花冠 -タイカン-7
その翌日、流華とともに検査結果を聞きに行った。全ての負の感情に耐性があるという結果を見ても流華はピンときていないみたいだった。「これってすごいの?」と聞かれたから「すごい」と答えたけど、やっぱり首を傾げていた。
でもその数日後に大将から呼び出されると実感が湧いたらしく、帰り道は見るからに上機嫌でスキップをしていたくらいだった。
私はというと流華の様子を嬉しく思いながらも、頭の隅では住居探しのことを考え続けていた。開花した時から施設を出ることは決めていたけど、当てにしていた寮は既に満室。近場の賃貸物件はどこも『徒花とはいえ小学生の一人暮らしというのは……』という類いの返答だった。
今日機会があれば北詰大将に聞いてみようかと思ったけど、ずっと流華と一緒だったから切り出すことができなかった。流華には知られたくない。心配をかけたくないという気持ちもあるけど、きっと私の現状を知れば『ならウチに住めば?』と言いそうだから。
大将が用意してくれていたタクシーに乗り、戸舞家経由であさやけ園に戻った頃には日が暮れていた。にもかかわらず園庭に響く元気な声を聞きながら西棟に入ると、ちょうど先生がリビングから出てきたところだった。
「あら莉乃ちゃん、おかえり」
「ただいま、せんせーーーー泉さん」
職員の人を名前で呼ぶのは未だに慣れない。荒詞君なんかは『泉』とか『松安』とか呼び捨てにしてよく怒られるくらい慣れているのに。
そんな私の事情を知っている泉さんはニマニマと笑って「はい、泉ちゃんです」と言ってから私の後ろを指差した。
「ちょうどよかった。外で遊んでる子達呼んできてくれない? ご飯だから」
頷いてから踵を返してから外へ出る。
両手をメガホンにして「西棟、夕御飯だよーっ」というと子供達の中から一人がこちらへと向かって駆けてきた。荒詞君だ。暗闇の中にいてもその姿ははっきり見える。
「帰ってたのかよ、莉乃」
「ん。たった今。ただいま」
荒詞君はそっぽを向いてから小さく「おかえり」と言った。徒花になってからすっかりよく聞こえるようになってしまったけど、それを言ったら本当に返事をしてくれなくなりそうだから言わないことに決めている。
「なぁなぁ莉乃」
玄関に腰掛けて靴を脱ぎながら荒詞君が見上げてくる。
「ん?」
「梅長仁美に会ったか?」
「ううん、会ってないよ」
「なんだよ。偉い人と会うって言ってたから会ってるかと思ったのに」
「今日会ったのは北詰大将っていう人」
「知らねー」
つまらなそうに口を尖らせる荒詞君。梅長仁美さんよりずっと偉い人なんだけどなぁ。
でも知名度だけなら徒花ーーーーいや、国軍の中でも梅長さんはトップクラスだから仕方ないといえば仕方ないのだろう。テレビで見ない日の方が少ないし、最近では『正義の徒花』なんて呼ばれているくらいだから。
リビングに入ると既にご飯の用意は終わっていた。流し台で手を洗って食卓につき、全員揃って合掌する。
食事が始まると、早速というように泉さんが私に顔を向けてきた。
「莉乃ちゃん、住む場所の話できた?」
「ううん。タイミングなかった」
「そっか」
「明日学校終わってから行ってみる」
「ん、そうだね。それがいいと思う」
「別に無理に出ていかなくてもいーんじゃねーの」とぶっきらぼうに言うのは荒詞君。他の子達も何度も頷いて同意を示す。その気持ちは嬉しいけど。
「訓練校に入ったら、無理なく一人暮らしできるくらいのお給料はもらえるから」
それに、カフカが出現するようになってから孤児の数は増加している。ここのような施設をいくら増やしても足りないのが現状だ。一つでも空けられる枠があるのなら、やはり空けるべきだろう。
そんなことまではまだ分からない年頃の荒詞君はぶすっとしている。
「だって莉乃がいなくなったら本当につまんねーんだよ。流華も龍兄ちゃんもいなくなっちまったし」
「妃ちゃんがいる」
「べっ、別にあいつと仲良くねーし」
流華がいた頃と比べるとあさやけ園の顔触れも大分変わった。扇野はカフカの出現率が高い町だから、子供を引き取って遠くへ引っ越した人が少なからずいる。もっとも、そういった子供の大半が引っ越し先でまた施設に預けられているらしい。龍一郎君もそうなのだろうか。
私は徒花になったけど、ここの子達や職員さんは何も変わらずに接してくれる。学校の同級生や先生の中には態度がどこかぎこちなくなったり露骨に避ける人がいることを考えると、恵まれているんだなぁと思う。
流華はいないけど、私は確かにこの場所が好きだった。
嫌な思い出もあるけど、それでも。
訓練校の寮が建つまでルームシェアをしてもいいと言ってくれている隊員がいる、という連絡があったのは、訓練校に相談へ行った翌日のことだった。
