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呪われた王太子を助けてあげたのに、罪を着せられ殺されそうです  作者: 四折 柊


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3/7

ステラ3

 城で最初に会ったのは王太子殿下の婚約者のキャンベル公爵令嬢セリーナだった。

 セリーナは目を潤ませながら私に深々と頭を下げた。


「あなたには治癒の力があると聞きました。どうか、殿下を、ウイリアム様を助けてください」


 王太子殿下が病気だとは知らなかった。そもそも王侯貴族のことは平民には遠い世界のことで、気にも留めていなかった。

 セリーナの説明によると、殿下は原因不明の病で顔の右半分が爛れているそうだ。極秘で国内外の名医を集めたが治せるものはいなかった。

 打つ手がないと悲観に暮れているときに、私がルカの怪我を治したことを噂で知った。いてもたってもいられず連れてくるように騎士に命じたらしい。

 

 私は腹が立った。人にものを頼むやり方ではない。平民相手なら何をしてもいいという考えが透けているようで不愉快だった。身分を考えれば素直に頷くべきだ。公爵令嬢であるセリーナを怒らせればどんな目に遭うかわからない。それでもあまりの傲慢さに文句を言わずにはいられなかった。


「私は乱暴に馬車に乗せられました。しかも何の説明もなく連れてこられました。それで一方的にその病を治せとおっしゃるのですか?」


 私の抗議にセリーナははっとした表情になった。そしてすぐに頭を下げた。


「騎士が手荒だったこと、また説明をしなかったことについては謝ります。ウイリアム様の病は極秘にしているので説明できなかったのです。どんな医者に見せても改善することがなくて……。噂を聞いて気持ちが()いてしまいました。ごめんなさい。もちろん治癒ができれば相応の謝礼は支払います。ですからどうか、お願いします」


 切羽詰まったセリーナの様子をみれば藁にも縋る想いだったのは理解できた。貴族によっては平民を人扱いしない者もいると聞いたが、セリーナは私の抗議に対し怒ったりせず謝罪した。だからきっと悪い人ではないと信じることにした。もっとも治療を拒めば態度を一変させるかもしれないが。

 そもそも平民である私にセリーナの依頼を断れるはずもない。意固地になっていても仕方がないので怒りを収めた。それに謝礼をもらえればルカとの生活も楽になる。悪い話ではないと自分に言い聞かせた。


「殿下の病を治したら家に帰していただけるのですよね?」

「もちろんです」


 私は殿下の治療を引き受けた。

 セリーナはさっそく私を殿下のもとに案内した。

 殿下は執務室にいた。許可を得て殿下の顔を確認した。私は息を呑んだ。想像以上に酷い。端正な顔の左半分は綺麗なのに、右半分は爛れて膿んでいる。部屋に入った瞬間から臭うとは思ったが、膿が悪臭を放っており恐ろしく感じた。これほどひどい状態なのになぜか痛みは一切ないらしい。それだけはせめてもの救いと言えるかもしれない。一体何が原因でこのようなことになったのか。医者に聞いても文献で調べても同じ症例は発見できていないそうだ。確かに手の打ちようがない。


 正直なところ、私は目を背けたくなった。でもそれも不敬になると堪えた。セリーナを見れば顔色一つ変えずに優しい表情で殿下を見つめている。それほど殿下を愛してるのだろう。

 私は殿下に質問をする許しをもらい訊ねた。


「この症状はいつからですか?」

「一か月前からだ。突然顔に痒みが出てあっという間にこの状態になった」

「一か月前……」


 殿下は不機嫌に言い放った。悲観と諦観はなく、怒りを抑えているように感じた。それにしても……この状態でも仕事をしているのは、さすが王太子殿下といったところか。もしくは気を紛らわすために打ち込んでいるのかもしれない。


「高名な医者や薬師などを呼びましたが誰も治せませんでした。ステラさん。どうか、どうかウイリアム様を助けてくださいませ」


 セリーナの祈るような切実な言葉に、ルカを失いそうになって必死だった自分を重ねてしまう。


「わかりました。ですが一度では治らないと思います」

「……治るのか?」

「はい。治せると思います」

「まあ、いい。散々色々なことを試してきたのだ。もし駄目でもその覚悟はある。早速やってもらおう」

「その前にお茶を用意していただけますか? リラックスできるお茶などがいいかと思います。殿下に飲んでいただきたいのです」


 殿下は怪訝な表情になる。きっと私の治癒のことは眉唾なものだと思っている。セリーナの助言だから私の治癒を受け入れたにすぎない。


「そんなもの、飲む必要があるのか?」

「恐れながら殿下のお気持ちが落ち着かないと治癒ができにくいのです」


 殿下はセリーナに促され、侍女が用意したお茶を飲んだ。リラックスとはいかなくてもピリピリした空気が緩和した。本当は殿下の精神状態は治癒に関係ないが、単純に私が集中しにくいのでお茶を飲んでもらったのだ。

 私はルカのとき同様に殿下の爛れた右半分の顔に手をかざした。手が熱くなる。殿下も何かを感じたのか耐えるように眉間を寄せた。二分ほどかざすと私は力を止め手を下ろした。一か月も経過していたことで一度の治癒では治せない。地道に……たぶん一週間くらいかけて治すのが無難と判断した。本心では力を最大限に使って治して帰りたい。でも急いでも治せない気がする。私は力を発現したことにより、なんとなくその力を理解していた。

