風の行方⑥
翌月、九州中央大学の会議室。再調整された意見交換会の場には、再び地域住民や関係学者、行政関係者が顔を揃えていた。前回の混乱を経て、今回は事前の調整と資料共有が徹底され、穏やかで整然とした雰囲気が会場を包んでいた。
川端が着席したまま、静かに口を開いた。
「今回の浮体式洋上風力発電のプロジェクトに関しましては、透明性の確保を最優先事項といたします。予算の配分、技術選定、工程管理などについては、逐一公式文書として開示し、市のウェブサイトを通じて公表いたします。ご懸念の多かった情報非開示の問題については、今後一切起こらぬよう徹底いたします」
淡々とした語り口ながら、そこには責任の重みと誠意が感じられた。
次に、田島教授が立ち上がった。手元の資料を一瞥してから、慎重な口調で語り出す。「ご存じのように、当初の案では着床式の導入も検討されておりました。しかしながら、海洋生態系や漁業活動への影響、景観問題などの点から、我々は技術的により柔軟性が高く、環境へのインパクトが少ないとされる浮体式へと設計方針を変更いたしました」
「導入にかかるコストは確かに増加しますが、それを補うため、自治体の支援のほか、クラウドファンディングやグリーンボンドの活用も視野に入れて資金調達を進めております。環境影響評価については、外部有識者による第三者レビューを取り入れ、すべてのデータを市民公開する体制といたします」
聴衆の中には、安心したようにうなずく住民の姿も見られた。
そして、美咲が席を立った。周囲に一礼してから、真っすぐ前を見据えた。
「本日は、こうして再びお集まりいただき、誠にありがとうございます。まず、前回のご意見交換の際、我々の説明不足と、地域の皆様への配慮が欠けていたことを、心よりお詫び申し上げます」
一拍置いて、彼女は真摯に言葉を続けた。
「私たちが進めているこの再生可能エネルギー事業は、単なる経済政策ではありません。地元経済の活性化はもちろん、脱炭素社会の実現、そして将来世代に向けた持続可能なエネルギーモデルの提示という、国際的にも重要な意義を持つ取り組みです。パリ協定で示された気温上昇抑制目標や、2050年カーボンニュートラルの達成に向けた国内外の動向とも整合するものであり、先進的な地域モデルの一つとなることが期待されます。」
「化石燃料や原子力に過度に依存しない、安心して暮らせる社会を築くために、私たちは地域と共に歩む姿勢で進めてまいります。どうか今後とも、忌憚のないご意見とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます」
言い終えると同時に、場内は静まり返った。しかし、その静寂は否定的なものではなかった。
やがて、一人の住民代表がゆっくりと手を挙げた。
「……皆さんの誠意は、今日しっかりと伝わりました。正直、前回までは不信感もありましたが、こうして対話の場をきちんと設けてくれたことを、ありがたく思っています。環境への配慮と情報公開の徹底、今後も変わらずお願いしたい。それから……こういう場を、定期的に開いていただけますか?将来的には地元の高校生や子どもたちが学べるような施設としての機能も期待しています」
美咲が即座に深くうなずいた。
「もちろんです。定期的な意見交換の場を設け、進捗報告も行います。ご意見を受け止め、柔軟に対応してまいります」
会場の空気が、確かな和解と連携の兆しを帯びてゆく。美咲は思わず小さく微笑んだ。ゆっくりと腰を折り、深々と頭を下げた。
美咲による今回のプロジェクトの報告が終わり、社員たちは次第に会議室を後にしていく。
美咲はプロジェクターのコードを丁寧に巻きながら、残っていたスクリーンを収納する優花と志保に声をかけられた。
「お疲れさまでした、美咲さん」
志保がホワイトボードのマーカーを片づけながら言う。
「本当、わかりやすくて、説得力ありましたよ」
優花が笑顔で言葉を添えた。
美咲はふと手を止めて、軽くため息をついた。
そして、ぽつりとつぶやく。
「私……やっぱり、お見合いしてみようかな」
一瞬、空気が止まったかのような間のあと、二人が同時に声を上げた。
「ええっ!?」
「ほら、驚きすぎ」
美咲が照れたように笑った。プロジェクターのレンズカバーをそっと閉めながら、少し遠くを見つめるような目になる。
「『ウイークエンド・アース』でも、私は視聴者やスポンサーのことを考えて、一方的な伝え方はしないようにって、心がけていたつもりだった。でもね……」
彼女は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「私……まだまだ、物の見方が一方的だったのかもしれない。正しいことを言っているつもりで、どこかで『正義』を押し付けていたのかもって……新堂さんと話して、そう気づかされた」
志保が、柔らかな表情で美咲を見た。
「わかります、それ」
優花も続けた。
「人を変えるより、まず自分が変わらないとって、思う時ありますよね」
美咲は静かに頷いた。
「そう。私、『こうでなきゃ』って、ずっと自分を縛っていたんだと思う。面倒なことを避けたいって気持ちもあった。だけど…もし同じ方向を見つめることで、少しでも人とつながれるなら、私も変わってみたい」
言い終えると、美咲は少し照れたように笑った。
「……まあ、お見合いしたって、どうなるかわかんないけどね。新堂さん、定義だの根拠だの、いちいち理屈っぽいし」
志保と優花が顔を見合わせて、くすっと笑った。
スクリーンを抱えた美咲が、扉の前でふと振り返った。
「でも……嫌じゃないかも。そういうのも、悪くないかもね」
会議室を出ていく彼女の背中を見ながら、優花がぽつりとつぶやく。
「……多分、うまくいきますね」
「うん」
志保がゆっくりと頷いた。




