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完璧な算段(ジュリアン視点)

ご覧いただきありがとうございます。

本人は至って真面目に生きているつもりなのに、なぜか周りから「聖人」として仰がれてしまう。そんなアルノー君の、少し(?)ズレた旅路をお楽しみいただければ幸いです。続き物ですが、前作読まなくてもお楽しみいただけると思います。

 正直に言えば、悪い話ではないと思っていた。というか、かなりいい話だと思っていた。

 王国安寧調査官の護衛兼報告係。聞こえがいい。実際いい。うまくいけばシュヴァリエへの推挙が見込める。うまくいかなかったとしても、調査官殿ご本人に頼むという手だってある。

 調査官の護衛とはいえ、何かを探る役目ではない。あくまで、目の前で起きたことをそのまま持ち帰るだけの立場だ。

 どちらに転んでも悪くない。我ながら完璧な算段だ。

 報告書は封をせず侯爵閣下へ提出する、という約定さえ守れば、あとは目の前で起きたことを書くだけでいい。


 モレル領に向かう馬車の中で、ジュリアン・ド・ルルーは一人満足していた。


 侯爵閣下から父を経由して伝わってきた話をまとめると、こうだ。

 アルノー・ド・クレマン、男爵。十七歳。モレル子爵家の次男。一代限りの叙爵と同時に、王国安寧調査官に任じられたが、家令に収まったまま領地から出てこない。功績については、貧民救済だの処刑制度の改革だの、聖人と称えられるほどらしいのだが、本人は何もしていないと言い張っているらしい。

 謙虚な方なのだろう、とジュリアンは思っていた。この時点では。


   * * *


 到着したモレル領は、思ったより静かだった。

 出迎えてくれたのは、領主であるオーギュスト・ド・モレル子爵と、その長男フェリックスだ。子爵は簡潔に、しかし丁寧にジュリアンを迎えた。よろしく頼む、と言ったきり、それ以上は多くを語らなかった。

 フェリックスはというと、握手をしながら「弟がお世話になります」と言った。それからわずかに間を置いて、「……いろいろ、あるかもしれないけど」と付け足した。笑顔だったが、目が少し泳いでいた。

 正式な挨拶をする間もなく、子爵本人と嫡男と話すことが適うとは思っていなかったので、驚きと緊張の中にはいたが、聞き捨てならない言葉が潜んでいた。

 いろいろ、とは。

 ジュリアンが内心で首を傾げていると、フェリックスが廊下の奥に声をかけた。

「アルノー、来てくれ」

 しばらくして、廊下の奥からかすかに足音が聞こえた。

 誰かが来るとわかっていなかったら、気付かなかったかもしれないくらい静かな足音。

 現れたのは、黒髪の少年だった。少年、というには少し語弊があるかもしれない。背はジュリアンより少し低いくらいだが、静かな威厳とでも言おうか。その年齢の貴族子弟と比べても、落ち着いた佇まいだった。

 静謐。そんな言葉が自然と浮かぶ。

「アルノー、以前に話していただろう。お前の新しい護衛、ジュリアン・ド・ルルー、エキュイエだ」

「お初にお目見えいたします、男爵様。今日より貴方様のお傍に仕える誉れを授かりました、ジュリアンと申します」

 フェリックスの紹介の声に合わせて、今度こそあるべき形で挨拶をする。

 膝をついて最敬礼をするジュリアンに、明るい声が降ってきた。

「ジュリアンさん? なんだかきらきらしてるね!」

 一瞬、返答に詰まった。

 きらきら。自分のことだろうか。確かに、自分の髪は光を通すときらきらに見えるかもしれない。自分が褒められているのか、それとも単純に逆光だったのか捉えきれず困惑したが、フェリックスの一言が脳裏によみがえった。

 なるほど、“いろいろ”か。

 にこりと笑った男爵様は、それからジュリアンの後ろに視線をやって、荷物の量を確認したようだった。

「俺のことはアルノーと呼んでくれていいよ。それと……、ジル、部屋の用意はできてる?」

「もちろんです」

「よかった。じゃあ案内するね」

 言うが早いか、男爵……アルノー様本人が歩き出した。使用人を呼ぶでもなく、ごく当然の顔をして。

 付き従うのは、ジルと呼ばれた男だ。年齢はジュリアンより上か。身のこなしや格好からして、先任の護衛だと思われる。

 地方領主の館ともなればたくさんの使用人がいるものだが、ここは最小限で回しているようだ。実家もそういう環境だったし、思ったより主であるアルノー様との距離が近くなりそうだな、とジュリアンは思う。


 廊下をしばらく歩き、アルノー様がとあるドアの前で立ち止まって言った。

「ここが俺の部屋。隣のこちらが護衛の部屋。ジル、あとで説明をお願い。なにか足りないものがあったら相談して」

「はい」

「じゃあ、ジュリアンさん。これからよろしくね」

 それだけ言って、アルノー様はさっさと自室に戻っていった。

 ジルの視線が、閉じたドアをほんの一瞬だけ追った。それから何事もなかったように、ジュリアンに向き直る。主が去った廊下に、静かな空気が戻って来た。

 しばしの沈黙の後、残された護衛二人の目が自然に交差する。

「……よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 短いやりとりだったが、同室の同僚が悪い人間ではなさそうでほっとした。


   * * *


 夜、机に向かってジュリアンは羽根ペンを持った。


 侯爵閣下への報告書は、見るべきものが出てから送ればいい。ただ、記録だけはつけておくことにしていた。

 今日わかったこと。モレル家は使用人が少ない。屋敷は質素だが手入れが行き届いている。アルノー様ご本人は、所作が美しく、物腰が穏やかで、護衛の部屋まで自ら案内した。

 ジュリアンはそこで少し手を止めた。

 清貧、という言葉が頭に浮かんだ。確かに贅沢をしている様子はない。報告書に書くとしたら、清貧、ということになるのだろう。

 もう一つ気になることを、小さく書き添えた。


 きらきらしている、と言われた。意味は不明。

本日二話更新です。

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