共感代行業
泣くのは、得意だった。
三分で崩れる泣き方。
十分間、肩を震わせる泣き方。
声を殺して、ただ目を赤くするだけの泣き方。
共感代行業。
感情を外注できる時代になって、十年。
怒れない上司の代わりに怒る。
泣けない遺族の代わりに泣く。
喜べない新郎の代わりに笑う。
彼女は、プロだった。
⸻
「自分の人生を、代わりに悲しんでほしい」
その依頼は、珍しくなかった。
画面の向こうの男は無表情で言う。
「何も感じないんです」
昇進も。
別れも。
親の入院も。
「悲しいはずだと分かっているのに」
彼女は頷く。
「どの程度、悲しめばよろしいですか」
「……ちゃんと、人生だったと思えるくらい」
⸻
彼女は泣いた。
完璧に。
「頑張っていましたね」
「失ったのは、大きいですね」
涙は正確で、声は揺れ、
肩は適切なタイミングで震えた。
男は静かにそれを見つめる。
「……そういうことなんですね」
感情の確認。
彼は、安心した顔をした。
⸻
通信が切れる。
部屋は静かだ。
彼女は鏡を見る。
目は赤い。
だが、胸は動いていない。
泣いたはずなのに。
⸻
数日後。
彼女はふと、自分の過去を思い出そうとする。
幼い頃の誕生日。
初めての失恋。
母親の声。
映像は浮かぶ。
だが。
温度がない。
(私は、そのとき何を感じていた?)
答えが出ない。
胸は、静かなままだ。
⸻
端末に通知が届く。
広告。
【自己感情確認プラン ― 初回割引】
彼女はしばらく画面を見つめる。
タップする。
⸻
白い空間。
目の前に数値が並ぶ。
脳波。
心拍。
微細な筋肉反応。
映像が流れる。
幼い自分。
泣いている。
笑っている。
数値が動く。
やがて表示される。
【現在のあなたは、軽度の悲しみを抑圧しています】
彼女は瞬きをする。
何も感じていないはずだった。
だが、画面は続ける。
【この状況では、涙が適切です】
彼女の目に、わずかな刺激。
涙が滲む。
画面が更新される。
【感情一致率 97%】
彼女は、息を吐く。
安心する。
(ああ、私はちゃんと感じている)
鏡に映る自分は、泣いている。
涙はきちんと頬を伝い、
呼吸も、わずかに乱れている。
端末の画面が更新される。
【感情一致率 97%】
その下に、
【正常】
緑色の表示。
彼女は、それを見つめる。
数値は安定している。
判定は、正しい。
胸の奥が、すっと軽くなる。
安心した。
――はずなのに。
小さなざわめきが、消えない。
何かが、引っかかっている。
けれど。
表示は正常だ。
考える必要はない。
彼女は、画面を閉じた。




