外伝 イェルギルスの遺言状 / 第三章 魔王の愛娘の部屋
ソフィアは研究室の前に立ち尽くしていました。大講堂から飛び出したことをいささか後悔しながらも、何とかしようという気は不思議と起きなかった。今彼女の脳裏を占めたのは、自分の研究室にいる、不愉快な連中の追い払うことだけでした。
院生のころから、ソフィアはほとんどの時間をここ第二研究室で、石版と古文書の写本と羊皮紙とともに過ごしたのであります。学部長に就任してからは無理やり講義を組まれていたため、活動の拠点を講堂に近い第一研究棟に移したものの、心から安らげる場所はやはりここしかありません。学生や同僚の間でもここだけは近づかないという暗黙のルールができあがり、門の前で留音呪を残すことがあっても、扉を叩くものはありませんでした。
しかし、今大胆にも、なにものかが、ソフィアの許可なく、勝手に室内に入り込んでいます。
離れたところで透視する呪文で人物を特定するのが魔術戦略の常道でしょうが、あいにくソフィアの機嫌は行動に直結するため、今夜の場合では、確認するつもりは毛頭ありません。
口元についたチョコレートの屑をなめながら、躊躇いもなく指をならします。
破壊するだけだから、呪文など必要ない。
「……喰らいな」
指を鳴らすと同時に、ソフィアの全身が激しく輝いた。次の瞬間、研究室の内部から凄まじい爆音とともに青白い炎が噴き上がる。第二研究室は周囲の高層研究棟に囲まれた一軒家のような造りであったため、爆発は隣接する棟の基部にまで及んだ。支えを失った上層部が一斉に崩れ、第二研究室へ雪崩れ込んでいく。
城砦の攻略にも用いられる、局地破壊の中位呪である。本来なら、耳を聾する爆音と衝撃が周囲一帯を襲うはずだった。だが、幾多の実戦で鍛え上げられたソフィアの結界は、それを一歩たりとも外へ漏らさなかった。
強靱な精神力が生み出した半球状の結界の内側で、建物は音もなく崩れ落ちていった。やがて瓦礫の動きが止まると、ソフィアは静かに目を細めた。
「さて――私の部屋で、何をしていたのかな」