金曜日の夜にお別れ会をして、土曜日の昼にあさやけ園を出た。荒詞君はいなかったけど、妃ちゃんとか女の子、それから小さな子に涙ながらに見送られた。私もなんだか胸がいっぱいになったけど涙は出なかった。
「最後だし一つだけ聞いてもいい?」
支部へ向かう車の中で浅沼先生がハンドルを握ったままそう言った。私は隣に顔を向けて「うん」と頷く。
「流華ちゃんには何があったの?」
その問いに、一瞬思考が止まった。思い出すのは、ドアの隙間から見た光景。
「島屋先生が関係してる?」
答えない。でもそれはーーーーおそらく見当がついていたであろう浅沼先生に対しては一つの肯定になっていたと思う。
「もう同じ事を繰り返さないように、職員全員で頑張るから」
「うん」と頷いたら、何故か涙が滲んだ。
「頼りにならなくてごめんね」
「ううん」と首を振ったら涙が溢れた。
それから支部につくまでの間、少しだけ流華について話した。今の流華は島屋にされていたことを全て忘れているかもしれないということも。
「だからもし流華と会うことがあったら、記憶を思い出さないように、島屋のこととか宿直室のこととか言わないようにして」
そのお願いに浅沼先生は頷いてくれた。その時にどこか不安げな表情をしていた理由が私には分からなかった。
私を出迎えてくれたのは伊丹由佳理という二十代の徒花だった。訓練生ではなく隊員で、私がこれから住むことになる部屋の主だった。
「私も子供の頃に一時期だけど施設にいたことがあってね」と言いながら浮かべた笑顔をよく覚えている。
訓練校に入ってから一ヶ月が経った頃、任務に出た由佳理さんの班の戦闘員二名が殉職した。戦花だった由佳理さんもその内の一人だった。
敵は五体のカフカと、それを率いていたという狼型カフカ。狼と判別できるほどに姿かたちがはっきりしていることから分かるように知能の高い個体だ。警報が鳴った時点では二足歩行の中型が一体しか確認されていなかったが、由佳理さん達が到着すると同時に残りの五体が出現。離れた場所にいた吸花以外の二人は無惨に殺されたという。
その日のうちに全隊員へ招集がかけられ、知能の高いカフカが出現したこと、次に現れたときは全戦力を投入してでも討伐することを伝えた。全戦力は言い過ぎじゃあないかと思ったけど、全国テレビで生中継をされていたことを考えると世間へのアピール的な意味もあったのかもしれない。
翌日、学校が終わった後に呼び出されて向かった隊長室で部隊への昇進を告げられた。正式に配属となるのは一週間後。私はいいとして、流華は引っ越しがあるためだった。由佳理さんの仇を取れるかも、と考えていたけど、その三日後に狼型カフカが再出現。梅長仁美さんや霧崎麗さんといった扇野支部の主戦力で編成された部隊によって、手下のカフカと共に討伐された。そしてその日の夜、誰も帰ってこない部屋を眺めて、今さら由佳理さんの死を理解した。狼型カフカを殺したら帰ってくるような気がしていたのかもしれない。
部隊に上がった私と流華は糸氏樹里亜さんの下に付くこととなった。入隊時にあらためて行われた能力検査では、大将が驚きのあまり私を呼び出すほどの成長を流華が見せた。それこそ、入校時に偽造した検査結果とほぼ同等の身体能力を。私はというと『これも徒花の特性なのか……? いや、だが……』と頭を抱える大将を得意気な気分で見ていた。
カフカとの戦いは決して楽ではなかったけど、第一にすべきは流華を守ることだから苦には思わなかった。流華は成長した身体能力をフルに発揮してカフカと戦い続けた。それをサポートするには樹里亜さんでは力不足だったから私がそれに追随するかたちとなり、入隊から半年が経つ頃には梅長さんと並んで扇野支部の看板隊員となっていた。
そんな私と流華に対して樹里亜さんが劣等感を抱いていることには気付いてはいたけど、あまり気にしないようにしていた。流華以外はどうでもいいーーとまではいわないけど、他の人にまで気を回せるほど器用ではないと自覚していたから。
私と流華に異名が付いたのもこの頃だった。それほどまで有名になったという事実を心から喜べなかったのは、嘘を上塗りするような異名のせいだろう。
流華は『全能』、私は『万能』。
こうなることを望んでいたはずなのに、喜ぶ流華に笑みを返すことはできなかった。
同時期に樹里亜さんが腐化した。その理由に私達への劣等、あるいは嫉妬が含まれるのかは分からないけど、自分を殺すように言って、言われた通りにしたら笑みを浮かべてお礼を口にした。
涙は流さなかった。私が泣いたら、流華が次からは自分がやると言うと思ったから。