 殿下の顔を見れば膿が止まった。臭いもなくなるはずだ。今日はこれくらいで十分だろう。


「殿下、終わりました。今日はここまでです。数日かけて少しずつ治していきます」

「そうか、わかった」


 声には僅かに失望が含まれている。信じていなくても治るかもしれないという期待はあったのだ。

 私が殿下の前から退くとセリーナが殿下の顔を覗き込んだ。


「まあ! ウイリアム様。少しですが症状が良くなっています。誰か鏡を殿下に」

「本当か?」


 殿下は侍女から手鏡を受け取ると、一瞬だけ躊躇したが鏡に顔を映した。きっと自分の顔を見るのも辛かったに違いない。


「おお! 膿が止まっている。臭いも消えたのか? 信じられない……」


 殿下は体を震わせながらも、確かめるように手で顔の右半分に触れている。


「ウイリアム様。よかったです。これもステラのおかげです。明日もお願いしますね」

「ステラ。よくやった。明日も頼む」

「かしこまりました」


 二人の声は希望に溢れていた。私はセリーナに治療中滞在する部屋に案内された。どうやら力を認められたらしく、豪華な客室をあてがわれた。でもそんなことはどうでもいい。

 

「セリーナ様、夫が私を心配しているはずです。一度家に帰してもらえませんか? 状況を話したいのです」


 まだ正式に届けを出していないが、心はすでにルカと夫婦だと思っている。

 セリーナは少し考えたが、申し訳なさそうな顔をした。殿下の病気のことは外部に漏らせない。治療が終わるまでは駄目だと断られた。


「夫に詳細は言いません。ただ私は無事だと伝えたいだけなのです」

「ステラさんの気持ちはわかります。ですが治療が終わるまではこのまま城に留まってほしいのです。代わりに手紙を書いてはどうかしら? すぐに騎士に届けさせますから」

「……わかりました。手紙を書きますので届けてください。お願いします」


 ルカの顔を見たかった。ものすごく心配していると思う。セリーナなら一度帰宅させてくれるかもと思って聞いたが、無理だった。セリーナは殿下を最優先に考えている。それに王太子殿下を優先するのは当たり前と言えば当たり前だ。私は諦めてルカに手紙を書いた。内容は簡潔に、無事であることとセリーナの世話になっていることだけにした。どうせ内容をあらためるだろう。書き終わると騎士に託した。その日のうちに騎士がルカの返事を持ってきてくれた。


 手紙によると騎士から謝罪を受けたこと、詳細は聞かされていないが私は安全な場所にいて、用が終われば家に帰れることを説明されたそうだ。手紙には私を心配する気持ちが綴られていた。そして最後に「ステラの帰りを待っている。愛している」という言葉が記されていた。

 

 私は不自由な状況を一瞬だけ忘れて、顔を赤くした。私たちはずっと子供の頃から一緒に過ごしていたのに、お互いに愛の言葉を口にしたことがない。どうにも照れくさいというか……。プロポーズも「結婚しようか」だったし。不満はなかったけれど、手紙とはいえ改めて「愛してる」と言われると嬉しい。どうせなら直接目の前で言ってほしいと欲が出た。

 私もルカに「愛してる」を伝えたい。今すぐ帰って伝えたいのに、できないことがもどかしい。殿下の治療が終わるまでの辛抱だ。


 城に滞在中、私はまるで貴族の客人のようにもてなされた。豪華な食事にお茶にお菓子が出る。お風呂は毎日たっぷりのお湯を使い、高価な石鹸で侍女に体を洗われる……洗われそうになったが、さすがに恥ずかしいので断った。貴族は人に体を洗ってもらうらしい。これが貴族の生活の常識らしいが、浮かれるよりも居心地の悪さばかりを感じた。


 早く元の生活に戻りたい。ルカに会えなくて寂しくてたまらない。思い返せばルカと一日以上離れていたことなどなかった。私たちはそれほど一緒にいたのだ。

 治療は順調に進んだ。最初の殿下の不機嫌な顔は嘘だったかのように、今は晴れやかな表情を見せている。セリーナは常に治療に同席した。明らかに改善していく様子に毎回目を潤ませて喜び、私に感謝を伝えてくれた。

 治療を始めて七日目、ようやく完治した。すなわち殿下の顔が元通りになったのだ。


「ありがとう。ステラさん。あなたのおかげでウイリアム様の病が癒えました。本当に心から感謝します」


 セリーナは涙ぐむと嬉しそうに微笑んでハンカチで目頭を押さえた。


「そなたには心から感謝する。望むだけ褒美を与えよう」


 殿下が笑っている。城に来て初めて見た。声が上擦っていて喜びを隠しきれていない。色々思うところはあったが、結果的にいいことをしたと納得した。


「お役に立ててよかったです。あの、私、すぐに帰りたいのですが」


 もう、謝礼も褒美もどうでもよかった。ただルカに会いたい。


「そうか。では従者に準備をさせよう」

「ステラさん。馬車の準備ができるまで部屋で休んでいてください。準備ができたら従者に迎えに行かせますね」

「わかりました。よろしくお願いします」


 私は今か今かとそわそわしながら待った。ところがどれだけ待っても、従者も侍女も来ない。我慢できずに部屋を出ようとドアノブに手をかけ扉を開けようとした。

 ――扉は鍵がかかっていて開かなかった。窓にも外から閂のようなものが嵌っている。

 私は部屋から出ることができなくなった。





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