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黄金の果実の噂

 かぱりと木箱の蓋を開け、中に並んだプリュノをおやつ用のリネンの袋に放り込んでいると、通りかかったヤンがたくさんのメモを片手に話しかけてきた。

「それ、こないだ役人への袖の下としていくつか使わせていただきましたけど、すごいですよね」

「うちのプリュノのおいしさ、褒めてくれてます?」

 嬉しくなって一粒差し出すと、ヤンはなぜか一瞬空を仰いでから受け取り、口に入れると頬をほころばせた。

「ああ、おいしい。ありがとうございます。……それもあるんですけど、箱の中の構造ですよ」

「これですか。上からどんどん入れると、下が潰れちゃいますからね」

 モレル産の干し果実は結構な高値で流通しているのだが、その品質を維持し、値段が高くなる理由のひとつになっているのが、この入れ方だ。

 絵画用のキャンバスの応用で、絵画用のそれより細めに作った木枠に、画布ではなくリネンを張り、木枠側を上にしてプリュノを並べる。

 構造としては、そのプリュノを並べた木枠を重ねて木箱に詰めているだけである。

 しかしこの方法は、樽に上から放り込むだけだった従来の保存方法に比べ、果実の傷みを防ぎ、通気性を上げることに成功した画期的な方法として受け入れられることとなった。

 これも考案に関わったということで、包丁の時のように意匠の利用料がアルノーの懐に入るようになっている。

 父上の滞在するパンシオンの肖像画を眺めていて思いついたのだから、あってよかった肖像画。父上、母上、そして兄上。ありがとう。

 しかし、だ。

 アルノーは自分の口にもプリュノを放り込みながら木箱を眺めた。おいしい。

 しかし、八箱もある。

 出発前のあわただしい中で、おやつにと思って使用人に用意してもらうよう伝えたが、それを聞いた兄上が張りきってしまったのか、指示が重複でもしたのか。想像より多く積み込まれていた。

 往路の予定も終盤に差し掛かっているが、未だにひと箱も消費しきれていない。

 今のところ叙爵状の謄本とユーグの紋章効果で関税を免除されているそうだが、ヤンによると、ヤンが持ち込んでいる塩やスパイスとあわせて、本来ならかなり税を取られているだろうとのことだった。

 ……余計な面倒ごとも避けたいし、帰りにはヤン自身の仕入れた荷物も載せなくてはならないから、ある程度の荷物は減らしておくべきだろう。

 売るにも権利問題などがあり、勝手に露店を出したり商店に持ち込んだりすることもできないが、自分もいっぱい食べたいし、帰りの分も残しておきたい。何かあった際にまた袖の下として使うかもしれない。そう考えると、余裕をもって三箱残しておきたい。

 ……煩悶の末、アルノーが余剰として放出してもいいと判断したのは五箱(すでに中身が減っている箱はこちらに含める)となる。

 どうしたものかな、と隣のヤンを見ると、次の検問所で申請する荷の量を書きつけている、明るい土色の紙が目に入った。


   * * *


「ジュリアン、ちょっと手伝って」

 ヤンから買い取った、大量の書き損じの紙を示してそう声をかける。

「いろいろ試したんだけど……」

 一枚手に取り、覗き込んできたジュリアンに手元を見せるようにしながら、紙の中央にプリュノを一つ乗せ、くるくると巻いて、両端をねじる。

「こうやって、この箱のプリュノを包むのを手伝ってほしいんだ」

 包み終わったプリュノを、箱の中に戻す。

「馬車の中でやるなら、これが限界かなって」

「……プリュノを、紙で……」

「紙は書き損じだから……。ほら、やり方もう一回見てて」

 せっせと二人で包んでいると、ユーグも面白がって参加してきて、次の街に着くころにはひと箱分のプリュノ包みが無事に完成した。

「町に着くまでに間に合ってよかった」

 アルノーはそう言いながら、リネンの袋に包んだプリュノをひと掴み放り込んで、ユーグに手渡した。

「このままじゃ、プリュノが余る。おいしいのにもったいないから、宣伝がてら配りたいんだけど、よかったら手伝ってくれないかな。相手は悪人じゃなければいいし、モレル産だってことだけ、気が向いたら伝えてくれたらいい」

「私がですか」

 いきなり街中でプリュノを配れと言われたのだ、それは戸惑うだろう。

 戸惑うユーグに、さらに事情を説明する。

 申し訳ないが、手伝ってもらわないと配り切れない。おいしいプリュノが無駄になってしまうのだ。

「護衛のジュリアンの手をふさぐわけにはいかないからね。もちろん、俺も街歩きしながらやるけど……二人でやったら効率がいいだろ? 買い物のついでに、チップ代わりに渡してもいいし」

 ユーグとジュリアンが変な顔をした。

 たしかにチップとしては高価すぎる。なんなら商品の数倍高いものを渡すことになるが、無駄にしないというのが一番大切だ。サンプルを配布して、おいしいと思ってくれた人が顧客になる可能性だってある。

 我ながら素晴らしいアイデアだ、とアルノーは内心得意になっていた。

「……わかりました、私でよければやりましょう」

 ユーグはおかしくてたまらないといった表情で引き受けてくれた。


   * * *


 プリュノ配布を続けながら移動して、何回かの検問を通過したころだった。

 馬車に戻ってきたヤンが、少し微妙な顔をしていた。

「どうかしましたか」

「……いえ」

 ヤンは少し間を置いた。

「街の人が、最近この街道を旅した人の話をしていまして」

「ふうん?」

「立ち寄った先で一口で病を癒す黄金の果実を配り歩いていると。それが大変においしかったので、あの人は何者だったのかと噂になっているそうです」

「黄金の……? なんだろうね」

 薬効は尾ひれがついただけとしても、変なものを配る人がいるものだ。

 アルノーはまだ三箱ある残りのプリュノを包みながら首を傾げたが、そこではっとした。

 自分の利にならないことをする人。

「待ってください、外見の特徴は聞いてますか?」

「黒髪の、若い人だそうですよ」

 アルノーの頭の中で、何かがつながった。

 夫人から聞いた言葉が蘇る。

 黒髪。若い。自分の利にならないことをする。変な人。

 ……この方角に、いる。

 アルノーはこぶしを握った。

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