代替可能率87%
朝。
ログイン画面に、数字が表示されるようになったのは先月からだった。
白い画面の中央に、黒い文字。
【代替可能率 87%】
最初に見たとき、彼女は少しだけ笑った。
「まあ、そんなもんか」
驚きもしない。
資格もない。
専門性もない。
マニュアル通りの入力作業。
替えはいくらでもいる。
会社がそう思っていることも、
自分がそう思っていることも、
今さら傷つく話ではなかった。
⸻
その朝は、違った。
ログイン。
一瞬、画面が点滅する。
表示された数字は、
【代替可能率 0%】
彼女は瞬きをした。
もう一度ログインし直す。
同じ数字。
隣の席の同僚が声を上げる。
「俺、92%だってよ。昨日より上がってる」
笑い声。
彼女は画面を閉じた。
バグだろう。
自分に0%なんて、ありえない。
⸻
数日経っても、数字は変わらなかった。
【0%】
上司に言うと、鼻で笑われた。
「そんなはずないだろ。お前の仕事は標準化されてる」
確かにそうだ。
彼女の作業はマニュアル化されている。
新人でも三日で覚えられる。
それでも。
数字は動かない。
⸻
その頃から、彼女は自分の仕事を少しだけ意識するようになった。
誰も見ていない時間帯に、
エラーの多い部署のデータを先に整えていること。
機嫌の悪い社員のフォーマットを、
そっと修正しておくこと。
新しい派遣社員が戸惑っているとき、
さりげなく声をかけていること。
誰にも頼まれていない。
評価にもならない。
けれど、
彼女はそれを続けていた。
“そうしたほうが、回るから”。
⸻
ある日、営業部のエースがざわついた。
「俺、代替可能率、跳ね上がってるんだけど」
昨日まで【2%】だった数字が、
【94%】に変わっていた。
会議室がざわつく。
上司の顔色が変わる。
数字は絶対だと、皆が信じていたから。
⸻
その週の終わり。
彼女は退職届を出した。
理由は書かない。
「家庭の事情」とだけ。
上司は止めなかった。
【87%】の人間が辞めるときと、
同じ反応だった。
⸻
翌週。
小さなミスが増えた。
入力漏れ。
フォーマット違い。
連絡の行き違い。
大きな事故ではない。
ただ、
静かに、
あちこちが軋み始める。
新しい派遣社員が、三日で辞めた。
営業部の会議が荒れる。
誰も気づかない。
何が足りないのか。
数字は更新され続ける。
けれど、
【0%】の欄は空白のままだった。
⸻
隣の新人が言う。
「ありがとうございます。助かりました」
彼女は少しだけ戸惑う。
誰かに“助かった”と言われるのは、
久しぶりだった。
ログイン画面には、
何も表示されない。
白い画面。
ただのパスワード欄。
彼女は指を動かす。
数字は出ない。
けれど、
入力は、今日も静かに通る。
それで、十分だと思った。




