死んだだろ。
「……ふぅー」
息を整えてリラックスリラックスっと。
ふと剣を見てみる、うわー、一撃だってのに刃がこぼれてる。
そんなに硬かったか? 結構スパッといけたんだけどな。
まあいいや。これで危険はなくなったわけだし、アイちゃんのところに行くか。
ここまで来た道を引き返そうとして俺は足を止めた。
「あれ?」
一匹なんてありえるのか?
狼って本来、群れで狩りをするんじゃなかったっけ?
ガサガサ
音が聞こえた。草むらに目を向けた瞬間だった。
「……え?」
白い牙がすぐそこに見えた。
そして俺の視界はまた、赤く、
「うおっ!」
そう何度も何度も同じパターンで死ぬわけないっての!
召喚獣だけど人だからっ! 獣じゃないからっ! 学習能力ありますからっ!
咄嗟にしゃがんで躱せたけど、正直に言います。偶然だこの野郎!
まじで死ぬかと思った。またドームに戻されるかと思った。
アイちゃんにああ言った手前、死んでドーム行きはいやなんだけど!? カッコ良い必要はないとはいってもさ! 流石にそれはダサ過ぎるだろ!
他の個体の可能性に寸前で気が付けて良かっぜこの野郎!
着地し方向転換する狼。
そして一匹目と同じように俺の喉に向かって跳び掛かってきた。
それを今度はしゃがんで躱すと、左手を柄から離し、地面につけた。
そして左手を合わせて三つになった足の力で一気に立ち上がり、その勢いのまま奴の大好きな喉に向かって剣を突き上げた。
「よっしゃあぎゃあああああっ」
真下から喉に風穴を開けたせいで、万有引力に従い雨のように落ちてくる鮮血を浴び、俺の歓喜は悲鳴にジョブチェンジしていた。
赤い雨が降っていたのは短い時間で、串刺しになっていた狼はチリのようになって消えて行っていた。
「……へえ。死ぬと消える感じなのか」
これはこの世界の生命全てに共通する事なのか? それともこいつが魔物だから?
けどまあ死ぬと消えるシステムってのは便利だな。返り血も消えるみたいだし。
だからといって血を浴びたという気持ち悪い感覚は消えないけどな。
お風呂、入りたい。
「さてと、このまま町に向かうか」
狼レベルならもう問題ないって確認出来たしな。
早く町から助っ人を呼んでアイちゃんをドームから救出しないとな。
それに、アイちゃんが住んでる町って事はやっぱりいるのかな。
「……仁美」
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