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測定不能  作者: Wataru
5/6

共感代行業

 泣くのは、得意だった。


 三分で崩れる泣き方。

 十分間、肩を震わせる泣き方。

 声を殺して、ただ目を赤くするだけの泣き方。


 共感代行業。


 感情を外注できる時代になって、十年。


 怒れない上司の代わりに怒る。

 泣けない遺族の代わりに泣く。

 喜べない新郎の代わりに笑う。


 彼女は、プロだった。



「自分の人生を、代わりに悲しんでほしい」


 その依頼は、珍しくなかった。


 画面の向こうの男は無表情で言う。


「何も感じないんです」


 昇進も。

 別れも。

 親の入院も。


「悲しいはずだと分かっているのに」


 彼女は頷く。


「どの程度、悲しめばよろしいですか」


「……ちゃんと、人生だったと思えるくらい」



 彼女は泣いた。


 完璧に。


「頑張っていましたね」

「失ったのは、大きいですね」


 涙は正確で、声は揺れ、

 肩は適切なタイミングで震えた。


 男は静かにそれを見つめる。


「……そういうことなんですね」


 感情の確認。


 彼は、安心した顔をした。



 通信が切れる。


 部屋は静かだ。


 彼女は鏡を見る。


 目は赤い。


 だが、胸は動いていない。


 泣いたはずなのに。



 数日後。


 彼女はふと、自分の過去を思い出そうとする。


 幼い頃の誕生日。

 初めての失恋。

 母親の声。


 映像は浮かぶ。


 だが。


 温度がない。


(私は、そのとき何を感じていた?)


 答えが出ない。


 胸は、静かなままだ。



 端末に通知が届く。


 広告。


 【自己感情確認プラン ― 初回割引】


 彼女はしばらく画面を見つめる。


 タップする。



 白い空間。


 目の前に数値が並ぶ。


 脳波。

 心拍。

 微細な筋肉反応。


 映像が流れる。


 幼い自分。

 泣いている。

 笑っている。


 数値が動く。


 やがて表示される。


 【現在のあなたは、軽度の悲しみを抑圧しています】


 彼女は瞬きをする。


 何も感じていないはずだった。


 だが、画面は続ける。


 【この状況では、涙が適切です】


 彼女の目に、わずかな刺激。


 涙が滲む。


 画面が更新される。


 【感情一致率 97%】


 彼女は、息を吐く。


 安心する。


(ああ、私はちゃんと感じている)


 鏡に映る自分は、泣いている。


 涙はきちんと頬を伝い、

 呼吸も、わずかに乱れている。


 端末の画面が更新される。


 【感情一致率 97%】


 その下に、


 【正常】


 緑色の表示。


 彼女は、それを見つめる。


 数値は安定している。


 判定は、正しい。


 胸の奥が、すっと軽くなる。


 安心した。


 ――はずなのに。


 小さなざわめきが、消えない。


 何かが、引っかかっている。


 けれど。


 表示は正常だ。


 考える必要はない。


 彼女は、画面を閉じた。

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