4. 16歳の進路相談
さらに時は流れ、オルタは16歳、この世界における成人を迎えた。
カルナレートの自宅の食堂。木目の粗いテーブルを挟んで、オルタは母親と向かい合っていた。
「オルタ! 就職先はどうするの?」
母親が、心配そうな、しかし期待を込めた目で質問してきた。成人した若者は、自分の生きる道を決めなければならない。
オルタはスープのスプーンを置き、迷いのない目で母親を見据えた。
「ギルドの職員になるよ」
「ギルドの職員? あら、それは素敵ね。お堅い仕事だし、安心だわ。……で、どこのギルドにするんだい? やっぱり、一番華やかで稼げる『冒険者ギルド』? それとも、計算が得意なあんたなら『商人ギルド』かしら?」
この世界のギルドは、大きく分けて三つある。
魔物を討伐し、素材を売買する「冒険者ギルド」。
国内外の流通を握り、莫大な富を生み出す「商人ギルド」。
そして、物資や人間の移動を担う「運輸ギルド」だ。
前者の二つは、給与も良く、社会的地位も高い、いわゆる「ホワイトギルド」として若者の憧れの的だった。しかし、最後の一つだけは違った。
「運輸ギルドだよ」
オルタが静かに告げた瞬間、母親の顔から血の気が引いた。
「……え? い、いま何て言ったの?」
「運輸ギルドに就職する」
「運輸ギルド!? それだけはやめなさい!!」
母親はガタッと椅子を蹴立てて立ち上がった。その目は本気で取り乱している。
「あそこがどれだけ酷い場所か、あんたも知っているでしょう! 荷物輸送も旅客輸送もやってるけど、運営体制はボロボロ、毎日のように事故を起こして、苦情の嵐! 職員は朝から晩まで怒号を浴びせられて、給料は安くて、文字通りの『ブラックギルド』じゃない! あそこに入ってまともに生きて帰ってきた若者はいないわよ!」
母親の言うことは、この世界の紛れもない常識だった。
運輸ギルドは、とにかく評判が悪かった。到着が遅れるのは当たり前、魔物に襲われて荷物が消失するのも日常茶飯事。そのため、世間からは「無能の集まり」「ブラック職場」と蔑まれていたのだ。
しかし、オルタの意志は、10年前のあの日から1ミリも揺らいでいなかった。
「いいや、絶対運輸ギルドだ! おれは、あそこでやりたいことがあるんだ!」
「やりたいことって……あんな地獄のような場所で、一体何を……」
「この世界の輸送を、根本から変える。遅延も、事故も、全部なくして、完璧な移動手段を作るんだ。そのために、俺は運輸ギルドに入らなきゃならない」
オルタの瞳に宿る、16歳の少年らしからぬ圧倒的な「眼力」に、母親は息を呑んだ。それは、何十年もその道を極めたプロフェッショナルだけが持つ、独特の重圧だった。
「……まぁ、そこまで言うなら……。あんたは昔から、言い出したら聞かない子だったものね」
母親は力なく肩を落とし、諦めたように溜息をついた。
「ありがとう、母さん」
オルタはすぐに自室に戻り、ギルドに提出するための志願書類を広げた。
羊皮紙の上に、ドワーフ製のインクペンを走らせる。
【名前:オルタ】
【年齢:16歳】
【志望動機:現在の運輸ギルドにおける運行管理体制の抜本的改革、および新型輸送インフラの導入による定時運行の実現】
面接官が読めば「大言壮語の狂人」扱いされそうな内容だったが、オルタにとっては単なる工程表の1行目に過ぎなかった。
「よし、完全だ!」
書類を丁寧に折りたたみ、オルタは立ち上がった。
前世で途絶えた鉄道員の道が、今、異世界の地で再び繋がろうとしていた。




