第8話 もう、聞こえなくても
ラジオは、
思っていたよりも軽かった。
壊れたままの形で、
それでも、
手の中に収まっていた。
道を戻る。
来たときと同じ道。
草が揺れている。
風は、
変わらなかった。
振り向く前に、
少女がいると分かった。
すぐ隣にいた。
これまでで、
いちばん近くに。
赤だけが、
静かにそこにあった。
少女は、
ラジオを見ていた。
何も言わなかった。
ただ、
そこにいた。
それだけだった。
道の先に、
人影があった。
立ち止まる。
近づくにつれて、
形がはっきりする。
男だった。
カメラを持ってきた男。
業者の男だった。
男は、
僕を見た。
視線が、
手の中のラジオに向く。
しばらく、
何も言わなかった。
「……拾ったのか」
男が言った。
声は、
変わらなかった。
責めてはいなかった。
ただ、
事実を確かめる声だった。
僕は、
答えなかった。
答える必要がない気がした。
男は、
ラジオを見る。
それから、
僕を見る。
「続けろ」
短く言った。
意味は、
すぐには分からなかった。
「続けていれば」
少しだけ、
間を置く。
「分かる」
風が吹く。
草が揺れる。
男の視線が、
僕の目に向く。
「お前も」
そこで止まる。
それ以上の言葉は、
必要なかった。
「同じになる」
脅しではなかった。
警告でもなかった。
ただ、
知っている者の声だった。
僕は、
何も言わなかった。
ラジオを持ったまま、
立っていた。
少女は、
すぐ隣にいた。
離れなかった。
男は、
それ以上何も言わなかった。
視線を外し、
通り過ぎる。
足音が、
遠ざかる。
振り返らなかった。
振り返る必要がない気がした。
しばらく、
立っていた。
風が吹く。
ラジオを、
持ち直す。
そのとき、
声がした。
「――もう、よい」
あの声だった。
神社で聞いた声。
「お前は」
少しだけ、
間を置く。
「選んだ」
意味は、
すぐには分からなかった。
それでも、
否定はしなかった。
「もう」
声は、
静かだった。
「聞かなくてよい」
風が止まる。
空気が、
元に戻る。
振り向く。
少女がいた。
すぐ近くに。
これまでで、
いちばん近くに。
赤い糸が、
静かに揺れていた。
少女は、
僕を見ていた。
初めて、
迷いのない目で。
怒ってはいなかった。
最初から、
怒ってはいなかったのかもしれなかった。
少女は、
ゆっくりと、
視線を下げる。
僕の手。
ラジオを持つ手。
それから、
もう一度、
僕を見る。
何も言わなかった。
それでも、
分かった気がした。
少女の輪郭が、
少しずつ、
薄れていく。
赤だけが、
最後まで残っていた。
それも、
やがて消えた。
気配が、
消えた。
何も残らなかった。
風が吹く。
ラジオは、
手の中にあった。
重さは、
変わらなかった。
それでも、
もう、
同じではなかった。
僕は、
歩き出した。
もう、
声は聞こえなかった。
それでも、
迷わなかった。




