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測定不能  作者: Wataru


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5/25

共感代行業

 泣くのは、得意だった。


 三分で崩れる泣き方。

 十分間、肩を震わせる泣き方。

 声を殺して、ただ目を赤くするだけの泣き方。


 共感代行業。


 感情を外注できる時代になって、十年。


 怒れない上司の代わりに怒る。

 泣けない遺族の代わりに泣く。

 喜べない新郎の代わりに笑う。


 彼女は、プロだった。


⸻


「自分の人生を、代わりに悲しんでほしい」


 その依頼は、珍しくなかった。


 画面の向こうの男は無表情で言う。


「何も感じないんです」


 昇進も。

 別れも。

 親の入院も。


「悲しいはずだと分かっているのに」


 彼女は頷く。


「どの程度、悲しめばよろしいですか」


「……ちゃんと、人生だったと思えるくらい」


⸻


 彼女は泣いた。


 完璧に。


「頑張っていましたね」

「失ったのは、大きいですね」


 涙は正確で、声は揺れ、

 肩は適切なタイミングで震えた。


 男は静かにそれを見つめる。


「……そういうことなんですね」


 感情の確認。


 彼は、安心した顔をした。


⸻


 通信が切れる。


 部屋は静かだ。


 彼女は鏡を見る。


 目は赤い。


 だが、胸は動いていない。


 泣いたはずなのに。


⸻


 数日後。


 彼女はふと、自分の過去を思い出そうとする。


 幼い頃の誕生日。

 初めての失恋。

 母親の声。


 映像は浮かぶ。


 だが。


 温度がない。


(私は、そのとき何を感じていた?)


 答えが出ない。


 胸は、静かなままだ。


⸻


 端末に通知が届く。


 広告。


 【自己感情確認プラン ― 初回割引】


 彼女はしばらく画面を見つめる。


 タップする。


⸻


 白い空間。


 目の前に数値が並ぶ。


 脳波。

 心拍。

 微細な筋肉反応。


 映像が流れる。


 幼い自分。

 泣いている。

 笑っている。


 数値が動く。


 やがて表示される。


 【現在のあなたは、軽度の悲しみを抑圧しています】


 彼女は瞬きをする。


 何も感じていないはずだった。


 だが、画面は続ける。


 【この状況では、涙が適切です】


 彼女の目に、わずかな刺激。


 涙が滲む。


 画面が更新される。


 【感情一致率 97%】


 彼女は、息を吐く。


 安心する。


(ああ、私はちゃんと感じている)


 鏡に映る自分は、泣いている。


 涙はきちんと頬を伝い、

 呼吸も、わずかに乱れている。


 端末の画面が更新される。


 【感情一致率 97%】


 その下に、


 【正常】


 緑色の表示。


 彼女は、それを見つめる。


 数値は安定している。


 判定は、正しい。


 胸の奥が、すっと軽くなる。


 安心した。


 ――はずなのに。


 小さなざわめきが、消えない。


 何かが、引っかかっている。


 けれど。


 表示は正常だ。


 考える必要はない。


 彼女は、画面を閉じた。

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